皆殺しエンドしかない中ボスなのに、王弟殿下の溺愛ルートに入っています!?
「オルガ・ブルネル。君たち天馬魔道士団に、出陣命令を下す」
「はっ」
アルヴェーン王国王城に存在する、絢爛豪華な謁見の間。
玉座に腰を下ろす金髪の美丈夫の前に、青い軍服姿の女性がいた。艶やかなブルネットをきっちりとまとめた青色の目を持つ彼女は、正面の国王を敬愛の眼差しでじっと見上げている。
「あの革命軍などを名乗る生意気な小僧どもが、愚かにも我が国に弓を引こうとしている。君たちは南の平原で、彼奴らを迎え撃て」
「かしこまりました」
「期待している。……ここで戦果を立てたなら、君を妃に迎えよう」
「あ、ありがたき幸せでございます! 陛……下……?」
「……どうした?」
喜びに弾んだ声を上げる女性だが、いきなり国王の美貌がぐにゃぐにゃ揺れて見えだした。
いつも背筋を伸ばしている彼女らしくもなくふらついたからか、玉座から立った国王がさっとその腰を抱く。だが彼女はびくっと震えると後退し、よろめきながらもお辞儀をした。
「も、申し訳ございません。少し目眩がしただけでございます」
「ならばよい。出陣日程は後ほど伝えるので、そのときに備えてゆっくり休むように」
「はい……ありがとうございます」
彼女は震える声で礼を言って顔を上げ、国王の顔を改めて見た。
……そうして「彼女」は、「私」としての記憶を、取り戻した。
* * * * *
私の名前は、オルガ・ブルネル。
今でこそ剣と魔法の存在する世界で生きているけれど、前世の私は魔法の代わりに科学が栄える世界で暮らす女性だった。
毎日自宅と職場を行き来する生活を続けていた私は、『英雄王物語』というゲームに熱中していた。
戦略シミュレーションという部類に入るゲームで、子どもの頃に初めてプレイした。後にゲーム機本体が壊れてプレイできなくなり涙を流したけれど、大人になった頃に発売されたゲーム機を使えば懐かしのゲームをダウンロードできると知り、飛びついた。
さすがにその頃になると画質が荒くて古くさいと思われたけれど、『英雄王物語』はずっと私の心のバイブルだった。
……そんな前世の私は、珍しく全国的に大雪が降ったある朝に会社に行く途中、厚い雪のせいですっぽり隠されていた側溝にドボンしてしまい、そこで二十九年の人生を終えた。
せめて、なるべく早い段階で発見されて側溝から私の遺体が引き上げられたことを祈っている……。
で、気がついたら私は『英雄王物語』の世界に転生していた。
しかも、物語中盤で立ち塞がる中ボスキャラとして。
『英雄王物語』には、三人の主人公がいる。
田舎の村出身の少年シオンと、小さな公国の姫君であるアストリッド。そして物語中盤まではシオンたちと敵対するものの後に味方になる王弟ステファンだ。
そしてオルガ・ブルネルは、ステファンの祖国であるアルヴェーン王国の天馬魔道士団団長である。
『英雄王物語』には剣士や魔道士や騎士など様々なジョブがあり、天馬魔道士もその一つだ。
魔道士の才能と騎士としての技術を身に付けた女性のみが就けるジョブで、登場するキャラ数は多くない。味方キャラの天馬魔道士は一人だけで、敵キャラとしてはぼちぼち出てくるけれど、天馬魔道士の上位ジョブである天馬魔道騎士として登場するのはオルガのみだ。
オルガはアルヴェーン王国の若き国王であるエリオットの臣下として、主人公たちの前に現れる。
アルヴェーン王国はいろいろあってシオン率いる革命軍――エリオットは反乱軍と呼んでいる――と敵対していて、アルヴェーン王国軍を撃破するのがストーリー中盤までの目的だ。それ以降は、ラスボスである魔王を倒すのが目標となる。
エリオットの弟であるものの兄のやり方に疑問を抱くステファンは何度かシオンたちと交戦した後に、部下を率いて寝返ってくる。それ以降は三人目の主人公として、物語の中心人物になっていくのだ。
で、オルガはというと。
彼女はエリオット王にお熱で、彼の「最も強く勇敢な女性を妃にする」という言葉を信じて魔物退治でも敵軍の撃破でもなんでもこなす、優秀な女性軍人だ。
実際オルガの能力はとても高く、空中にいる彼女に攻撃を当てるにはまず彼女が乗っている天馬を弓矢や魔法で倒して、地上に降りてこさせる必要がある。その後も高い魔法防御力と魔法剣による強大なダメージを誇る彼女を倒してようやく、親玉であるエリオットの待つ王城戦に挑めるのだ。
オルガが戦うのは、愛するエリオットのため。
……でも、
「エリオットは、私を妃にするつもりはないのよねー!」
国王エリオットから出陣命令を下された日の、夜。
天馬魔道士団長の部屋にて、私は一人でうめいていた。
これまで二十二年間、オルガ・ブルネルという人間として生きてきた私は今日の昼間、いきなり前世の記憶を取り戻してしまった。
ここは、『英雄王物語』の舞台。そして私はいずれ主人公に討ち取られる運命しかない、中ボスキャラ。
オルガ・ブルネルは、自分が主人公たちを討ち取れば王妃になれると信じていた。でも、それは彼女を戦わせるためにエリオットがついた嘘だ。
彼には既に、恋人がいる。「最も強く勇敢な女性を妃にする」なんて言いながら彼が大切に囲っているのはふわふわと愛らしい戦とは無縁のご令嬢で、最初からオルガを捨て駒にするつもりだったのだ。
