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5話

話の区切り的に、ちょっと短めです。

「初めて訪れたが、この屋敷の景色は圧巻だな」


 その日の昼過ぎ、エレーヌの兄である王太子エリクがルサージュ辺境伯領へ到着した。旅の疲れも見せずに颯爽とした姿を見せたエリクは、上機嫌で応接室の大きな出窓から見える景色を絶賛した。


「たいして知りもしない地に、よく妹を嫁がせたものだ」

「この地はよく知らないが、お前のことはよく知っている」


 鷹揚にソファの真ん中に腰掛けたエリクは、室内の装飾を興味深く眺めた後、リュシアンをまっすぐに見据えた。

 向かいのソファに座ったリュシアンは左ひざに右足首を載せ、背もたれに頬杖をついている。とても王族を敬う姿勢ではない態度に、エリクが声を上げて笑う。


「学院の寮でせっかくルームメイトとなったのに、王太子に媚びるどころか、部活に明け暮れ全く私に興味を示さないお前のことは、しっかりと覚えているよ」


 王太子アピールされ、渋々リュシアンが膝に載せていた足を下ろす。


「エレーヌが元気そうで良かった。と言うか、別人のように明るくなっていて驚いた」

「さあな。俺が初めて会った時には、もうああだったぞ」

「ふむ、やはり辺境の地が肌に合うのか」

「やはりとは?」


 首を傾げるリュシアンに、エリクが身を乗り出して小声で囁く。


「王城は王族の身の回りのことは全てお膳立てしている。そういったことに言われるがままに大人しく従うエレーヌを口さがなく批判するものがいた。エレーヌは従順なだけじゃない。きちんと意思を持った人間だ。政略結婚に失敗し、人知れずエレーヌは責任を感じていた。少しでも王城から遠ざけたかったんだ」


 妹の心配をする兄の顔を見せたエリクに、リュシアンが目を見開いて驚いた。その表情に、エリクがムッとする。


「お前は王位にしか興味がないのかと思っていた」


 リュシアンの忌憚のない感想に、はは、と乾いた笑いを発した後、エリクはきゅっと眉を寄せた。


「王位には大いに興味がある」

「おまっ……、そんな顔でダジャレとか、嘘だろ」

「いやっ、違う! そんなつもりはなかったんだ! 誤解だ、信じてくれ」

「まあ……いいだろう」

「コホン、……私とお前だけの非公式な話だが、陛下……わが父は、日和見で気弱な王だ。このままではこの国はいつか潰れるだろう。保守派の貴族に言われるがままにエレーヌと隣国の王太子の婚約を決めた。その結果がこのザマだ。我が国はコケにされ、エレーヌが傷つけられた」


 想像していたよりも重い話になり、リュシアンは少しだけ姿勢を正した。それを視界の端に定め、エリクは話を続ける。


「このままではまたエレーヌに安易な政略結婚の話が舞い込んでくるだろう。その前に、私が信頼できる人物にエレーヌを預けたかった。そこにちょうどお前から反乱者を捕らえたという報告があった。これこそ縁というものに違いない、と私がお前たちの婚姻を勝手に決めたんだ」

「買いかぶりすぎじゃないか?」

「お前は粗雑だが善良で大きな力を持っている。金もある。兄としては、妹が例え遠くとも国内にいてくれた方がいい。強引にエレーヌを押し付けたことを、申し訳なく思っている」


 座ったまま頭を下げたエリクに、リュシアンは大きなため息をついてぐいと彼の肩を押した。


「やめてくれ。それについては、俺の方は感謝こそすれ、迷惑だなんてみじんも思ってもいない」


 リュシアンの言葉に目を丸くしたエリクが、二ッと笑う。


「おっ、と言うことは」

「エレーヌは遠慮なくもらう。後で返せと言われても返さない」

「そうかー、嬉しいが、何か兄としては複雑な気分~。そっかぁー。義兄上(あにうえ)って呼んでくれてもいいんだぞ」

「ふざけんな」


 テーブルを蹴り上げんばかりに大きく足を組んだリュシアンが、背もたれに背中を押しつけふんぞり返る。声を上げて笑ったエリクもまた背もたれに体を預け、天井を見上げた。


「……早いところ王位継承しなければならないと思っている。陛下もそのつもりだ。貴族たちの派閥整理もずいぶんと進んだ。必ず、良い国にするつもりだ。いや、してみせる。だから、アスカム王国に鞍替えするなどと言わないでくれ」

「ぐっ」


 リュシアンはのけぞったまま、少しむせた。ヴィクトルのやつめ、余計な事を。


「公国との交渉人だったな。すでに手配した。近々ここにやって来るはずだ」


 エリクの真剣な表情に、リュシアンは黙って頷いた。こいつがそう言うのなら、本当にすぐ来るだろう。ヴィクトルに指示しておかねば。


「……あんなに生き生きとしたエレーヌが見られるとは思わなかった。妹を頼む。明日の式が楽しみだ」


 エリクがそう言った瞬間、空気を震わす割れ鐘のような音が鳴り響いた。リュシアンとエリクが同時に飛び上がる。


「な、何だ! この音は! 地響きか!?」

「あ、いや、これは……」


 そういえばエレーヌは、兄を歓迎する歌を作るとか言っていたな。

 言葉を濁すリュシアンに、エリクが眉を吊り上げる。


「野生の獣か!? ここがそんな危険な地だったとは! エレーヌは無事か!?」


 あわてて部屋を飛び出そうとするエリクの腕を、リュシアンが掴む。そして、顎に手を置いてしばしの間考える。


「おい、何をする! リュシアン! エレーヌは大丈夫なのか?」

「……お前なら止められるかもしれない」

「は?」

「いや、お前だからこそ止められるに違いない」

「何を言っている」

「あなたにお任せします、義兄上(あにうえ)

「や、やめろ。何をさせるつもりだ」

義兄上(あにうえ)ならできる! 行きましょう」

「嫌だ! 何か嫌な予感がする! うぎゃぁぁぁーー」


 力で敵うはずもないエリクは、リュシアンに抱えられるようにしてエレーヌの部屋に連行された。


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