14 フランの恋
僕が目覚めてから数日が過ぎた頃、
人を近づけたがらなかった
アディとフランを説得して、
尋ねてきたギルドマスターのオルネアを
部屋に招き入れた。
射殺しそうな程の恐ろしいアディと静かな殺気を隠す気のないフランが部屋の中で
一挙一動も逃すまいと壁際で控えている中で
オルネアはここで何かを間違えば首か胴体の
何処かが泣き別れするのを確信していた。
ギルドの要職でありスルトの後見の立場であるオルネアには先日の事件の事情を伺わないと言う選択肢はなかった。
しかし聞き取り調査が命懸けと言うのはどうなんだろう?と現実逃避に近い事を思ってしまったのは致し方無かったと思う。
「あー」
ピキッ
あー…壁がもう持ちそうも無いな
と現実逃避していると、
「アディ?フラン?ねえオルネアさんはこの僕の住む街の為にこうして来ていただいているんだ…だからさそう睨まないであげよ?」
心優しい青年がそう会話の突破口を作ってくれる。
(あッ惚れてまう…じゃなくて)
それから殺気で部屋の空間を捻じ曲げてたアディとフランに向かって、にっこりと微笑んで見つめるスルトに
殺気が霧散して二人はふにゃふにゃし始める。
黒曜だけはオルネアをじっと見つめていた…
大きな金色の瞳が、じっと揺れる事なく。
彼も激しく後悔していた、
主人に仕えると誓った身で自身だけ無傷のまま主人が重症を負った事に、フェンリルとして果たすべき物があったのでは無かったか。
自分が主人の為できる事がもっとあったはずだ。
影の様に付き従い彼の事を護るのだと
強く強く願う。
彼の心に一筋の黒い炎が揺れた気がした。
オルネアは数日前の破壊の中心で
何が起きたのか?
カーネリアスの姿があれ以降見えない事や
フランがどの様な方なのか?
聞くべき事を事務的に一通り聞いた。
「ふー…アリステル殿、先ずはその左腕だが
気の毒に思う」
ピクリとアディの眉が吊り上がるが、さっきまでの威圧はかけず我慢してくれている様だが、カーネリアスに襲われた時の話の途中ではとても悲しそうな顔をして俯いていた。
それを横目で困った様な、悲しそうな顔で黙って優しく見つめるフラン。
口では突き放す様な事を言う事もあるが、彼女はきっと優しいのだと分かる。
カーネリアスに不審な素ぶりは無く、自身らも動機は愚か何故スルトが狙われたのかすら掴めていない様だった。
「カーネリアスは死んだのか…」
『奴はしてはならん事をしたのじゃ!何万回殺したとて許さぬ!』
『そうね、私も怒っているわ。もしもスルトにこれ以上に危害が及ぶと言うのならば…黙ってはいないわ』
「ま、待って下さい!我らには決してその様な意思はありません!」
『でしょうね、勇者狂信者達の仕業でしょう…ただ私達はあなた方を信用してはいないわ。この意味が分かるかしら?』
「も、勿論です!我らは全面的な協力を惜しみません!」
『素直で良い子…私達はこれより、北方地方のエドガードへ向かいますわ。』
「エドガードですか?そこに…」
『…』
ギロリとアディに睨まれる。
『貴様に話す事は無い』
「は、はい。何か旅路で必要なものがあればギルドで用意致しましょう。」
重い空気のままオルネアは彼らの部屋を後にした。
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スルトの体力が回復次第出発する事になった。
目的は
フレズベルグの本体の封印解放
彼女の本体の力ならば欠損した身体の再生の可能性があると言う。
『私の今のこの身体は言わば仮初の物ですわ、勿論本体と通じて全て出来事は把握しているの。でも能力の数パーセントも発揮できないの…』
そこでフランは悲しそうな表情を浮かべる。
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気まぐれに長い年月を封印の中で過ごした彼女は、人間からしたら途方もない試行錯誤の末に新しい術式を独自に組み上げる事で、分体を編み出す事に成功する。
ある日リム王国で行商人の真似事をしていたフランはスルトと運命的な出会いをした。
彼女が冒険者相手に露店に立っていた時だ。
そんな相手に遅れをとる事など無いフランだったが
(もう!こう言う輩は何処にでも居て本当に気分が良くありませんわ)
いい加減その冒険者が絡んで来て、ウンザリしていると、
そこへスッと間に立ち
「お姉さん、僕にもこの石を売って欲しいな。それにしてもとても綺麗ですね」
そう言って青年は露店に並べられた品物の中から拳大の石を取って、私へ差し出して来る。
少し顔が暑いわ
綺麗って石の事なのよ…ね?
砂漠や雪原では照り返しの太陽光から、目を守る為に着ける、透ける布地に金糸の刺繍が入った女物のフェイスベールを着けて、
自身の特徴的な瞳を見られない様にしていたが、
きっと頬が赤く染まってしまったのは彼にバレたかも…
「ちッまた来るからよォ!」
無視されていたのがよっぽど腹に耐えかねたのか止せばいいのに、男は悪態を吐いて足早に去ろうとする。
フランは思わず広場の気温が下がるほどの殺気を向けてしまう
「ヒッ!」
そそくさと逃げ出す男は視界に入らず、
もうフランには目の前の彼しか見えていなかった
なんて美しい瞳かしら
それにこんな清浄な魔力は見たことが無いわ…
一瞬で目を奪われた彼女は
飽きっぽい自身に取っては珍しく同じ街、同じ広場で彼を目で追う時間を過ごす。
これまでも色々な諸国を短い期間で転々とし
顔を覚える事も無く覚えてもらう事も無く、
まるであの結界の中と同じ様に。
毎日同じ時間に彼は店に寄ってくれては他愛のない話をして行く、小雨が降る中も雪がしんしんと降る日も。
あの冒険者の男が来ないか彼なりに私を護ってくれているのだと気がついた。
そんな彼と過ごす時は私は決まって自然と花の様な笑顔が溢れて、でもそんな少女の様な自身が不思議と嫌な気持ちにはならなくて。
『あなたに特別なこのお守りをあげるわ。いつも来てくれるから…その御礼。』
彼の手を取り適当な綺麗な石を握らせて
その手を自身の額に寄せると
遥か上空にひと知れず巨大で精緻な魔法陣が浮かぶ。
私は彼と契約をした。
店に来てくれるだけで良かった
彼との他愛無い会話はとても大事な物になったし、依頼があって数日来なかった日には締め付けられる様な心地だった。
彼との時間がキラキラと輝いて、それまでの時間がとても色褪せた物に思えた。
『私、彼に恋をしたんだわ…』
そんな中アディアロスを解放してフェンリルを従えた彼が、ギルド情報で行方知れずの一報があってから数日振りに街に姿を見せる。
最初こそ不安が安堵に代わり横に付き従う者に驚いたが、
あの気難しい黒トカゲが懐いている様を見ると可笑しくなってきて思わず笑みが溢れた。
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今はギルドに依頼した旅の必需品の到着などを待っている。
目的地は隣国の交易国家ウルトニア公国を跨ぎ魔の森北方に位置するエルフの治める森林国家エドガードの深部だ。
私の本体はその深部に封印されている。
彼の傷を今の分体では癒せなかった。
とても歯痒く辛かったが、彼が私のそう言う時の何も言わない所に気がついてしまう。
そんな時はそっと寄り添ってくれる
何か言うわけでも無く、そっと微笑んでくれる。
『私の力で必ずあなたを元通りに治癒して見せますわ。その為にエドガードへ行きますわよ』
しかし次の日またしても事件が起きた。