でも何も知らないオルガは愛する人のために必死に努力して、平民から王国天馬魔道士団の団長にまで上り詰めた。自分が王妃になりたいと思うのももちろんだし、天馬魔道士団をより盛り上げたいという気持ちもある、なんとも健気な女性だ。
噂によると『英雄王物語』をプレイした人たちから、「オルガは救済できないのか」という要望も上がったそうだ。でももちろんそんなルートはないので、恋する人の裏切りを知ることなく戦場で命を散らすオルガの生き様に皆涙を流していた。
私も、どうにかしてオルガが助かれば……と思っていたものだ。
で、何を思ったか私はその戦死エンドしかないオルガ・ブルネルに転生していた。
そして、出陣命令も下ってしまった。
「ゲームのストーリーだと……もうしばらくしたらステファンが王国を裏切って、革命軍に味方する。それを聞いて怒ったエリオットが革命軍の潰滅を命じ、私たちは王都南部の平原に陣を構えることになる……」
弟が裏切り主人公たちが王城に近づいていると知ったエリオットは私たちに、平原で革命軍を全滅させろと命じる。それを受けたオルガは部下を連れて出撃し、主人公たちと戦うことになる。
ここでのオルガには特殊台詞があり、ステファンをぶつけると「なぜあんな愚王に仕える!」「私はどこまでも、あの方についていきます! あなたの首を、陛下に捧げます!」というやりとりがなされる。
このマップの勝利条件は、「敵の全滅」だ。
オルガはもちろん、彼女に率いられる天馬魔道士たちや他の兵士たちも皆殺しにしなければ、王城への道は開けない。
オルガを討つと、彼女は部下に「あなたたちは逃げなさい!」と命じて息を引き取る。でも部下たちは上司の命令に初めて反抗して、「怒り」というステータス上昇モードに入って主人公たちを攻撃してくる。こういうところが、プレイヤーたちに「オルガ救済ルートを」と思わせたのだろう。
先に部下たちを全員倒すと今度はオルガが「怒り」の上位互換である「激昂」モードになり、革命軍に突撃してくる。このときのオルガはむちゃくちゃ強くて、魔法防御が豆腐レベルのステファンだと彼女の魔法の一撃で葬られてしまうくらいだった。
ということなので、正直詰んでいる。
ゲームのオルガはエリオットへの純粋な愛と天馬魔道士団長としての誇りを胸に最期まで戦ったけれど、エリオットがクソだと知っている私はそうもいかない。
「逃げる……わけにはいかないわ。もし私一人が逃げても、部下たちが犠牲になる……」
たとえ逃げおおせられても、部下の誰かが次の天馬魔道士団長になり出陣するだけだ。その結果はゲームと同じく、皆殺しだ。
かといって、十人ほどいる部下を皆連れて逃げるわけにもいかない。エリオットは間違いなく私たちに追っ手を向けるだろうし、革命軍だって脱走兵の私たちを見逃したりしないはず。
……死。
どちらを見ても、死しかない。
でも自分の命も惜しいし、私のことを純粋に慕い「オルガ様ならきっと、素敵なお妃様になってくれます!」と応援してくれる部下たちらを見捨てるわけにはいかない。
……狭い場所で悩んでいると、胸の奥から黒いものがもやもや出てきてしまいそうだ。
そういうことで私は部屋を出て、城内を歩くことにした。
私は六年前、十六歳の頃に天馬魔道士になってからここで暮らしているけれど、前世の記憶を取り戻した今は、ゲームのドット絵で見ていた城で暮らしているなんてなんだか不思議な気持ちだ。
もし『英雄王物語』が最近発売されたゲームだったら、もっときれいなグラフィックで見られたのかな……。
「……誰かいるのか」
晴れない気持ちで歩いていると、前の方から声がした。……この声は、「オルガ」の体がしっかり覚えている。
廊下の奥から、部下を伴った青年がやってきた。
金髪に青色の目、がっしりとした体と甘い美貌。オルガの想い人である国王エリオットにとてもよく似た――だが彼より若干表情の硬い美青年。
「……こんばんは、ステファン殿下」
私が魔道士のローブを軽く摘まんでお辞儀をすると、彼は「……天馬魔道士団長か」と眉根を寄せた。
ゲームプレイヤーから、兄のエリオットが「優しい笑顔の下に黒い素顔が隠れている」と言われるのに対して、ステファンは「堅物で険しい表情だが、公明正大で優しい青年」と言われている。
顔や体格はよく似ているしどちらも重装系ジョブという共通点もあるけれど、中身は全く違う兄弟だ。ステファンは、私より一つ下の二十一歳だったか。
彼の背後には、ローブ姿の男性がいた。確か……彼もゲームでステファンと同時に味方になるキャラだ。黒魔法を使いこなす、フーゴという魔道士だったか。私より少し年上という設定だったはずだ。
この時期の彼らは、アルヴェーン王国を裏切る直前。ステファンも、いろいろ思うところがあるのだろう。
ちなみにゲームでの彼はこの時点でオルガのことを兄にまとわりつくうざい愛人だと思っているので、オルガに対して素っ気ない。彼がオルガの本当のことを知るのは、彼女を討ち取ってからなのだ。
……叶うことなら私たちも、革命軍に寝返りたい。
でもそんなことができるはずもないと分かっているので、私は苦笑してステファンのために道を空けた。
……きっと彼の歩む道は苦悩に満ちつつも、明るいものなのだろうなと思いながら。
「……天馬魔道士団長……オルガといったか」
