劇作家
「人類とバンパイアの戦争が続くあの日、王国に一人の美しいバンパイアが現れ、騎士団長に女の赤ん坊を預ける。
騎士団長夫婦はこの女の赤ん坊を大切に育て、やがて娘は美しく成長し、先代の苦労も知らない馬鹿王子が王位を継ぎ、バンパイアの娘を娶る。
娘は後継ぎとなる男児を産み、平穏がいつまでも続くと思われたがバンパイア軍が突如王国に攻め込ん来て、張りぼての平和が終わりを告げる。
王妃は自ら初めて会うバンパイアの父親を説得に行くが成果を上げることはできず、犠牲は増え続ける。
そんな時に光の中から勇者が現れ、王国は救われる。
王妃は処刑され、彼女を愛していた兄妹のように育った騎士団長の次男は彼女の亡骸を抱え行方不明となる」
「先生、バンパイアの娘は助かったんですよね?」
「それじゃあお芝居にならないですよ。悲劇で終わらないと。美しい寡黙な男が愛する女性の亡骸を抱えながら慟哭する、私はこれが見たいのです」
「先生の趣味はいいですよ。一応史劇なんですから、下手なオリジナリティいらないですよ」
「嫌だって、陳腐じゃないですか。勇者がいて無双シーンがあるのに、その後に背の高い黒髪美形キャラ出てきて、幼馴染というか兄妹のように育った女を命がけで助けて刑場で大立ち回りして二人で逃げるだなんて、勇者の印象が薄くなるでしょうが」
「この勇者のちに痴情の縺れで女に刺されて死んでますからあんまり英雄チックにするのもどうかと思いますね」
「それは大分中年になってからだからもういいでしょう。王国の破滅はもうどうでもいいから描きたくないし、私はこの二人の悲恋にしたいんですよ。不倫の恋、それも完全にプラトニックなものを書きたいんです。二人は生涯手も繋がなかったんですよきっと」
「繋いだでしょうよ。十五まで同じ屋敷にいたんですよ。国王の子と言われてるあの子もひょっとしたらあの騎士団長の次男坊の子かもしれませんよ。王宮に行ってからだって、会うことくらいできたでしょう。だってあの無能国王は王妃の言いなりだったんですから」
「いいえ、ないですよ。嫁いでからは全くの没交渉だったはずですよ。ヒラの騎士なんぞが王妃に会えるわけないんですから。刑場で愛する女性の首がはねられるところを泣きながら見守ることしかできない美形騎士なんてぞくぞくするじゃないですか」
「嫌、死んでませんて、史実では刑場で次男坊が彼女を助け出し、その後は行方知れずなんですよ。ハッピーエンドでいいじゃないですか。一途な愛を貫いて幸せになったんですよ」
「面白くないです」
「先生はそうでしょうけど、まあできるだけこう国王は無能にしといてください。できれば横暴でブ男で嫌な奴にしてください。彼女が可哀想となるように」
「まあそれはそうしときますよ。王国の滅亡と彼女の息子が王朝を復活させるとこまで描いた方がいいですかね?」
「そこはさらっとでいいんじゃないですか。尺もあまりありませんし。どちらかというとバンパイアの娘と次男坊の十年以上にわたる愛の物語でいいんじゃないかと、そこに人類の命運がかかってくるっていう」
「泣く男が見たいですけどねぇ。無口な美形キャラが泣くと滾りますよねぇ」
「それは又今度でお願いしますよ。今回はハッピーエンドで変な脚色はいらないです。史実通りに」
「まあいいですか。陳腐な話も素晴らしい音楽と役者が何とかするでしょう。後はセリフですね」
「期待していますね、先生」
「まあお任せを。ハッピーエンドは得意ですよ。できれば悲恋にしたかったですけどね。運命に引き裂かれる二人、地上では決して結ばれなかった二人を書きたかったですね。まあ次の機会に」
「先生は彼女が本当にバンパイアロードの娘だったと思いますか?」
「さあ、この世のものとも思えない程美しかったっていうところから信憑性はありますけど、唯の人間だった可能性だって十分ありますよね。まあそこはどうでもいいです。本筋に関係ありませんので」
「むしろこの次男坊の方が人外じみてますよね。刑場で何千人といる警備の人間をたった一人でなぎ倒すなんて」
「愛の力ですよ」
「そこはガバガバでいいんですね」
「私なら捕らえられた男がはりつけにされた女の前に跪かされ女が槍に胸をつかれるのを見上げるエンディングにしますけどね」
「うわー、先生。性格悪いです」
「美形は泣かすものです。それより勇者をもっと輝かせなくていいんですか?もうちょっと熱血漢で魅力あふれる兄貴肌の人間にした方がいいんじゃないですか?」
「もういいですよ。二人の愛を中心に据えてください」
「最後は刑場から手を取りあって逃げる二人でいいんですかね、二人でお花畑に駆け出していく感じで」
「いいんじゃないですかね」
「最後に男が背中に受けた傷で花畑で彼女に看取られながら死ぬでいいですかね」
「よくないですよ。何でそんなに死なせたいんですか」
「だって生きてたとしたらこれから二人はずっと生活していかなきゃならないわけでしょう。ハッピーエンドって簡単に言いますけど、その後には生活が続くわけです。食べるためには働かなきゃならない。死んだらそれは必要ないわけで、もう死なせてやりたい。綺麗な二人のまま終わらせてやりたい」
「そこは書かないからいいじゃないですか。エンディング後なんか知りませんよ。もう書いてください締め切りは一週間後ですよ」
「気乗りしませんねぇ」
「乗らなくても書く」
「本当に世間はハッピーエンドを求めているでしょうか?」
「それはわかりません」
「まあ書きましょう。それにしてもこの二人その後どうなったと思います?」
「幸せに暮らしたんじゃないですか」
「そもそも愛し合っていたでしょうか?」
「わざわざ命がけで助けに来たんですからそうでしょう。愛以外に何があるって言うんですか?」
「彼はすでに彼女の眷属だったとしたら?」
「バンパイアということですか?」
「そう。だから一人であれほどの大立ち回りが出来た。死なないなんて無敵ですからね」
「成程、それはあるかもしれないですね」
「だとしたら彼らは今も生きている、そうなりますね」
「先生怖いです」
「まあそれはいいとして、書きたいですね。魂の結びつきを、愛情と一口で説明できない何かを」
「ただの愛情ではないと?」
「だってそうじゃないですか」
「無償の愛だったと思いますけどね。だって彼女を助けたところで何もないですよね。一生人目につかないように暮らさなければならないし、愛以外あり得ませんよ」
「何も得られないって言いますけど、彼女以上のものが彼の中に何もなかったのなら彼は彼女を得たのだから全てを失ったどころか、彼はとての幸せだったと思いますよ。あ、これ書けるな。そこまで無表情だった男が、一度も笑わなかった男が最後の最後刑場から彼女の手を引き逃げながら破顔する。これだ、これ書きますよ私」
「書けそうですね。では先生が集中できますように私はこれで帰らせていただきますね。何かありましたらいつでもお呼び出し下さい。最高の脚本待っています」
「その前にドーナツ買って来て」
「了解です」
「・・・でもこの二人まるで顔が見えてこないんですよねぇ・・・」




