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13/13

13 雷鳴


 ゆっくりとした足取りではあるものの、着実にこちらに近づいて来ている。


「さっきからミラの言ってること全部間違ってるんだけど!」

「そ、そんなはずはありません! ロックサーフィスが平原に出てくるなんて!」


 人間の目から見てもロックサーフェスの擬態は完成度が高い。

 だが、それは森林という環境にいるからこそ発揮できるもので、明るい日差しの元で見透しのいい平原に出れば、その擬態は陳腐な児戯に成り果てる。

 だから、森林から外には出て来ない。

 その理屈はわかる。

 でも、現にロックサーフェスは日だまりに足を踏み出した。

 温厚なはずの性格で、殺意を剥き出しにしながら。


「なにかが可笑しい」

「そうだね。私たちが知ってるロックサーフェスとあまりにも違い過ぎるよ。まるで何かに取り憑かれてるみたい」

「取り憑かれている……まさか!」

「ミラ?」

「ニイハ! イナ! こめかみです! こめかみを見てください!」

「こめ……まさか」


 森林の中にいた時は、その薄暗さから見落としていた。

 だけどこうして日の下に現れたことによって、それは白日の下に晒されている。

 ロックサーフェスの岩肌のような毛皮に咲く一輪の花。

 寄生生物パラサイトフラワーがそのこめかみに寄生していた。


「フラワーが寄生してるなら」

「はい。宿主となった個体は保護対象外です。ですが」

「そうだね。ロックサーフェスの様子が可笑しいのは寄生されたからかも知れないし、だったら助けてあげたいけど」


 俺たちを前にして殺気を放ちながらも、その歩みは緩やかだ。

 それはロックサーフェスとしての本能が、寄生したフラワーに抗っているからではないか。

 そんな推測が脳裏を過ぎる。


「なにか方法は?」

「わかりません。まだなにもわかっていないんです……」

「……なら、やることは一つだな」


 魔法使いとしての勤めを果たすため二人よりも前に出る。


「俺にやらせてくれ、二人とも」

「わかった、お願い」

「イナ……なるべく苦しめずにお願いします」

「悪いけど、それは無理かも」


 魔力が生体電気を増幅させ、周囲に稲妻が散る。


「ロックサーフェスには気絶してもらうから」

「え?」


 地面を蹴って加速し、紫電を引いて駆ける。


天紫雲パープルスカイ


 瞬く間に距離が埋まり、ここはすでにロックサーフェスの間合いの中。

 鋭い爪を持った丸太のような腕が振り下ろされるも、その予備動作からすでに見えていた。

 攻撃の軌道を読んで側面へと回避し、その脇腹に拳を見舞う。

 魔法によって身体能力が上がっているとはいえ、大柄な体格に対して打撃はほとんど響かない。けれど、拳に纏わせた紫電なら別だ。衝撃から拡散した稲妻がけたたましい雷鳴を慣らしてロックサーフェスの巨体を怯ませる。