「……は、はい」
思いがけずステファンに呼ばれたので顔を上げると、彼はじっとこちらを見ていた。彼の後ろにいるフーゴも被っていたフードを持ち上げ、しげしげとこちらを見ているようだ。
「君たちにも、出撃命令が下ったようだな」
「はい。いずれ王都南の平原で、反乱軍を迎撃することになります」
「……」
「……殿下?」
「辛くは、ないのか?」
かけられた言葉に、私はうまく反応できなかった。
……ステファンが、私を心配するような声かけをするなんて。
今の時点での彼は私のことを、兄の妃の座を狙う鬱陶しい平民の女だと思っているはずなのに……。
「辛くは……ない、と思いたいです」
「辛いのだな」
「……」
何も言えなくて黙っていると、ステファンは自分の背後にいたフーゴに目配せをしてから、私に視線を戻した。
「君が、兄上に懸想していると聞いた」
「えっ……!?」
「悪いことは言わないから、諦めろ。あれは、君が純真を捧げるに値するような人間ではない。このまま兄上のために戦っても、君たちの心と体が傷つくだけで何も得るものはない」
なんでこの時点で、ステファンがオルガの恋心を知っているの? 彼がオルガの真実を知るのは、オルガが死んでからなのに。
ぽかんとする私に、ステファンは続けて言う。
「せめて、君たちが戦わなくて済むように私たちが反乱軍を撃退できればいいのだが」
「それは……」
確かに、ステファンが仲間になるのはオルガ戦の一つ前のマップではあるけれど、そこで革命軍を倒すことがあってはならない。ステファンは、主人公の一人になるべき人なのだから。
私が言葉を濁すと、ステファンは苦笑して私に背を向けた。
「つまらない話をしてしまったな。……今のは、忘れてくれ」
「……はっ」
「ではな、オルガ・ブルネル」
ステファンはそう言うと、すたすた歩いていった。フーゴも私に会釈をして、上官の後を追っていく。
……今のステファンの台詞、どういうことなんだろう。
いや、考えても仕方ない。
それよりも。この時間ならまだ書庫が空いているから、平原戦で部下たちが生き残れる確率を高められるように、私の方でも調べ物をしておこう……。
* * * * *
翌日。
私は、ステファンとエリオットがとんでもない大喧嘩をしたらしいという噂を聞いた。どんな内容かは分からなかったけれど、エリオットは弟の発言に激怒したらしく、「今すぐ出陣せよ!」とステファン率いる一隊に翌朝の出陣を命じた。
彼らが向かわされるのは、王都の南方にある峡谷――まさにゲームでステファンが出てくるマップの場所だ。
ゲームではエリオットとステファンが喧嘩をしたという内容はなかったはずだけど、ひとまず本来のストーリーどおりにはなっている。
……でも。
「……殿下!」
翌日の明け方、私はステファンの離宮を訪問した。
兄と険悪な状態になっているステファンを監視するためか、彼の離宮はがちがちに包囲されていて侵入できそうになかった。
でも朝焼けのまばゆい光の中なら、私が天馬に乗って飛んでも目立つことなく彼の離宮のベランダに降り立つことができた。
私が窓辺にいることに気づいたようで、既に起床して身仕度を調えていたステファンが驚いたようにこちらにやってきた。部屋には、フーゴもいた。彼はステファンの軍師のような立ち位置でもあるから、朝早くから打ち合わせをしていたのかもしれない。
フーゴの存在は少し気になったけれど彼は私と視線が合うと首を横に振って、距離を取ってくれた。
「おはようございます、ステファン殿下。この後で出陣だと伺いました」
「……ああ。昨日、兄上と衝突してしまってな。だが当初より少し予定が早まっただけで、何も問題はない」
ステファンはそう言って微笑むけれど、どう見ても無理をしている。
「……昨日、なぜ国王陛下と喧嘩をなさったのですか」
「……」
「殿下」
「……言う必要もない。もう、私は後に引けなくなったのだからな」
……それは、兄を見捨てて革命軍に寝返ろうという意味なのか。それとももしかしなくても、死ぬまで主人公であるシオンたちと戦おうということなのか――
……これ以上彼の言葉を聞いているのも辛くなり、私は自分の首から下がっていたペンダントを外し、ステファンに差し出した。
「……どうかこれを」
「……これは?」
「防魔のペンダントです」
これは、ゲームにも出てきた装飾品だ。
防魔のペンダントは敵キャラとしてオルガが持っているもののみの一品もので、彼女を倒した際にドロップアイテムとして手に入れられる。これを装備しているだけで魔法防御力が上がるので、これ以降の戦闘でいろいろなキャラに使い回される貴重品となる。
「これがきっと、殿下を守ってくれることでしょう。ですから、どうかお持ちください」
「だが、これは君のものではないのか」
「私は魔法に強いので平気です。ですが、殿下は魔法への耐性がとても低いと伺っておりますので……」
ステファンは重装系ジョブということもあり、HPや力、防御力などで抜群の成長率を誇るけれど、魔法への耐性はもはや紙だ。ゲームでもオルガの魔法一撃でステファンは沈んでしまう。
どうやら言い返せないらしく、ステファンは気まずそうな顔で黙っている。……部屋の隅にいるフーゴは肩を揺らしているようだけれど、まさか笑っているのか……?
