●第一話 ディスティニーランド
「つ、ついに、来ちゃったね」
「う、うん、来ちゃった……」
僕と葵は、白いシーツがかけられたベッドを前にして、浮ついた気持ちで囁き合う。
今、僕らはホテルの一室にいる。今日はここにお泊まりの予定だ。
どうだ予想できなかっただろう? うん、僕も予想できなかった。ま、親と一緒の家族全員で来てるんだけどな!
「おーい、荷物を置いたら、さっさと遊びに行くぞ。って、お前ら何してるんだ?」
真夜がやってきて変な顔をする。
せっかく二人きりで気分を出そうとしていたのに、さっそく邪魔者が入ったか。
ま、仕方ないな。それでも僕と葵にとってはゴールデンウイークの一大イベントだ。二人のデート。表向きは家族旅行だけれど、親や妹達の目を上手くかいくぐって二人きりになり、二人だけの時間をたっぷりと満喫する計画である。
「荷物の点検です。家族として。忘れ物があったら困るし」
葵がさらりとごまかした。さすがだ。
「なんだよ、別に委員長じゃないんだから、そんなの忘れてきたってどうだっていいだろ。写真なら真理亜さんがデジカメを持ってきてたし、スマホは電池切れになったって使わなきゃいいだろ。着替えのパンツも二日三日穿いたまんまでも死にゃしねーよ」
真夜が言うことも確かにその通りなのだが。
「ええっ! パ……!」
葵がまつげの長い目を大きく見開くと、僕のほうをちらっと見てアワアワしている。彼女がこんなに慌てたところは初めて見た。
「あー別にいいだろ、幼なじみなんだし」
そう言いつつ真夜もちょっとはマズいと思った様子で、ばつが悪そうに目をそらした。
「よ、良くないです。幼なじみでも大葉さんはもう高校生なんですから、そんな男子の前で」
「チッ、うっせーな。とにかくディスティニーランドで遊ぶ時間が無くなるから早く行こーぜ。アタシは先に行ってるからな!」
真夜のヤツ、遊ぶのに頭がいっぱいのようだけど、今のはなんか態度悪いな。
「なんかごめんね、葵さん。真夜のヤツ、ちょっとデリカシーに欠けるって言うか、そういうところ子供っぽいというか」
「いえ、ちょっとびっくりしただけで、気にしてはないですから」
「うん、じゃあ、僕らも行こう」
「はい」
鍵がかかっているのを確認して、二人でエレベーターに乗り込んだ。階数の表示ランプが変わっていくのを二人でじっと見つめる。
「今日、楽しみだね」
「はい、私も」
昨日少しだけはネットで下調べしたが、とにかくこのディスティニーランドは広大なテーマパークだ。一日や二日ではとても回りきれない規模らしい。そこは父さん達が遊ぶアトラクションを厳選してくれているはずだが、大型連休で人も多いだろうし、並ぶ時間がちょっと心配だ。
「よし、全員そろったな。入口でもらったパンフレットは地図になってるから、なくすんじゃないぞ。はぐれたときは携帯で父さんか母さんに連絡だ。ま、その辺は子供じゃないからわかるよな」
「おう!」「まあね」「はい」
僕らも高校生だからはぐれたとしても対応できるはずだ。
「じゃ、まずはウエスタンエリアに行きましょう。今日は定番コースで攻めていくわよ。出発! おー!」
真理亜さんが元気よく片手を上げ、今日はテンションが高そうだ。
「定番か。そういえば、真夜はここに来たことあったよな?」
前に自慢しながらお土産のクッキーをくれたことがあった。僕が聞くと、真夜がうなずく。
「ああ、アタシはここ二回目だぜ。定番は知らねーけど。真理亜さんが学生の頃、よく来てたってさっき話してたから大丈夫だろ」
「ええ、お母さんは、昔何度も通ってて専用のアルバムまで持ってるんです。でも二十年くらい経っていたら、もうその頃とはかなり変わっちゃってるんじゃないでしょうか」
「ちなみに開園日は六十六年前だぜ。それも真理亜さんが言ってた」
真夜はもう真理亜さんと親しくなっている感じだが、それにしてもここって結構歴史があるな。真理亜さんの学生時代ってどれくらい前――
「そこっ! ディスティニーランドで年なんて数えちゃダメよ! お母さんが来たのはほんの数年前だし、ここはおとぎの国で永遠の存在なんだから、いいわねー?」
「う、うん」「は、はい」「お、おう」
