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1 静電気


「おい、聞いたか? イナの奴、ついに辞めさせられるんだってよ」


 ふと聞こえた声に、手が止まる。


「イナって誰?」

「お前、マジかよ。静電気野郎だよ、静電気野郎」

「あぁー、あいつか。まぁ、むしろよく持ったもんだろ。あんなちんけな魔法しか使えないのにさ」


 遠のいた声が聞こえなくなると、再び手を動かす。

 黒ずんだデッキブラシでトイレの床を磨き、便器の汚れを雑巾で取り除く。

 これがこのサラマンダーギルドに入って魔法使いとなった俺の日常。

 幼い頃に思い描いていた理想とはほど遠い現実。

 なにをやっても上手くいかない。

 なにを頑張っても成果が出ない。

 周囲と比べて劣等感で爛れていく、ただただ焦りだけが募っていく。

 このままではダメだとわかっていても、そんな自分を変えられない。

 それが腹立たしくて、情けなくて、堪えても堪えても涙が止まらなかった。


「くそッ」


 雑巾を握り締め、噎せ返るような芳香剤の臭いの中、掃除を終わらせる。

 うんざりするほど掃除したこのトイレとも今日でお別れだ。


「おや、掃除中かな」

「あ、いえ。もう終わりましたから」


 涙を拭い、掃除道具の一式を持って足早に彼の隣りを通り過ぎる。


「ねぇ、キミ」

「はい?」


 呼び止められて振り返ると、サングラス越しの瞳と目が合う。


「いいね、ピンと来た」

「ピ、ピンと?」

「キミ、うちのギルドに来ない?」


 それは傷心に付け入られたかのような、予想だにしない、そしてそして願ってもない申し出だった。


「え、いや、あの、あなたはいったい?」

「あぁ、名乗り忘れていたね。僕はウルリア・アルカルド。シルフギルドでギルドマスターをしている者だ。よろしくね」

「ギルド、マスター……」


 この国に七つあるギルドの一つ。

 その頂点に立つ人が、こんなところで、こんな俺を?


「うちに来てくれるなら最後まで面倒を見るよ。どうかな?」

「その……シルフギルドの世話になれるなら願ってもないことです。俺、今日でこのサラマンダーギルドを辞めるので」

「そうなのかい? それはそれは、この出会いが運命的なものになってしまったね。いや、よかった。ここのギルドマスターと交渉せずに済む」

「で、でもですね」

「でも?」

「……初対面の人にこう言うのもなんなんですけど。俺は魔法が不得手なんです、とんでもなく。だから辞めさせられるし、今までだって雑用がメインで実戦に出ても成果はほとんど……」

「なんだ、そんなことか」

「そんなことって」

「大丈夫さ、心配入らないよ。僕は人を見る目だけはあるつもりなんだ。言ったろ? キミを見た瞬間、ピンと来たって」


 ギルドマスターのウルリアさんは手を伸ばす。


「キミの才能を僕のギルドで伸ばしてくれ。こんな見る目のない連中のことなんて忘れちまおう」


 信じていいのか? この人の言葉を。

 自分に才能なんてあるはずがない。

 人より劣っているのはこれまでに十分思い知ってきた。

 けれど、それでも。

 馬鹿にされながらギルドに所属し続けたのは幼心に抱いた夢のせい。

 心に焼き付いた強烈な憧憬。

 魔法使いになって人を助けられるようになりたいという願い。

 まだそれを捨てなくていいのなら、諦めなくていいのなら、例え騙されていても構わない。


「よろしく、お願いします」

「ようこそ、シルフギルドへ」


 アルカルドさんの手を取り、俺はまだもう少し夢を追い掛けることにした。


「よし。そうと決まれば諸々の手続きをしよう。どうせ今から帰るところだったし、これから一緒にシルフギルドに行ってくれるかい?」

「えぇ、それはいいんですけど」

「ですけど?」

「いいんですか? トイレ、しなくて」

「あ」


 どうやら忘れていたようでそそくさとトイレの中へ。


「大丈夫。ちゃんと一歩前に出て綺麗に使うし、手も洗うよ」

「よろしくお願いします」


 この人を信じて本当によかったのか?

 そう思わずにはいられない時間が過ぎていった。

 そうしてサラマンダーギルドを辞め、正式にシルフギルドに厄介になることになった初日。

 大きな不安と小さな希望を胸に、意を決して門扉を叩く。


「あ! キミがイナくんでしょ!」


 エントランスに入るなり一人の少女と目が合い、夜空のように黒い髪が靡く。


「はじめまして、私はニイハ!」


 笑顔は光のように眩しく、声は朝焼けのように可憐。

 彼女の第一印象は、太陽のよう、だった。


「今日からイナくんのお世話掛かりになるの! よろしくね」


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