しばらくの間逡巡しているようだったステファンだけど、やがて観念したようにペンダントを受け取った。
「……君の言うとおりだな。ありがたく、受け取っておこう」
「そうしていただけたら私も安心します」
「戦いの後で、必ず返す」
「いえ、差し上げます。見た目は質素ですが、魔法防御力は折り紙付ですので!」
これを装備してやっと、ステファンは私たち天馬魔道士団の攻撃を受けて一回耐えられるくらいなのだから、無理はしないでほしい。
私がそう言うと、ステファンはうなずいてペンダントを上着の胸元に入れた。首につけていなくても所持さえしていたら効果はあるから、どんな方法だろうと持っていてくれたら構わない。
「ありがたく、受け取ろう。……君も、どうか無事でいるように」
「殿下……」
ステファンはペンダントのある自分の胸元に触れ、そして何やら真剣な眼差しで私を見てからきびすを返した。
「……そろそろ帰りなさい。天馬で来たのだろうが、長居すると誰かに見られかねない」
「かしこまりました」
「……来てくれて嬉しかった。ありがとう、オルガ」
名前を呼ばれたので、お辞儀をしていた私は顔を上げた。
でもステファンは既に歩き出しており、フーゴもまた私を見て頭を下げてから、主君と一緒に部屋を出ていったのだった。
* * * * *
あの後、アルヴェーン王国は革命軍と本格的に衝突した。
そしてゲームのシナリオどおり、ステファンが革命軍の前に敗北した後に部下もろとも寝返ったという知らせが入り、エリオットは激昂した。そして私たちに、「今すぐ平原に陣を張り、反乱軍を殲滅しろ! ステファンはおまえが討て、オルガ!」と命じた。
「……皆、この戦いについて来る必要はないわ。反乱軍の姿が見えたら、逃げなさい。ここは私一人で食い止めるから」
天馬にまたがり平原地帯の上空を飛んでいるときに私が言うと、部下たちはとんでもない、とばかりに首を横に振った。
「オルガ様をおいていくことなんて、できません!」
「私たちも最後まで、お供します!」
「必ずやステファン殿下の首を、陛下に捧げましょう!」
皆私より若い女性なのに、勇敢で忠誠心が高い。
……それが、申し訳なかった。
せめて彼女らだけでも逃がせたらと考えたけれど、記憶を取り戻してから今までの時間が短すぎて何もできなかった。
平原には、他にも王国軍がいる。彼らもまた国王直属軍であるけれど、あれは私たちの監視も兼ねている。私が下手に動けば、弓兵が部下たちを射落とすかもしれない。
……ああ、もうすぐオルガ戦のマップが始まる。
そうすれば、私たちは――
「……オルガ様、何かおかしいです!」
「どうかしたの?」
偵察を行っていた部下が飛んできたので問うと、彼女は焦った様子で答えた。
「反乱軍が南の峡谷地帯から動いていません。そして……王都の方から別の軍が来ております!」
「……なんですって?」
私は急ぎ、部下たちを伴って地上に降りた。
そして王国軍の者たちと話した結果、とんでもないことが分かった。
「……はい? 王都が陥落!?」
「ああ。どうやら峡谷地帯に留まる軍はフェイクで、ステファンたちがごく少数を率いて王都を急襲し、陛下が討たれたと……」
部隊長の言葉に、私は唖然としてしまった。
……おかしい。
峡谷地帯のマップでステファンを仲間にした後、主人公たちは北上してこの平原地帯でオルガたちと戦う。そうしてさらに北に進んでやっと王都にたどり着くのに、平原のマップをスキップして王都を襲撃して――エリオットを討つなんて。
「な、なぜそのようなことに……きゃっ!?」
いきなり部隊長が剣を抜いて突きつけてきたため、私は慌てて天馬に飛び乗る。そんな私たちを取り囲む王国軍たちは、血走った目をしている。
「見え透いたことを! 貴様らがステファンたちに口添えをしたのであろう! これだから、天馬魔道士団は当てにならない!」
「は? ……ま、まさか! 私たちだって初耳なのに……」
「黙れ!」
部隊長の合図で、弓兵が矢をつがえた。……まずい。
「皆、逃げるわよ!」
私たちを裏切り者扱いして殺す気満々の王国軍から逃げなければと、私は部下たちに声をかけた。皆もすぐに愛馬の手綱を引き、一斉に飛び立つ。
「オルガ様! これって、どういうことなんですか!?」
「分からないわ! とにかく、弓兵から逃げなければ――」
「オルガ様! 反乱軍が動いています!」
「北からも、ステファン殿下が率いると思われる軍が……!」
部下たちの言うとおり、南からは先ほどまで沈黙していたはずの反乱軍本体が、北からは王都を陥落させた少数精鋭の騎兵たちが平原に迫ってきている。
……主人公たちの軍には、長距離攻撃が可能な弓兵がいる。
射落とされたら、ひとたまりもない。
「くっ……!」
「オルガ様、どうしましょう!?」
「私がここに残るから、皆は東に逃げて……いえ、待って!」
挟撃を避けなければと思った私は、地上で起きていることに気づいた。
南から来た本隊と北から来た小隊が、王国軍残党と衝突した。そのまま彼らは私たちには目もくれずに乱戦状態になり――やがて、王国軍から敗北の意味を表す旗が振られた。
「オルガ様……これはいったい……」
「……あれは」
私たちが呆然としていると、革命軍の中から出てきてこちらに向かって手を振る人がいた。あの鎧は……ステファンだ!
