6.芍薬の花
(やはり知られている)
紫龍は柳眉を顰めた。
「誤解をなさらないでね。
別にあなたを責めているわけでも、急かしているわけでもないの。
だけどあなたがいつかクラウドに心を開いてくれることを、私は母として心から願っているのです」
そういって王妃は穏やかな笑みを浮かべた。
「クラウドは確かにバカだけど、でもいい男よ」
そして王妃はいたずらっぽく片目を閉じた。
そんな王妃の言葉に紫龍は、知らず赤面してしまう。
「まあ、そのことはおいおい……。
ですが今日、王妃様に謁見を申し出ましたのは別件で、実はお願いがあるのです」
紫龍の言葉に王妃の顔が綻んだ。
「まあ、わたくしを頼ってくださるなど、なんと嬉しいこと。
なんなりと仰って」
「俺を近衛隊に入隊させてほしいのです」
「近衛隊に?」
王妃は目を瞬かせた。
「俺の特技といえば剣術くらいなのですが、
政略結婚という名目のもと、他国に入ってただなんとなく養われて、
このまま離宮で一生涯を終えるのは、ひどく悲しいと思ったのです。
それよりも特技を生かして自分らしく生きて、
せめて自分の食いぶちくらいは自分で稼ぎたいと思うのです」
紫龍は真っ直ぐに王妃を見つめた。
そんな紫龍に、王妃は少し思案する風だったが、微笑んで小さく頷いた。
「わかりました。あなたの好きになさい」
◇ ◇ ◇
「俺は、女の子が大~い好きなんらよ、
アリスちゃんも、レアちゃんも、もう、だーい好き」
部屋には空になった酒ビンがあちこちに転がり、空気がひどく澱んでいる。
部屋の真ん中に据えられたアンゴラ織のソファーの上で、
クラウドはだらしなく酔いつぶれていた。
日はもうずいぶんと高くなって、
執事アルバートンの指示により夜の花たちも、とっくに帰されたというのに。
「クラウド様……」
アルバートンが深い同情を込めた瞳で、クラウドを見つめた。
「なのにさ、なんか俺、最近変なわけよ。
毎晩毎晩、寝ようと思ったら嫁の面影が浮かぶわけ、
で……気が付いたら、なんか俺の右手がさ……。
これじゃあイカンと思って女の子とヤろうとしたんだけどさ……うっうう……勃たないの」
クラウドは掌で顔を覆ってさめざめと咽び泣いた。
アルバートンのしわがれた眦にも涙が光っていた。
「冥界の門を潜りなされ、クラウド様」
そういって二人は男泣きに泣いたのだった。
しかしクラウドはさんざん泣くと、なんだか頭がすっきりとしてきた。
この一週間というもの、クラウドは自身の心の迷いを打ち払うためと、
散々努力はしてきたが、結局その心にある紫龍への思慕は消えず、
会わないということにかえってその切なさを募らせた。
ならば。
(認めよう。俺は紫龍に惚れている)
諦めにも似た心境の中で、クラウドはがっくりと肩を落とした。
そしてその事実を受け止めると同時に、自身の中にもっさりと首を擡げる、『
会いたい、抱きたい、そしてヤりたい』という、強烈な恋の三大欲求と改めて対峙することになった。
(この欲求が果たされないとき、俺は多分死ぬだろう)
クラウドにそう思わしめるほどに、その欲求は強烈だった。
しかし新婚初夜に、すでに紫龍からは全力で拒否されている。
(一体どうすれば……)
クラウドは思案しながら、酒気を抜くために風呂に入った。
バスタブに身を沈めて瞼を閉じると、
部屋を片付けに来た侍女たちの声が聞こえてきた。
「ねえ、お聞きになった? 紫龍様のこと」
「ええ、花嫁の離宮にお入りになったという、大層お綺麗な方なのでしょう?」
「そうなのっ、そのお美しさに城中の女がみんな色めき立っているわ」
バスタブの中で、クラウドのこめかみにピクリと青筋が立った。
「でもお気の毒よね、いくら政略結婚とはいえ、
男に嫁がされた上に、夫のクラウド様は婚儀の翌日からハーレム通いでしょ?
一人寝の無聊をお慰めしたいって、離宮付きの女官たちがもう、うるさいったら」
(離宮付きの女官全員、越境の別邸に配置転換決定な!)
バスタブの中でクラウドは、女官の左遷についての決意を固めた。
「でね、その紫龍様がクラウド様から贈られた芍薬の花をこう、
ぎゅっと胸に抱きしめられたとか……それが大層お美しいご様子だったのですって」
「芍薬を集めよ」
侍女たちの話がまだ終わらないうちに、
クラウドがバスローブを身に纏い、ゆらりと侍女の後ろに佇んでいた。
「ひっ……クラウド様」
侍女の悲鳴が喉の奥で凍り付く。
「国中の芍薬をすべて買い占めて、紫龍の部屋を芍薬で満たせ」
「へ? そうは言われましても……」
いきなりのクラウドの無茶な申し出に、侍女は口ごもる。
「聞こえなかったか? 今すぐに芍薬買ってこいって言ってんだよ!」
「は……い、かしこまりましてございます」
鬼気迫るクラウドの形相に、侍女はぺたんとその場に腰を抜かした。