顔は笑っていたけど、真理亜さんの性格をよく知らないから今のはちょっと怖かったな。ガチ勢の人だったらどうしよう? ディスティニーランドのことをディスらないほうが良さそうだ。
でも、おとぎの国か。
テーマパークの中はパステルカラーの建物が何軒も並んでいて、本当に別の国に来たような感じだ。ファンシーな風景は、ちょっとだけ気恥ずかしいが、眺めていても飽きないし、なんだか心が弾んでくる。
「じゃ、あれに乗るわよ。このテーマパークをぐるっと一周できるから」
真理亜さんが指さした先に、煙を吐きながら機関車がやってくるのが見えた。目や鼻までついてアニメからそのまま飛び出てきたような形のデフォルメがなされている。
その後ろに連結されたトロッコ風の列車にみんなで乗り込む。席は二列ずつ並んでいて、先頭は真夜、その後ろに父さんと母さんが座ったので、ちょうど僕と葵は隣同士になることができた。その小さな幸運にお互い顔を見合わせてクスリと笑う。
汽笛が鳴り、機関車がモクモクと煙を上げた。連なる車両がゆっくりと前に動き始め、出発進行だ。
「うめぇー」
いつの間にか、真夜が前の席で弁当を食べている。
「おい、真夜、こんな所で食べたらダメだろ」
僕は注意した。
「ああん?」
「ああ、大丈夫よ。ここは食べてOKな列車だから」
「それならいいですけど」
「ったく、悠真は細けえことを気にしすぎだっての、うめぇー」
食ってダメってことはないが、せっかくの景色を見なくていいのか、真夜。
「ほら、見て、あれが魔王城よ」
黒色をベースにした中世ヨーロッパ風の巨大な城が湖の向こうから現れ、ここの本気度を窺わせる。やべえ、ちょっとオラ、城に入ってみたくなってきたぞ!
「なんだアレ! スゲえな」
真夜も驚くが、前回来たときには見逃していた建物のようだ。
「向こうは海賊船ね」
ゴツゴツした作り物の岩山の向こうには、ドクロマークが描かれた大きな帆船が停泊していた。列車はそのままレンガの架け橋を渡り始めたが、下に広がる湖が線路の下に見えており、結構怖い。
「お、落ちないかな」
葵も怖かったようでそんなことを気にし始める。
「大丈夫。こういうテーマパークなら、安全性はしっかりしてるはずだから」
僕も不安だが、彼女を安心させるために表向きそう言っておく。手抜き工事とか、メンテナンスをサボってなきゃいいけど。
頼むぞ、ディスティニー。
「なあ、知ってるか、悠真、このディスティニーランドには蚊が一匹もいねーんだぜ」
「その話、聞いたことがあるな」
たぶん、パーク全体が自然に見せかけた人工物で造りあげられた場所だから、他の虫もエサが少なくて寄りつかないのだろう。蚊は水道水では成虫になれないのだろうし……いや、どうだろう? 殺虫剤を使っているのかな?
「ああ、ここの水はポンプで濾過循環させているから、蚊が出ないそうよ」
真理亜さんが説明してくれたが、なるほどフィルターで水を綺麗に管理していたら蚊も湧かないか。
「じゃ、次の駅で降りるわよ。今日は一馬さんと悠真くんの男性陣がいるから、男性に人気のアトラクションにまずは行ってみましょ」
「おお、それはありがたいが、真理亜さん、女性陣のほうが数が多いんだし、こっちはそんなに気遣ってくれなくても大丈夫だぞ。なあ、悠真」
「うん」
「ダメダメ、男女平等でしょ」
なるほど、そういう男女平等なら大歓迎だな。
僕らは仲良く列車から降りて、白いドームのような建物に入ってみる。
「こちらのアトラクションへの参加は十二歳以上となっております」
着ぐるみの係員が言うが、ま、うちは全員十二歳以上だからな。大丈夫だ。
係員に案内されるままに進むと、開けた場所に出た。縦横無尽に蛇行したアスファルトの道の脇で、着ぐるみが大きなフラッグを振っている。
その前を左から右へ、一人乗りの小さな車が横切って走り抜けていく。
「ああ、なるほど、レースか」
客がカートに乗り込んで、コースを走るというアトラクションらしい。
「おしっ、いい感じで空いてるじゃねーか。アタシはこれ大好きなんだよな! 悠真、勝負だ!」
ビシッと僕を指さしてから赤いカートに乗り込む真夜。僕もこういうのは小学校に一度乗ったきりなので久しぶりにどんなものかとワクワクしながら乗り込んでみる。