「殿下!?」
「無事で何よりだ、オルガ」
私が急ぎ地面に降り立つと、少し汚れた鎧を着るステファンは私たち天馬魔道士団を順に見て、一人も欠けていないことを確認したようでほっと息をついた。
「天馬魔道士団の救出が間に合って、よかった。実はシオン……革命軍の者たちと相談した結果、天馬魔道士団を救うためにも少数精鋭で王都を襲撃して兄上を討つことにしたんだ」
「……そ、そんな無茶なことを……」
ゲームではあり得なかった展開に私が戦いていると、ステファンは明るく笑った。
「確かに厳しい戦いだったが、作戦は成功した。……王国軍の残党も捕らえたから、君たちももう無事だ」
「あ……」
死ぬしかない、と思っていた。
オルガには、皆殺しエンドしかない。誰一人守れずに私は死んでいくのだと思っていた。
……でも、助かった。
私も部下たちも、誰も死なずに済んだ。
安堵のためかついふらっとしてしまった私を、ステファンが難なく抱き留めてくれた。……血と、泥の臭いがする。彼が、エリオットを討ち取ったのだろうか。
「シオンやアストリッド公女には、君たちのことを話している。君たちさえよければこれから、革命軍に協力してもらいたいんだ」
「……いいのですか?」
「もちろんだとも。……ああ、そうだ」
ステファンは鎧の胸当て部分をずらして上着のポケットに手を入れ、私が贈った防魔のペンダントを出した。
「厳しい戦いの中、これが私を守ってくれた。……ありがとう、オルガ。この勝利は、あなたのおかげだ」
「っ……殿下がご無事なら、それで十分です」
声が震えそうになりながら、私はそう言った。
革命軍も部下たちも、誰も死なずに王国戦を終えられた。
それはとてもいいことだ、けれど――
本当にこれでいいのだろうか、という危惧は、なかなか消えてくれそうになかった。
* * * * *
「……ではよろしくお願いします、オルガさん」
「はい、お任せください。終わったらシオンさんに報告しに行きますね」
革命軍のキャンプにて。
王国軍の青い制服から一般兵用の服装になった私は、革命軍のいち兵士として活動していた。
エリオットが討たれたことで、アルヴェーン王国軍は降伏した。現在は主人公のシオンやアストリッド、ステファンたちで協力して戦後の王国のサポートを行い、また次の戦いに向けての準備も進めている。
部下たちも全員私と一緒に革命軍に投降して、相棒の天馬たちも連れてこられた。革命軍には天馬魔道士が一人しかいなかったので、彼女には「仲間がたくさんできた!」と喜ばれている。
とはいえ私たちは敗残兵ということもあり、軍の前衛ではなくて後方支援をしてほしいと言われている。シオン曰く、今の革命軍には優秀な武人たちが集まっているのでむしろ、空輸や偵察などを行ってくれる兵士がほしいそうだ。
「オルガ」
シオンから渡された仕事メモを手にキャンプを歩いていると、ステファンに呼び止められた。
彼はアルヴェーン王国王家の唯一の生き残りになったため、必然的に彼が国王となる。でも今は世界の平和のために革命軍に協力したいということで、国のことは信頼できる大臣たちに任せて自身は従軍し、やるべきことを終えてから即位することになったそうだ。
質素な兵士服姿の私と違い、さすが主人公だけありステファンはこのキャンプでも立派な軍服を着ている。
私は、彼の前で頭を下げた。
「ごきげんよう、ステファン殿下」
「君たちも元気にしているようで、何よりだ。従軍中に困っていることなどはないか?」
「皆様、私たちにとても優しくしてくださるので、何一つ困りごとはございません」
「体調は万全か? 天馬たちの飼料は足りているか?」
「はい。問題ありません」
「怪我などはしていないか? 不埒な感情を抱く兵士などに、迫られてはいないか?」
「だ、大丈夫かと……」
……このキャンプに来て知ったのだけれど。
ステファンは、やたら私に対して過保護だ。
