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雰囲気アプリ。

人の印象や雰囲気を操作するアプリが開発された。その時代にはすでにドローンが携帯電話の代わりと

して普及していて、人間がもう一つの世界、仮想現実や拡張現実にのめりこむのをサポートしていた。仮想現実や拡張現実は人間の生活のすぐ隣に存在していて、ドローンを覗けばその世界に入ることもできるし、端末をつけておけばホログラムが拡張現実がすぐに現実のサポートをするなど(道案内など)便利な世界になっていた。それにこの“雰囲気(アトモスフィア)アプリ”をインストールすると、拡張現実や仮想現実を用いて人々の印象をサポートする。暗い印象の影がある人は、明るいライティングが施され、人の表情が怖かったり、緊張していたりすると、ほがらかな表情に訂正するホログラムが起動する。そのアプリはアッという前に社会の一部になっていった。というのもすでにアンドロイドたちが労働の現場に大勢存在していて、制限付きながらも人間と同様に仕事をしているために人間たちは、いつ彼らに自分の立場が追われるかと不安でいたから、人間同士さえお互いを信用することができなかったために、そうした、ある種の機械化のようなものは簡単に自分たちの生活に取り入れていくのだった。


そのアプリは一人の天才に開発された。開発の経緯はこうだった。ある重い病気の女性がいて、その人には夫がいた。それが開発者であり、天才その人である。彼は自分の容姿に以前から不満があった。おまけに今住んでいる家も古くから受け継いできたもので、家や部屋の印象や自分の印象をよくして少しでもストレスを減らそうと機械を開発しようとしていた。そこでVRやARを使い人間の不完全な部分をサポートしたり、部屋の景観の悪い部分を少しでもよくみせることで少しでも気持ちがリラックスできるようにと考えたのだった。彼は普段はビジネスマンで本業があったのだがその傍らに一人でアプリを開発した。そんな彼の事をもっとも彼を突き動かしたのは、彼自身がもともと、不安を多く抱える方であり、余裕をもって物事を考えたり、準備したりする性質があったのと、病気の妻の性質にあった。妻は結婚する前から我慢づよく自分のすべてを受け入れていたが、彼女は潔癖症だったのである。本当は色々な、部屋の汚れや小さなシミや朽ちたヒビなど隅から隅まで気になっていたのだが、夫が受け継いだ家に愛着があったために、そこにずっと一緒に住んでいてくれたし、日常生活で夫婦の間に違いがあったとしても全部自分のほうが我慢していた。そのせいで長らく苦痛を感じていたのではないかと彼は考えたのだった。


一方巷ではその装置が色々な扱われ方をした。人生の一大イベントで使う人や、普段から自分の立場や評価を少しでもよくしようとするひと、恋人の前でだけや異性の前だけで使うもの、様々な使い方が。だがそこで困ったのは、これが悪いことに使われる場合だった。この時代では、犯罪者を検出するために、警察組織、警官型アンドロイドには人間の顔色や表情によって危険な人物を検出する装置も利用されていて、この装置は、かなり犯罪率を押し下げており、雰囲気(アトモスフィア)アプリは警察の厄介な問題になったので、警察は大々的にこのアプリの使用を控えるようにと宣伝をした。おかげで、やがてこのアプリが使われる状況はごく近親者の間だけになった。公共の場で使われる事はほとんどなくなっていったのだった。


 そうするうちにも、開発者の妻の重い病気は悪化し、ついには医者にあと数週間の命と宣告されたとき、妻は夫にある言葉をのこした。

 『あなたはいつも私によりそい、私の生活をよくしようとしてくれたわ、けれど私は、潔癖ではあるけど、世界が清潔であることより、あなたが、私のために何かをしてくれたり、純粋に私の事を考えてくれて一生懸命であったことのほうが、幸福だったのよ』

 そうして数週間後、妻はいきをひきとった。最後の最後にある言葉

 『あなたの純粋さが好きよ』

 という言葉を残して。


 やがてこのアプリは更新されることなく、アプリの提供サイトには“このアプリは意図しない形で印象に対する努力を欠落させた”という開発者の言葉だけが残された。やがて更新されなくなったために、ドローンやOSの更新についていかず、アプリはそのうちすたれていった、それ以降人間は自分の印象を機械的にかさましすることをしなくなった。


 似たようなアプリもなくはなかったが、その利用や機能は極めて制限されたものになり、アプリの名前にはこの話にちなんで“妻の名前”が付けられるようになっていったという。


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