7 天紫雲
「俺が無傷なのはもしかしてニイハの魔法のお陰だったりするのか?」
「いや、それは違う。キミが無傷なのはキミの魔法のお陰さ」
「え、俺の? ……自分で言うのもなんですけど、俺の魔法はドラゴンの雷を防げるようなものじゃ」
「そんなことないさ。イナくん、キミの魔法は恐らく蓄電だ」
「ちく……でん?」
蓄電。
そう聞いてふと昨日のことを思い出す。
私が風に乗って飛んできたクラウドウールを捕まえる少し前、大きな落雷が落ちた。
今にして思えばあれはイナくんによる決死の攻撃だった。
クラウドウールの特性を利用した落雷攻撃。
けれど、シルフギルドに来たばかりのイナくんは知らなかった。
雷龍に落雷は意味を成さない。
逆に利用され、そして雷龍の吐く雷ブレスに飲み込まれた。
でも、イナくんの魔法の本質がアルカルドさんの言う蓄電だったなら?
私が見たあの雷の化身のような姿にも納得がいく。
なら、アルカルドさんはどうして雷龍討伐の手柄を私に?
イナくんと話すアルカルドさんの背中には疑問が尽きない。
「なる、ほど……たしかに、それなら俺が無傷なのにも納得が……でも、蓄電って」
大きめのため息がイナくんから吐き出される。
「これまでの努力はいったい……まるで見当違いじゃないか」
努力の方向性を間違えていた。
そう発覚したら落ち込んじゃうのは当然。
慰めてあげたいし、頭を撫でてあげたいし、食べ物も食べさせてあげたいけど、今は我慢。患者さんのお世話は看護師さんやお医者さんのお仕事だから、私が出しゃばらないようにしないと。
だけど、落ち込んでるイナくんを見てると、なんとかしたくなっちゃうな。
「そうだ! イナくんの魔法に新しい名前を付けよう!」
「え?」
急になにをと思う気持ちは私も同じだった。
「だってそうじゃないか。魔法の本質に気がつけたんだから、名を改めるのは当然のことだろう? 新しい名前と共に新しい魔法使い人生を歩めばいい!」
「でも、新しい名前って言っても急には」
「それもそうか。では三人で考えよう。ニイハくん、なにか案はないか?」
「私ですか? こういうのって言い出しっぺからだと思うんですけど」
「残念ながら私にネーミングセンスはない!」
「そんな堂々と……」
でも、イナくんのためにできることがあるならしてあげたい。
魔法の新しい名前かぁ。
印象的なのはあの帯電した状態のイナくんだけど。
そう言えば、あの時の稲光って綺麗な紫色だったなぁ。
そう、それはまるで、いま病室の窓から広がっているような――
「じゃあ、こういうのはどうですか?」
二人の注目が私に集まる。
「夕暮れの空みたいに綺麗な紫色だったから、天紫雲って言うのは」
「天紫雲か」
イナくんの視線が私たちから病室の窓の外へ。
綺麗な紫色に染まる空をしばらく見つめて。
「いいな、気に入った」
こっちに向き直ったイナくんは、ちょっときゅんとくるほどいい笑顔だった。
落ち込んでた人が笑顔になってくれるの、私弱いなぁ。
「イナくんの新しい門出に祝福を。これからもシルフギルドの一員として頑張ってくれ」
「はい。今後とも、よろしくお願いします」
「うむ。では、僕たちはこれで。消灯時間が迫ってるぞ」
「そうですね。じゃあね、イナくん。退院できる日が決まったら迎えに行くからね」
「ありがとう。それじゃあ」
手を振るイナくんに身をくられて私たちは病室を後にする。
「それで」
「わかってるよ。雷龍討伐の手柄をニイハくんに移したことだろう?」
「すっごく心が痛かったです」
「あはは、ごめんごめん。だが、絶対に必要なことなんだ、これは」
「そんなにですか?」
「あぁ、イナくんはこれまで鬱屈とした日々を送ってきたんだ。だが、それがある日突然大きな力を発揮できるようになった。そうなったらどうなると思う?」
「うーん。はっちゃけちゃう、とかですか」
「そう。そしてそれが行きすぎると道を外れてしまう」
「イナくんがそういう人のようには見えませんけど」
「大きな力って言うのは良くも悪くも人を変えてしまうものさ。人生そのものすらね」
人生、そのもの。
「だから、少しずつ慣らしていく必要があるんだ。今回はそのためにイナくんの魔法の本質だけを伝えることにした。都合よく、当時の記憶は無くなっているみたいだったからね」
「なんだか記憶喪失を悪用しているようで気が進みませんが、それがイナくんのためになるんですよね?」
「もちろん、僕が保証するよ。必ずイナくんのためになる。なんて、ちょっと独善的かな」
「そうかも知れません。けど、私もアルカルドさんの案に乗りますよ。我がシルフギルドのギルドマスターなんですから」
「僕はいい人材に囲まれていて幸せ者だなぁ」
夕日に焼けた茜色の廊下を渡って病院を後に。
紫色の空は透き通った黒に染まって、星の瞬きがちらほらと顔を見せてくれる。
「イナくんも見てるかな?」
そんなことをぽつりと呟いて、多忙なアルカルドさんと別れて帰路につく。
明日もイナくんのお見舞いに行こっと。
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