今みたいにあれこれ尋ねてくるのはしょっちゅうだし、私が革命軍の若い剣士と話していると「我が国の兵士に、何か用事か」と間に割って入る。そして偵察帰りの私がちょっとでも怪我をしていたら、「衛生兵を呼べ!」と大騒ぎする。
天馬魔道士は回復魔法も使えるから、私が衛生兵でもあるのだけれど……。
私がつい曖昧な答えをしたからか、ステファンは眉根を寄せて私の肩をそっと掴んできた。
「何かあれば、いつでも私に言いなさい。君は、自分の気持ちを後回しにしてしまうきらいがあるようだ。無理をしてはいけない」
「ええと……殿下のご配慮に感謝します。何かあればすぐに、ご報告します」
「ああ、そうしてくれ」
そう言うステファンは、とても嬉しそうだ。私に頼ってもらえたと思って、嬉しいのかもしれない。
……ステファンは改めて見てみても美形だけど、私より一つ年下だ。さらに前世の私からすると八つも下ということになるからか、笑った顔はかわいいとさえ思われた。間違いなく大型犬系男子だな。
何やら上機嫌そうなステファンを見送っていると、そそっとこちらにやってくる影があった。
あのローブ姿の男性は――
「ごきげんよう、フーゴさん」
「こんにちは、オルガさん。……いつもうちの殿下がつきまとってしまい、申し訳ございません」
ステファンの部下であるフーゴがそう言って頭を下げたので、私は苦笑して手を振った。
「気を遣っていただけて、むしろありがたいくらいですよ」
「そんなつもりじゃなかったのに、あなたのことが気に入っちゃったみたいなんですよ。以前あなたからもらった防魔のペンダントなんて、毎日磨いて肌身離さず持っているくらいですし」
「はぁ……」
「でも鬱陶しかったら、ストーカーはやめてくれってちゃんと言ってくださいね。直接言うのが難しかったら、僕がちゃんと進言しますから」
「ええ、ありがとうございます」
私がうなずくと、なぜかフーゴは黙ってしまった。
「……フーゴさん?」
「……もしかして、ですけれど。『英雄王物語』ってご存じですか?」
「……は、え?」
フーゴの口からあり得ない単語が出てきた。
彼は呆然とする私を見て、「やっぱりそうですか」とうなずく。
「やっぱりオルガさんも、転生者なのですね。なんとなく、そうかなーとは思っていたのですが」
「ど、どういうこと……? あなたも、転生者……?」
「そうです」
いやー、よかったよかった、と、フーゴ――転生者仲間は、明るく笑った。
フーゴもまた私と同じように、日本から転生した人間だった。
前世の彼は病弱で若くして亡くなったそうだけど、病室でプレイしていた『英雄王物語』が大好きで、推しキャラであるフーゴに転生できてとても嬉しかったそうだ。
確かに、フーゴは魔法使いキャラだけど健康そのものだし、前世病弱だったのなら自由に歩ける体は貴重だよね。
「オルガさんの行動はゲームシナリオにないものがあったから、仲間かもしれないと思っていたんですよ」
「そうなのですね。まさか、フーゴさんもだとか……」
「僕もびっくりです! 大好きなゲームの世界の……それもリメイク版に転生できたのだから、安心しました」
「そうですね……いえ、ちょっと待って。リメイク版って、なに?」
「えっ? 知らないのですか?」
フーゴはきょとんとしているけれど、きょとんとしたいのはこちらの方だ。
リメイク版……って、どういうこと!? そんなの知らない!
「ま、まさか私が死んだ後に、『英雄王物語』がリメイクされたの!?」
思わずフーゴの肩を掴んで叫ぶと、彼は私にがくがく揺さぶられながら「そうですよー」と言った。
「そういえば『英雄王物語』のオリジナル版は、僕が生まれるよりも前に発売されたらしいですね。僕がプレイしたリメイク版は、中学一年生の頃に発売されたんです。有名声優によるフルボイス仕様で、追加イベントもたくさんでしたよ」
「……なん、ですって……?」
『英雄王物語』リメイク版……? 有名声優によるフルボイス……? 追加イベント……だと……!?
