13 魔の森の街
古く雑多な街だった西門近くの街は尖塔から
向こう側を、
見渡す森の向こうまで破壊し尽くされ、
荒地の様になった場所には、
朝早くから埋もれてしまった生活資材を
掘り出す者、途方に暮れる者、そんな街の人々が夜明けの薄暗い寒さのなか忙しく活動を始めた。
数日前の出来事は本当に幸か不幸か、
死者だけは出なかったが、
それでも街には甚大な被害をもたらし、
御伽話では知っていたつもりになっていた伝承の神獣が人々にどの様に恐ろしい物か知らしめるには十分過ぎるほどの有様である。
あの巨大な災害が街中に突如現れて
黒い焔が街を、その人々の平穏も一瞬で焼き尽くしてしまったのだ。
その街は魔の森に近く度々魔物の襲撃を受けていた事で被害は年に数回あり、いわば災害には多少の慣れの様な物さえあったが、今回の一件は事情が違い
深く街の人々に暗い影を落とした。
魔物であれば倒せば良く、塀を強固にして
守りを固める。
しかし一瞬で一帯を焦土と化す神なる伝承に
どう立ち向かえば良いのか?
表面上は冷静そうな街の人々であったが、
リム王国の人族の中では密かに
そんないい知れぬ恐怖が包んでいた。
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フランメリ・ユートラム・フレズベルグ
彼女はそう名乗のって吐息がかかる程の距離で僕に囁いた。
『どうかフランと呼んで下さいまし愛しい私のスルト…』
ピッタリと僕の胸に埋まって頬を染めている
とても美しい美少女。
しかしそのいじらしい言葉とは裏腹に彼女の
ほっそりとした指が僕の胸の上をクネクネと悩ましげに這い回る。
ダメェ!
『なんじゃあ!アホウ鳥!あるじ様から離れんか!』
怒気で部屋が揺れ壁にはヒビが走る。
すごい形相で椅子の上に仁王立ちする悪魔が
いた。
『なんですのぉ?黒トカゲの…さっきまで泣きながら喚いてたじゃありませんこと?』
『!!!』
ぐぬぬぅ
って聞こえて来そうな形相。
よく耐えてるなーなんて思いながら、
見ている僕。
フランが腕の中からチラリと上目遣いで
僕の目を見つめると、やれやれと言った口調でアディに話し始めた。
『大体貴女の[あるじ様]を守れず怪我を負わせるのはどういう事ですの?私が近くに分体を忍ばせていなければ危なかったのですわ。それに碌に治癒もかけられず…私がスルトをここまで治癒したのですわよ?』
『…』
そう言われてしゅんと小さくなって悲しそうな表情で泣くのを堪えるアディ。
(ふん、黒トカゲの初期治療が無ければ危なかったなんて教えてあげませんわ!いい薬ですわ)
「アディ…でも一生懸命助けてくれて僕の為に怒ってくれたんだよね?」
そう言うと無くなってしまった左腕を見つめていたアディの綺麗な瞳にじわりと大粒の涙が浮かぶ。
僕は視線を上げると、
窓から見える景色は荒野の様で遥か先まで
視界を遮るものが無かった。
『コレでも無意識に抑えたんですわ、本気ならこの何100倍の規模の破壊でもおかしくありませんわ…あの人族の…許せませんわ』
フランからも恐ろしい殺気が漏れ出す
「あ、あの僕は何故襲われたんでしょうか?」
『…勇者信奉の使徒の仕業ですわ』
数千年前に起きた大戦
魔王と呼ばれる邪な存在が世界に蔓延った時
召喚された勇者は仲間と共にコレを打ち倒し、同時に神獣を世界各地のどこかに封印したと言い伝えられる、伝承だ。
子供の頃より誰もがその冒険譚の本や
口伝師が村へやって来て大衆劇を披露して、
スルトもそれを楽しみに見た記憶がある。
どんな人物であったか?又は人ならざる龍の血を引く戦士であったとか?今は曖昧に伝わる何処にでもある伝承だ。
勇者信奉者の組織
世界で勇者信奉を広めその大義を盾に
テロ行為を働く様な残忍な組織である。
誘拐・殺人・暗殺から魔力道具を使った
爆破事件まで行う闇の組織
噂以上の事は聞いたこともないが、
フランいわく、何やら僕は相当に目をつけられているらしい。
アディの目は虚でぶつぶつと何事か呟いて
いた…悲しそうなアディを僕はぎこちなくそっと抱きしめるとアディはキツく抱きついて来てとうとう声を上げて泣いてしまった。
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儂が最も近くに居ながらスルトに近づく刺客に気づかなんだ。
好いた殿方と並んで歩くなど初めてで、
何処までも澄んだ瞳を持つこの人族の子は
儂に微笑んでくれておる。
なんとも切なくて
女子の様に扱われておる事も夢心地の様であった
蕩けそうな心地の中で
一瞬
騎士団長と呼ばれていた男が、スルトに向けて前触れ無く斬りかかるのが見えた。スローモーションの様に凶悪な白刃が抜刀した勢いのまま下段からスルトの腕を両断し、
返す刀で袈裟懸けに肩口から切り下ろすのが見える。
駆け寄ろうとする間にもスルトは血溜まりの中へ倒れ込んだ。
血だらけになった儂の人型の華奢な両手のなかで、
スルトが激しく吐血している。
魔力の流れが変わり急速にスルトの中から流れ出ていくが治癒魔法も全く効く様子も無く、背後に立つその者に今までに無い程の激しい怒りを覚えた。
世界を恐怖で染め
太古の時代には大地に死を振り撒いた
神獣 ティアマッット
黒曜石の様に煌めく鱗に
山をも飲み込む程の巨躯
美しい角と翼
虹色に輝く相貌
儂は怒りに任せて刺客を消し飛ばした。
人の形に戻り、スルトを懸命に治癒したが
滑り落ちる様に治癒魔法は効果を見せず、
アディは絶望感に打たれた。
そうだ…万一、もし彼が死んでしまったら、
想像するだけで心が締め付けられる。
美しい水色の瞳の青年
やっと出会えた想いびと。
その時に人の世は終わりを迎えるだろう。
彼のない世界など滅ぶがいい
この身が朽ちるまで破壊の限りを尽くすのだ。
コツン
!!?
誰かに後ろから頭を小突かれる。
『全く、何やってるんですの?どきなさい』
こいつが何故ここに…
『そうですわよ、治療の邪魔。
そこをおどきなさい』
美しい女神の様な顔を持った女は少し困った様な表情を儂に向けると、幾重にも重なった精緻な魔法陣を発動させる。
フランはスルトの治癒魔法を始めた。