「これじゃダメか」


 意識を奪うには出力がまだ足りない。

 その自覚と共に、刈り取るように弧を描いた爪を回避。

 後ろに引くと畳みかけられ、次々に振るわれる豪腕を一つ一つ見切っていく。

 そうして隙をついて跳び、ロックサーフェスの顔面に回し蹴りを打つ。

 雷鳴はより激しく、衝撃はより強く、稲妻はより苛烈に。

 頬を打たれ、灰色の毛皮は黒く焦げて煙を吐く。


「まだか」


 相当くらりと来ている様子だけど、まだ倒れない。

 むしろ、正気を失ったようにゆらりと揺れ、全身の筋肉が痙攣している。


「イナ!」

「わかってる!」


 もはや正しい走り方すらも忘れ、歪に体を動かしてこちらへと迫る。

 それはまるで下手くそな人形劇のようだった。


「きっと解放してやるから」


 両手に紫電を集め、今まで以上に出力を上げる。


「ちょっとだけ我慢してくれ」


 伸ばされた爪も、剥き出しの牙も、紙一重で躱して懐へ。

 その胴体に渾身の雷撃を撃ち込み、迸る紫電がロックサーフェスの内部を駆け巡る。

 絶叫は雷鳴に掻き消され、稲妻は晴天へと抜けていく。

 全身から煙を吐いたロックサーフェスは、ようやく意識を失い倒れ伏す。


「ふぅ……もっとスマートにやるつもりだったんだけど」


 まだこの魔法に振り回されている感じがするな。

 お陰で無駄に二回も雷を打ち込んでしまった。

 申し訳ないな。


「イナくん! かなり激しく戦ってたみたいだけど、大丈夫? 怪我とかしてない? 消毒液と包帯持ってきてるから遠慮なく言ってね?」

「いつでも準備万端だな、ニイハ。ありがと、大丈夫。無傷だよ」

「よかった。私もうずっとハラハラしちゃって心臓に悪かったよ」

「そんなに危なっかしかったか?」

「ううん、そうじゃなくて。あんまり魔法の出力を上げちゃうと後で気を失っちゃうかもって」

「気を?」

「あっ、えっと――」

「ニイハ! イナ! 見てください! 見てください!」


 なにをはしゃいでいるのかと思っていると、駆け寄ってくるミラの手に異物を見る。

 木の根のような無数の触手をばたばたとうねらせる花の形をした魔物。

 フラワー。


「うわっ、きもい!」

「やだ、ミラちゃん!」


 見た瞬間に鳥肌が立ち、ニイハは俺の背中に隠れてしまう。


「まったく、酷い言いぐさです。貴重な生きた個体なんですよ、このフラワーは」

「それはわかるけど、よく素手で持てるな」

「これくらいへっちゃらです! それにイナの魔法で麻痺しているみたいですから、暴れているだけで実に安全ですよ。こめかみからするりと抜けちゃいました」

「あ、そう。それはよかったけど……そろそろ仕舞ってくれるか? ニイハが」

「おっと、本当にダメそうですね」


 雑嚢鞄から瓶が取り出され、フラワーは大人しく収納された。

 これでお仕事完了。

 死なせてしまった個体の代わりを捕獲できた。


「でも、これは大発見ですよ! フラワーは電気に弱いです! 麻痺すると簡単に宿主から取り除くことができます! お手柄ですよ、イナ!」

「お手柄か、新鮮な響きだな」


 役に立てたのなら嬉しい。

 ずっと夢見てきた言葉だ、それが叶った。


「さぁ! さぁ! 早くギルドへ帰りましょう! バイクはどこですか? あっち? こっち?」

「ミラちゃん。あんまり走り回るとまた転んじゃうよ。今、呼んだからちょっと待っててね」

「ナイスです!」

「バイクがくるまでちょっと休憩しよっか。非常食が沢山あるから、イナくんもどうぞ」

「ありがと、いただくよ」

「ミラは甘いの! 甘いのがいいです!」


 しばらく非常食に舌鼓を打っていると、気を失っていたロックサーフェスが意識を取り戻す。フラワーに寄生されていた間の記憶があるのかないのか、ロックサーフェスは周囲を見渡すと一目散に森へと帰っていった。

 その背中を見送ると、遠くからバイクのエンジン音が響く。


「帰ろう」


 バイクに跨がり、俺たちはシルフギルドへと帰還する。

 このギルドに入って何もかもが変わり始めた。

 それも良い方向に。

 この流れを大切にしながら、明日も仕事を頑張ろう。

 今はとにかく毎日が楽しい。

 あの日、アルカルドさんの誘いを受けて本当によかった。

 ようやく本当の魔法使いになれた気がするんだ。

 もうあの頃の惨めな自分はいない。

 新しい自分になって日々を暮らしていく。

 これが俺だ。

ありがとうございました。

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