「私が生きている頃には、そんな話はなかったのに……」
「失礼ながら聞きますけど、前世のオルガさんっていつ亡くなりました?」
「いつって……確か平成二十六か二十七年頃だったかな」
「ああ、だからか。リメイク版が出たのは、令和の頭なんですよ」
「令……?」
「新しい元号ですよ。シュイッチのソフトとして、『英雄王物語』リメイク版が発売されたんです」
「なにそのシュイッチって」
フーゴが言うに、シュイッチとは私の死後に発売されたゲーム機らしい。私が持っていた上下二画面ある2デュオスと違って、一画面だけど画面は大きくてコントローラー部分が取り外し可能で、画質もとってもよくなっていたそうだ。
どうやら前世の私が死んで数年後に、シュイッチというゲーム機が発売されたらしい。
前世のフーゴは平成中頃に生まれていて、彼が中学生の頃に発売された『英雄王物語』リメイク版をシュイッチでプレイしたという。
「オリジナル版のことはネットで調べて知ったんですけど、当時からオルガの救済についてはファンから要望があったらしいですね。リメイク版になる際にいろいろなイベントが増えたりしたんだけどその一つが、オルガ救済ルートだったんです」
「それじゃあまさか、この世界って……」
はっとした私が言うと、フーゴは笑顔でうなずいた。
「間違いなく、リメイク版の内容が反映された世界です。僕も、ほっとしましたよ。大好きな『英雄王物語』の世界のキャラに転生したんだから、オルガ救済ルートに進みたい。でももしこの世界がオリジナル版だったら、ルートが存在しないことになる。救済ルートに進むにはいろいろ手を加える必要があって結構大変だったけど、うまくいったようでよかったです。オルガを気にかけるように殿下に呼びかけたのも、僕なんですよ」
……なるほど。だからステファンが裏切る前日の夜、彼は私をわざわざ呼び止めたり心配したりしたのね。これも、オルガ救済ルートに必要な働きかけだったということか。
「……もしかして、王都が奇襲攻撃を受けたのも?」
「そう。本来なら先にオルガを倒してその後のマップでエリオットと戦うんだけど、オルガ救済フラグが立てば王城を急襲してエリオットを先に討ち、オルガを助けに行くことができるようになるんです。当然、元のストーリーよりもクリアが難しいけれど、できるのなら救済ルートに進みたいですからね」
「……そんなことが」
「エリオットを先に討つと、平原戦の内容が変わる。ここでは王国天馬魔道士団が王国軍残党に襲われていて、彼女らを助けに行くというマップになるんです。だから僕たちはすぐに兵を向けて、オルガさんたちを助けに来たんですよ」
「……それじゃあ、私がこうして助かったのはゲームの流れとして順当なものだったのね」
ほっ、と体から力が抜ける。
ゲームにはなかったはずの出来事がいろいろ起こり、もしかして私はこの世界を壊してしまったんじゃ……と心配になっていた。
でも、大丈夫だった。
オルガが助かるというルートは、確かに存在していたんだ。
「そうです。……ただ忘れてはならないと思うのが、この世界はあくまでも『英雄王物語』リメイク版が基になっているだけで、ただの作り物語じゃないってこと。ゲームのシナリオだからって辛い運命に流されることも、望まないことをする必要もない。僕もあなたも、この世界に生きる一人の人間として生きていけばいいんですよ」
「あ……」
フーゴの言葉が、私の心の奥底をじんわりと溶かしてくれた。
悪役だから、敵キャラだから、こうしなければならない、こうしてはならない、という決まりはない。
私の生き方は、ゲームシナリオにない道を選んでもいいのだ。
「……ありがとう、フーゴ」
「お礼なんて結構ですよ。僕は、僕がしたいように動いて殿下やシオンたちに呼びかけたんですからね。……そういうことだから、この後のシナリオでもあなたは自分がするべきだと思うことをすればいい。ゲームでのオルガは救済後、あまり登場しなかったけれど……その部分をどう生きるかは、あなた次第ですものね」
「……ええ、そうするわ」
私が少しじわっとした目尻を指でこすって微笑むと、最初は笑顔でこちらを見ていたフーゴがいきなり「うおっ!?」と悲鳴を上げた。
いきなりフーゴが叫んだので何だろうと思ったら、後ろから誰かに抱き寄せられた。一瞬ぎょっとしてしまったけれど、私の肩に触れるガントレットには見覚えがあった。
「ステファン殿下……?」
「フーゴ、まさかおまえ、オルガを泣かせたのか」
振り返るとそこには、秀麗な顔立ちを険しく歪めたステファンがいた。彼の右手はがっちりと私の肩を掴んでおり、フーゴに向かって威嚇するようににらんでいる。
「ええっ、違いますよ。ただ話をしていただけで」
「嘘をつくな。先ほどオルガが目元を拭っているのが見えた。おまえが泣かせたのではなかろうな」
「違います! ねえ、オルガさん?」
「そうですよ、殿下」
今にもフーゴに掴みかかりそうな勢いのステファンのガントレットをとんとんと叩いて、なだめる。
「彼とはちょっと、その……懐かしい話をしていたのです。それにうるっときただけなので、泣いているわけではありませんよ」
「懐かしい話……だと……?」
「殿下、殿下。そんな嫉妬丸出しの目で見ないでくださいね。本当に何もないので」
「……ならばよい。ああ、そうだ、オルガ」
「はい」
「先ほどシオンたちと相談した結果、次の戦闘で君と配下の天馬魔道士たちには哨戒を任せようということになった。険しい山岳地帯でも、君たちならば無事に上空から敵情把握できるだろう」
ステファンに言われて、胸の奥が熱くなる。
……そう、これがきっとフーゴが言っていた、「どう生きるかは、あなた次第」というやつなのだろう。
オルガ救済ルートに進んだ私たちは、私たちが考えるようにこの軍で活動していけばいい。
「もちろんです。我々天馬魔道士団の力を存分にお使いください」
「感謝する。……では」
