4 雲羊
「イナくんは左側から回って! 私は右側から!」
「了解!」
大地に敷き詰められた緑の絨毯に轍を刻みながら存分に音を立てて走る。
二人で左右に大きく広がると、エンジン音に驚いたクラウドウールたちが逃げて行く。
誘導は上手く行ったようで、続々と柵の入り口へと向かっている。
「イナくん! そっちはみ出てる!」
「了解!」
多少、群れから離れた個体もいたけど、それにも上手く対処できた。
最後の一頭が柵に入り、ほっと一息をつく。
久々の運転で緊張したけど、上手くできてよかった。
「お疲れ様! イナくんのお陰で助かっちゃった」
「お疲れ。役に立ててよかったよ、ホントに」
今までは誰かに役に立てているという実感が乏しい魔法使い人生だった。
それもこれも自分の至らなさが原因だけど、それでも感謝されると嬉しい。
頬が緩みそうになるのをきゅっと引き締めた。
「ありゃ、これは不味いな」
「どうかしたんですか?」
「いや、ね。クラウドウールの数が一頭足りないんだ」
「数が……」
すぐに周囲を見渡してみるも、はぐれたであろう最後の一頭の姿は見えない。
「なら、探しに行こう。きっとまだ遠くには行ってないはずだし、バイクならすぐに見付けられる」
「それはありがたいが、危険だぞ」
「危険?」
「ほら、空を見なよ。雨雲が押し寄せて来てるだろう」
言われてから気付く。
地平線が暗く落ち、空を一列に跨ぐ黒雲がこちらに近づいて来ていることを。
「さっきまであんなに晴れてたのに」
「シルスタヴィア平原はいつも風が吹いてるから雲が流されやすいの。晴天でもいつの間にか曇天になってることもあるし、一日に何回も天気が変わることだって珍しくないんだよ」
「でも、雨くらいなら」
「そうも行かない。クラウドウールの毛は帯電しやすいんだ。刈った毛は加工して商品にするんだが……」
「天然のクラウドウールが帯電しちゃうと最悪、雷に打たれちゃうんだ」
帯電した体毛が雨雲から雷を呼び寄せる。
「雷に打たれたら……どうなるんだ?」
「大抵の場合は助からない。体毛が帯電するだけで、雷に体勢があるわけでもないからね」
「なら、直ぐにでも見付けにいかないと」
「……そうだね。雨雲がこっちに来ないうちに見付けてあげないと」
「い、いいのかい? 本当に危険だよ」
「なんとかしてみます」
バイクに跨がり、エンジンが音を鳴らす。
「なら、クラウドウールを見付けた時は持ち上げてやってくれ。そうすれば雲みたいに浮かぶんだ。そのゴーレムについてるワイヤーを首輪に駆けてやれば邪魔にはならないはずだ」
「ありがとうございます。それじゃあ」
「あともう一つ」
俺の腕を取った牧場主の目は真剣だった。
「クラウドウールはストレスで帯電するんだ。そうなると体毛が黒ずんで雷雲みたいになる。もしそうなっていて雨が降っていたら手遅れだ。手は出さないでくれ」
「……わかりました」
牧場主の手が離れ、刻々と迫り来る雨雲に向けて走りだす。
「私はあっちを探すから!」
「あぁ、ありがとう。付き合ってくれて」
「いいの! どうせ私も探すつもりだったから。イナくんも同じ気持ちでいてくれて嬉しいな」
「俺も嬉しいよ。じゃあ、気を付けて」
「イナくんもね」
互いに別々の方向へ舵を切り、はぐれたクラウドウールの捜索を開始。
一面に広がる緑の中から真っ白な毛玉を見付けることはそう難しくないはず。
「心なしか風が湿ってきたな」
雨雲は先ほど見た時よりもずっと近づいて来ている。
稲光すら目視で確認できるくらいだ。
「早く見付けないと」
でも、どうして俺はこんなに必死になっているんだ?
たかだか魔物一頭だ。
牧場主も半ば諦めている様子だった。
ニイハが言い出し、俺がそれに追従したならまだわかる。
けど、俺は自分から探すことを選んだ。迷わなかった。
それは何故だ?
「……あぁ、そうか」
俺は魔法使いとして恥ずかしくない人でいたいんだ。
自分の至らなさ加減は知っている。
影で何を言われているかも見当がつく。
きっとすっぱりと魔法使いを辞めてしまえば楽になれる。
でも、それでも。
才能がなくてもいい、馬鹿にされたって構わない。
ここで動かない自分を、明日の自分は恥だと言うだろう。
だから、迷わなかったんだ。
たとえ、それがたかだか魔物一頭のために危険を冒すのだとしても。
魔物の管理、保護、そして駆除は魔法使いの仕事だ。
クラウドウールを保護しなければ。
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