17 黒曜の爪
僕が使い慣れたノートに描かれた
魔法時に魔力を込めると、
ノートの中で魔法陣がブンと低い音を立てて起動する。
同時にオリビアへの回路の様なものが感じられてそこへ、何となく癖なのだが回路へフワリと魔力を流す。
ビクリとオリビアが赤い顔をして薄く光を帯びる。
オリビアの詠唱が始まると、一層の魔力を欲して柔らかなオリビアが切なくしがみついてくる様な感覚になる。
次は少し大きめに魔力を流す。
普段は詠唱など必要ないオリビアだが、《眠れる闇夜の館》は発動には少し長めの詠唱が必要となる。
ジリジリと音を立てて僕らの眼前に半透明だが立派なレリーフの入った洋館の扉が構築されて来る。
空中にドア枠だけ現れると言うシュールな光景だが、効果範囲内の対象は有無を言わせず扉に飲み込まれると言う。
魔力量がオリビアより少なければ、捉えられて多ければ弾かれるそうだ。
扉の眼前にはアリーナとリダがいるはずだ
僕の役割は防御と魔力の供給。
アディとフランは強力過ぎてリダを誤って殺してしまう可能性が高い為、今回はサポートに徹してもらう事にした。
黒曜がじっと僕を見つめて来る。
僕はそうすれば良いとわかっていた訳じゃないけど、何となくノートを開くと黒曜との回路に魔力を流す。
黒曜は自身の前に黒い炎の揺れる魔法陣を出現させると彼の形が不安定になって僕の左腕にまとわりつく。
それは驚いた事に艶々とした毛皮に覆われた
屈強な爪のある腕に変化した。
指先の感覚もあるどころか
数百キロ先の音や匂いも鋭敏に感じられる
周囲の振動から恐ろしく正確な立体地図を見る様な感覚が広がる。
眼前扉の向こうに2体 奥に3体の昏倒者
1階に多数の昏倒者が居る
物置の地面下から続く
地下に坑道の様な物がある…
その先に不穏な気配が立ち込めている。
「フラン、アディ、
どうやら地下に今回の原因があるみたい」
『ほぅ黒の、
貴様憑依術の類いも使えたのか?』
よほど珍しい事らしくアディの目が、
いつもより嬉しそうだ。
『いきますわよ』
タイミングを見計らっていたフランが
部屋の扉を開ける。
暗闇の奥で悪鬼の様な
リダとアリーナが見える、
こちらを確認した瞬間
襲いかかって来た。
僕は素早くリダの前に走り込み、
黒曜の腕で弾き飛ばす。
弾かれたリダとアリーナは、
天井を蹴った勢いで転身すると、
正確に短剣で首筋を狙って来る。
黒曜の爪で短剣をガードしつつ
「ごめんアリーナ!」
右手に持った爆裂花の種を、
アリーナの鳩尾に叩き込んで昏倒させる。
この爆裂花は自生下では
花弁がセンサーになっていて、
魔力を持った人が近づくと、
その下に付いている種が爆発するのだ。
花弁を特殊な方法で除去して、
魔力導線を繋げば手榴弾の様に使える。
完成した《眠れる闇夜の館》に取り込まれるアリーナ。
一瞬で消失したアリーナに動揺したのか、
リダの動きに遅れが生じると、
僕は加速した様な感覚になって
左腕が黒曜サイズに肥大化、
リダを強烈な力で地面に抑えつける。
そこでリダも取り込まれて消失した。
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『後はあの胸くそ悪い仕掛けじゃな』
地下坑道の嫌な気配がまだ燻って居る。
僕らは発見した隠し扉を潜って地下へ
侵入した。
石造りの狭い坑道は予想よりも、
遥かに長い様で迷路の様に入り組んでおり、後ろ側の先に嫌な空気が充満して居る。
長い間閉ざされた様な遺跡など特有の
ひんやりと淀んだ空気の充満する
坑道内には人や魔物の気配すらない。
僕らはその嫌な気配の場所へ向かうと、
そうして壁の中に巧妙に隠された、
呪術魔法陣を見つける。
「これか!?」
禍々しく赤黒く光る魔法陣は血管の様に
回路が脈動している。
『スルト、決してその赤い魔法陣に触れてはいけませんわ。私の防御結界でも直接接触した場合は、どうなるかわかりませんわ』
『忌々しい、儂が燃やしてやろう』
本当に嫌な物を見たとばかりにアディが
一瞬で特殊な炎を出して消し去ってくれた。
通常の火炎では強さによるが
呪術は浄化しきれずとも
アディの虚無の炎だと
存在を消し去る為有効らしい。
地下道にフランが強力な結界を張って、
精霊たちも協力してくれるそうだ。
黒曜はじっと坑道の奥を見つめて
僕に何か訴えてきた。
『術者が近くにおるのか?』
僕らは黒曜の先導で更に奥へ進んだ。
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女は、第二計画があっさりと失敗した事に
震えていた。
狂信的なギラついた目に
コケた顔、以前とは見る影もない顔で
ガリガリと頭を掻きむしって、
声にならぬうめきと嗚咽の中にいた。
本人は知らされていないが
呪術を発動させた本人にも
呪は影響を及ぼして、
徐々に精神と身体を蝕み
最終的には溢れた呪に飲まれ絶命する。
もう彼女には思い悩む心も、自身の心配も
僅かばかりしか残されてはいなかった。
徐々に彼女であった物は変貌する。
黒く変色した肌と白く変化した髪
目は赤く爛々と獲物を求める、
モンスターへと変貌した。
カーネリアスの事も人間だった記憶さえ
2度と思い出す事も無い。
通路の先に分岐をいくつか辿り、
色濃い淀みを感じる方へ向かうと
一体のレッサーデーモンと言うべき
モンスターと出会う。
『アレが術者の慣れ果てよ』
アディの言葉に緊張が走る。
もはや人であった事などわからない
ダンジョンで出会う様な
モンスターがそこに居た。
僕はフェンリルの強靭な脚力で
加速するとその左腕に宿した爪で
レッサーデーモンを攻撃する。
しかしダメージはあったものの、
致命傷にはならずにレッサーデーモンは
声にならぬ叫びをあげて襲ってくる。
黒曜の意思の様な物を感じた僕は
更に魔力を流す。
すると黒い爪は少しだけ伸びて腕全体に黒い炎が現れる。
僕はもう一度十分に加速すると、
黒い炎を宿した爪でレッサーデーモンを
倒す事に成功した。
一瞬倒したデーモンの顔が幻視の様に女の顔に見えた気がした。
しかし呪術の元を破壊しても、
リダとアリーナが戻る事はなかった。
爆裂花の種 魔の森に自生する魔力草
自生に気づかず接近すると種が自爆する。
特殊な溶液を揮発させた状態で起爆部分である花弁を
除去する事で、その下に付いた種を回収できる。
一株に複数実って、乾燥した種に魔力導線を繋ぐ事で手榴弾の様に使える。
又は煎じれば異常回復の低級ポーションになる。