そう言ってステファンは、懐から銀色の輪っかを出した。……いや、ただの輪っかではなくてこれはブレスレットだ。
「それは?」
「これを、あなたに」
「えっ、殿下、ちょっ――」
何やらフーゴが焦ったように言うけれどステファンは気にせずに私の左手を取り、その手首にブレスレットをつけた。シルバーの土台にはサファイアのような小さな宝石が飾られていて、よく見ると表面にルーン文字のようなものが刻まれていた。
これ、もしかしてゲームにも出てきた装飾品だろうか。
「素敵ですね。でも、いただいていいのですか?」
「ああ。これには、装着者の防御力を高める効果がある。魔法にはめっぽう強いあなたたちだが、射落とされることがあってはならない。哨戒の際――いや、普段からこれを身に付け、身の安全に注意してもらいたい」
なるほど、やはりこれは以前私がステファンに押しつけた防魔のペンダントみたいな効果のあるものみたいだ。確かにゲームでも、防御力が低くて重い装備もできない魔道士キャラに、こういった装飾品を装備させていた。
天馬魔道士はHPも防御力も低めだから、こういう装飾品はありがたい。
「ありがとうございます。大切に使いますね、殿下」
「ああ、これがあらゆる攻撃や悪意から君を守ってくれるに違いない」
真面目な顔でそう言うステファンだったけれど、なぜか私の隣にいるフーゴは「えぇ……マジかよ……そういうことなのかよ……」とぶつぶつ言っていたのだった。
* * * * *
私は部下たちを引き連れて王国軍から革命軍に移籍して、そこでは主に哨戒や負傷者の搬送、物資運搬などを担当した。ステファンと並んで『英雄王物語』の主人公を務めるシオンとアストリッドも私たちのことを歓迎して、頼ってくれるのが嬉しかった。
……ただ、やたら皆が私の左手首にあるブレスレットを見るのが気になっていた。
防御力を高める装飾品はゲームにもいろいろ出てきたけれど、オリジナル版は画質が粗かったこともありこれがどのアイテムなのかいまいち分からない。
皆が見るくらいだから、相当レアなアイテムだったのかもしれない。そんな貴重品を私ごときが持つなんて、と思ってステファンに返そうとしたのだけれど、「一生持っていてくれ」なんて言われた。
堅物のステファンでもこんなジョークを言うんだなハハハと思っていた私は――知らなかった。
このブレスレットがゲームにおける「王家の腕輪」と呼ばれるもので、ゲームのエンディングでステファンが伴侶に決めた女性キャラに贈るアイテムであるということを。
知ったのは、革命軍がラスボスの魔王を撃破して世界中を凱旋する際、アルヴェーン城でステファンにプロポーズされたときだった。
「ちょっと、フーゴさん。こんなの聞いてないんだけど!?」
「あはは、僕もびっくりですよ。でもあの人結構しつこくて諦めが悪いから、観念してください。それにオルガさんだって、殿下のこと嫌いじゃないでしょ?」
ステファンからのプロポーズに驚き戸惑った私はその場から逃げ出してフーゴに泣きついたのだけれど、彼はけらけら笑うだけだ。
「ぐぬぅ……。……あっ、まさかこれも、フーゴさんがリメイク版の内容になるようにストーリーを変えた影響だったりする?」
「いや、関係ありませんよ」
「えっ」
「オリジナル版からそうだったと思うけれど、『英雄王物語』のエンディングで主人公の三人は、好感度が一番高い異性と結ばれましたよね。でもリメイク版でもその組み合わせに変更はなくて、殿下とオルガさんがくっつくことも当然ないんです」
「……何ですって?」
確かにオリジナル版のエピローグでも、ステファンはヒロインのアストリッドを含めた四人ほどの女性キャラのうち一人に腕輪を贈って結婚して、アルヴェーン王国国王夫妻になったと語られていたけれど……?
「……じゃあなんで、こんなことに?」
「オルガさんも、皆殺しエンドを避けるために少しずつ行動したでしょう? きっとそういうのが契機になって、殿下から好き好きされるようになっちゃったんですよ。僕はあくまでもフラットな立場としてあなたのことを殿下に伝えただけなので、後はあなたの行動の結果です」
「ええっ!? そ、そんな……」
フーゴのせいじゃなくて、私が――たとえば防魔のペンダントを渡したとか、そういうのが原因だったということ?
呆然とする私を、フーゴは面白がるように見てくる。
「いいじゃないですか。あの人はしつこくて嫉妬深くて面倒くさいから浮気だけは絶対にしないし、あなたの我が儘なら何でも聞いてくれますよ。伴侶として、悪くないでしょう?」
「悪くはないけど……」
「ぶっちゃけ僕としてもあなたたちが結ばれた方がいろいろ都合がいいんですし、諦めてください」
「は、薄情者ー!」
私が叫んでも、フーゴはにまにま笑うだけだった。
* * * * *
しばらく逃げ回ったものの、オルガ・ブルネルは観念したようでステファンからのプロポーズを受けた。
彼はフーゴの言うように若干しつこくて嫉妬心が強くて面倒くさいところがあったが愛情深く、妃となったオルガの願いは「離婚してほしい」以外ならなんでも聞いたといわれている。
そういうことでオルガは結婚して王妃になっても、天馬魔道士団長の立場を兼任した。最初は妃が軍人としての活動を続けることに渋っていたステファンも、フーゴにアドバイスされた彼女が「お願い、あなた?」と甘えると、あっさりうなずいてくれたという。ちょろかわいい男である。
愛情強めで嫉妬深いものの妻や子どもたちの前では寛大で優しい国王であり続ける彼だが、自分の知らない話題で妻とおしゃべりをするフーゴや妻に跨いでもらえる天馬に嫉妬しては、オルガに呆れられていたという。
☆前世メモ☆
オルガの前世……昭和の末生まれ。隠れオタク。平成後期の大雪の日、雪で隠れていた側溝に落ちて死亡。享年二十九歳。
フーゴの前世……平成中頃生まれ。オープンオタクだが病弱。令和初期に病死。享年十六歳。