●第一話 暗雲と雷鳴
その日、学校に行くと校門で生徒数人がビラを配っていた。
「よろしくお願いしまーす」
「生徒会からのお報せです」
生徒会か。そういえば六月くらいに生徒会選挙があるんだったか。生徒会と僕は無縁なので、彼らが普段はどんな活動をしているのかもよく知らない。
しかし、この小雨の中、わざわざ傘を差しての活動だ。いくら気をつけていたって制服は濡れてしまうだろうし、ちょっと頭が下がる思いだ。
もらったビラには、選挙に立候補した二年生達の名前と顔写真があり、それぞれの生徒会長への抱負が書いてあった。
だけど、生徒会と言ってもそんなに大きく何かを変えることなんてできないはずだ。わりとどうでもいいので、僕はそれをろくに読まずにくしゃくしゃにするとポケットに押し込んだ。
昼休憩になると、僕は東校舎の聖地へと軽い足取りで向かう。
そこにはいつものように、いつもの笑顔で、葵がいてくれる。
「お待たせ」
「いえ、私もついさっき来たばかりなので。さ、お弁当をどうぞ。今日は私の自信作の! チーズ煮込みハンバーグです」
「ほぅ」
葵が自信たっぷりに言うのは珍しい。どんなものなのか、これは食べてみるしかないだろう。
期待に胸を膨らませながら僕が二段重ねの蓋を開けると、そこにはなんとハート型のハンバーグが中央に鎮座しているではないか。
「こっ、これは……!」
「や、やりすぎちゃった……かな?」
「いやいやいやいやいや」
ウワサでは聞いていたし、アニメでは見たこともあるけれど、これは俗に言う”愛妻弁当”ではないのか。もちろん、葵もそれを承知の上でこれを作ったのだ。
その動かしがたい事実に、僕の顔面はボンッと音を立てるかのごとく、一気に表面温度が上昇してしまった。
「ど、どうでしょうか……」
同じく顔を赤くした葵が上目遣いに不安そうな顔でこちらを見ている。
「ありがとう。一度、こういうのを食べてみたかったんだ」
僕は照れくささを堪えて本心をありのままに言う。
「良かった……。そのぅ、まだ結婚もしていないのに、こういうのって図々しいかなって思ったんですけど、どうしても一度、練習と言ったら失礼ですけど、作ってみたくなっちゃって」
「いいよいいよ、いくらでも練習して」
それで僕が葵の作ってくれる愛妻弁当を味わえるのなら、もう細かいことはすべて気にならない。すべてを僕は受け入れるだろう。いや、それどころか、こちらからおねだりしてお願いしたいくらいだ。
ハンバーグの表面には同じハート型のスライスチーズが載せられており、さらに赤いケチャップをチーズ薄く塗ってある。
「いたきます!」
僕はその愛情たっぷりの芸術的なハートに箸を入れ、少々はしたないが、がぶりと男らしく食いつく。途端に、甘酸っぱいケチャップの味と、柔らかな肉と芳醇なチーズの味が口いっぱいに広がった。
「うまい!」
「ふふ、良かった」
葵が幸せそうに微笑むのを見ながら、彼女の作ってくれたものを食べられる。なんて、僕はなんて幸せなのだろう。
僕と葵はひとときの幸せすぎる昼食を心ゆくまで味わった。
「そういえば、悠真くん、今朝、生徒会が配っていた生徒会選挙のビラ、内容を見ましたか?」
お茶を飲みながら二人で食後の余韻をゆったり楽しんでいると、葵がそんな話題を持ち出してきた。
「ああいや、読まずに捨てたから」
「そうですか。実は……私この新見果穗さんという人の選挙公約が気になっていて」
「んん?」
葵が綺麗に折りたたんでいたビラを机の上に広げてみせた。こういうところで、なんだか性格の違いがわかってしまうので、僕も次から綺麗にビラは折りたたんで取っておこうかな。でも、要らないものは取っておいても邪魔になるだけだから。
新見果穗の公約を読んでみたが、何やら意気込みが他の候補とは違う。というか、これ、本当に高校生の生徒会選挙用の自己紹介なんだろうか?
『私は、生徒全員に学校生活の革命的向上をお約束します! ここで言う革命的とは、なぁなぁでお茶を濁すような旧世代のやり方ではありません! 当然、激しい反発と血で血を洗うような怨嗟を浴びることも覚悟の上です!』
怨嗟って。ネタなのか本気なのか、本気だったらちょっと怖い。
さらに辛辣な檄文を読み進めていくと、葵が気になっているであろう部分がいくつか出てきた。
『一つ! 学業の革命的飛躍を目指して、チャラい学内恋愛は一切禁止とします! 自宅であろうと禁止します! 我々の本文は勉強こそにあり! 恋愛は大学や社会に出てからで結構!』
なんだか恋愛そのものを敵視している様子で、ついちょっと前まで彼女がいなかった僕には、ほんのわずかな痛々しさと懐かしい共感がうずいてしまう。
だが、それだけではなかった。
『一つ! いい加減な部活動は即刻廃部。その浮いた予算で、運動部は全国出場のためのトレーニング器具購入、文化部も活動費の大幅な増額を断行します!』
「これって……」
部費の一点集中。
言っていることは理解できるし、要らない部を削って必要な所へ予算配分するというのは理屈としては正しい。だが、しかし。
「ええ。今現在、私一人しか活動していないこの文芸部は、おそらく、廃部のやり玉にあげられてしまうと思います」
「なんてことだ……」
窓の外で大きな雷鳴が響き渡り、文芸部の部室に招いてもいなかった沈黙が侵入していた。




