7.ああ、新婚の夜は更けゆく。
「なんだ、この夥しい芍薬の花は」
王妃の謁見から戻った紫龍は、
部屋中に芍薬の花がみっちりと運び込まれている様を見て、呆気にとられた。
「クラウド様からの贈り物でございます」
侍女たちがにこやかに微笑むと、紫龍は苛っとした表情で言い放った。
「全部まとめてつっかえせ、迷惑だ。
だいたい芍薬は薬の原料になったり、民にとっても貴重な品物だ。
王族の勝手でこんなにも買い占めたら皆が困るではないか!」
紫龍の一蹴により、クラウドのもとに夥しい芍薬の花々がつっかえされた。
「ちぇっ、なんでぃ。芍薬が好きだって聞いたから贈ったのによ」
クラウドは不貞腐れながらも、紫龍のもとに渡った。
それでも紫龍の部屋のテーブルには、
青磁の壺に、紅白の芍薬が見事に生けられてあった。
その見事に咲いた芍薬を肴に、部屋の主が酒を一献煽っていた。
風呂上りに纏った白絣の浴衣が、
酒気を帯びて、ほんのりと上気した紫龍の肌を一層艶めかしく見せている。
「おいっ」
部屋に通されたクラウドが、不機嫌に紫龍を一瞥した。
「なに?」
紫龍はクラウドの不機嫌の意味が分からず、当惑する。
「なに、じゃねえ! なんだ、そのエロコスチュームはと聞いている」
紫龍は口に含んだ日本酒を一瞬噴き出しそうになった。
「エロ……って、何言ってんの?
お前頭湧いてんのか? これはアストレアの民族衣装で……」
「自覚しろ、ばかっ! 見えるんだよ。
項とか、二の腕とかが、ちらっ、ちらっとぉ」
クラウドが泣き出さんばかりの勢いで、
顔を真っ赤にして食って掛かった。
「お前はただでさえ、エロいんだ、
痴女、いや痴男……、なんだから、そこんとこちゃんと自覚して……」
クラウドの感極まった声が掠れて震えていた。
「俺以外の奴の前では、そういうの、絶対に見せるな!」
クラウドの言っていることはめちゃくちゃで、
紫龍にはさっぱり意味がわからなかったが、それでもクラウドの必死さだけは伝わった。
「この出で立ちが気に入らないのなら、すぐに着替えてくるが?」
そう提案した紫龍に、
「今は……いいよ。俺と二人きりだし……」
クラウドは口ごもった。
しかしそんなクラウドに、紫龍はなんとなく微笑を誘われた。
なにせクラウドの顔を見るのは一週間ぶりなのだ。
あのときは、不可解なことをされて腹も立ったが、
それでもクラウドの顔を見るのは嬉しかった。
(あっ、なんか笑ってる?
基本こいつはあんまり表情ないけど、
それでも笑ってくれるとすげぇ嬉しい、かも)
クラウドは紫龍の微笑に、思わず赤面した。
「一応……礼をいっておく。
花をたくさん贈ってくれて、ありがとな。
なんか色々悩んでて、すごく慰められたから」
そう言った紫龍のまわりには穏やかで、優しい空気が流れていた。
クラウドの胸がトクントクンと高鳴ってゆく。
「あのっ! じゃあ、もっと運ばせようか?
俺の庭には、まだいっぱい色んな花が咲いているし、お前に突っ返された芍薬も大量に……」
上滑りのクラウドに、紫龍は小さく首を横に振った。
「花はもういい。それよりもお前が直接俺に会いに来い。そのほうが嬉しい」
紫龍の言葉にクラウドは絶句した。
(前略おふくろ様、俺を産んでくれてありがとう。
しかし俺はあなたに何一つ孝行をせぬまま、
この場で萌え死んでしまうかもしれません)
極度の酸欠に陥り、クラウドの脳裏を一瞬今までの人生が、走馬灯のように駆け抜けた。
「政略結婚で、かつ同性ではあるが、それでもやっぱり夫婦だ。
お前の顔を見ないと俺も寂しい」
そういった紫龍の言葉尻を捕えて、クラウドがまくし立てる。
「夫婦つったな、お前今夫婦つったよな。じゃあキスしてもいいわけ? その先は?」
今にも掴み掛らん勢いのままに、
クラウドが紫龍ににじり寄ると、紫龍は軽く引いた。
「待て、早まるな。それはまた、おいおい……」
「おいおい、だぁ? ちくしょう、
俺の東京スカイツリーのごとくにそそり立っちまった、この下半身をどうしてくれるんだぁぁぁ!」
クラウドの絶叫とともに、新婚の夜は更けゆくのであった。