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24/24

24.忘れん坊にはkiss。

一発の銃声により、広間は凍り付いた。

打ち落とされたシャンデリアの硝子片が辺りに散乱し、硝煙の匂いが立ち込めている。


人々は言葉を失い、息を呑んだ。


「我がグランバニアに楯突く愚か者が」


クラウドは武装集団を一瞥し、冷めた微笑を浮かべた。


「わが命はくれてやる。が、他の者に手出しは許さぬ」


クラウドは立ち上がり、自ら玉座を降りた。

首謀者がクラウドに銃口を向けてゆっくりと歩み寄る。


首謀者は慇懃な笑みを浮かべ、

その武骨な指がクラウドの端正な顎にかけられると、クラウドの顔に笑みが浮かんだ。


不思議と死ぬことは恐くなかった。


王族として生きて死ぬことに抵抗はない。


(しかしなんか少し前にもこんな経験をしたような気がするなぁ)


クラウドの脳裏に映像が過る。


(母上、とっても強面のお兄さんたちが僕に向かってなんか銃口を向けてるよ?)


親に脅されて、そして結婚したんだっけ?

咽かえるような花の香りとともに、馬車から降り立った少年。

きつく自分を見据える一途な視線に居抜かれて、本当は目が離せなかった。


(そっか、あのときから俺は、強烈にあいつという存在に捉えられていたんだ)


そしてまた、意識に靄がかかる。


(あいつって、誰?)


その面影が霞んでまた見えなくなる。

渇く。

虚無な心が飢えて、渇いて死にそうになる。


(いっそこんな思いをするくらいなら)


クラウドのこめかみに銃口が押しあてられると、

その冷んやりとした感覚に、クラウドは目を閉じた。


刹那、クラウドに銃口を向ける男が、ぎゃっと悲鳴を上げた。


「薄汚ない手で、そいつに触るな」


漆黒の髪の少女が、

自身の洋扇子に仕込んであった短剣を投げつけたのである。


短剣は男の手首に突き刺さり、

床には鮮血がしたたっている。


少女は鞘から日本刀を抜き、構える。


「クラウド、お前も男なら、

 自分の身くらいてめえで守りやがれ」


少女の一声とともに、ケビンが密かに紛れこませていた、

近衛隊が一斉に、テロ組織の人員に攻撃をかけた。


日本刀を掲げる少女の深い闇色の髪と瞳が、

クラウドの抉られた記憶のそれと重なる。


クラウドはほとんど無意識に、

腕の中に少女を抱き寄せた。


「ちょっ、バカ、お前こんな所で」


その腕の中で、紫龍の腕が空回りしている。


「俺を救って」


哀願するようなクラウドの呟きとともに、降りてきたのはその唇で……。


「うん?」


そしてクラウドは我にかえる。


腕の中に美少女がひとり。


「いやっ、あの、ごめん。

 なんかどうも今のは不慮の事故っつうか。

 やっぱり俺には嫁がいて。紫龍っつうんだけど、

 男なんだけど、俺にはそいつしかいなくって……」


クラウドの言葉に、少女が目を見開くと、

その瞳から涙が溢れ出した。


「ごめん。本当にごめん」


 クラウドは本気で焦りながら少女に頭を下げるが、

少女は小さく頭を横に振った。


「お前、思い出したんだな。ちゃんと俺のこと」

「俺?」


良家の子女の一人称ではない。


クラウドが怪訝そうな顔をする。

「こんな格好してるけどな、俺が紫龍だ。

 お前の嫁の紫龍・アストレアだ」


少し頬を染めて美少女が告げた真実に、クラウドが絶叫する。


「ええ? なんですとぉぉぉ?!」


◇◇◇


ケビンの指揮のもと、テロ組織は捉えられ、黒幕のハマンも失脚となった。


マリアは情状酌量の余地はあるとしたものの、

国の転覆に加担した罪を償うために、5年間の幽閉を言い渡された。


判決が言い渡された法廷に寄越されたマリアを護送する為の馬車は、

罪人が乗るそれではなく、装飾こそ目立たぬように仕立てられているが、

貴族がお忍びで使う一級品のものであることが、一目領然だった。


内装に施された装飾を見て、マリアが怪訝そうな顔をする。


やがて王都から、小一時間ほど馬車に揺られて到着したのは初夏の緑の眩しい小高い丘だった。


「ここは……」


その景色にマリアは涙ぐむ。

そこは有し日に、ケビンとともに愛を育んだ思い出の場所だったのだ。


「ママっ!」


紅顔の少年が、野で摘んだ花で作ったブーケをもって、マリアに走り寄った。


「マルセル!」


マリアは目を見開き、きつく少年を抱きしめた。


「どうしてあなたがここに?」

「このお姉ちゃんが助けてくれたの」


そういって、マルセルはゆっくりとこちらに近づいてくる亜麻色の髪の少女を指差した。


「初めまして、私はエアリス・シャル・オリビエと申します。

 西の国、アストレアの大魔法使いを務めております」


そういってエアリスはマリアに会釈をした。


「西の国、アストレアといえば、紫龍様の?」


マリアははっと顔を上げて、エアリスを見た。


「はい、私は紫龍様の命により、

 ハマン大臣に捉えられておりました、御子息のマルセル様を結界より助け出し、

 僭越とは思いましたが、その御病気を世界樹の葉で治療いたしました」


「なんと……。世界樹の葉は、大変な希少で高価な代物。

 恥ずかしながら、私は我が息子を救う為に、ハマンの策略に加担し、罪に手を染めました。

 それは決して許されるものではありません。

 クラウド様や紫龍様に与えた苦痛はいかばかりのものでございましょうか。

 私はその罪を一生かかって償うつもりでおります」


マリアはそう言って、深く頭を垂れた。


「まあな、そりゃこの代償は高くつくぞ」


そういってマリアに近づいてきたのはなぜだか正装をしているクラウド王子と、軍服姿の紫龍だった。


軍服は着ているが、紫龍は女の子のままである。

長い黒髪を高く一つに結って、馬がけ用のブーツをはいている。


紫龍は手に持っていた、野花で作った花飾りをマリアの首に掛けた。


「これは?」


マリアがきょとんとした顔をする。


「えー、コホン。お前の俺たちへの最大の償いはだなあ」


そう言って丘の上に立つ小さな教会を指差す。


「それはお前が幸せになることだ」


そういってクラウドが微笑んだ。


刹那、教会の鐘が鳴った。


「ほら、早く行きな。新婦さんよう」


涙でくしゃりと顔を顰めたマリアの背中をクラウドが押した。


教会の扉の前には赤毛の男が佇んでいる。


「お前の幽閉先は、俺の所領であるエリクサだ。

 5年なんかじゃ許さない、一生涯俺のもとにいる、それがお前の償いだ」


ケビンはマリアをきつく抱きしめた。


◇  ◇   ◇


「いや~感動的な結婚式だったな」


その夜、久しぶりにロッジに戻ったクラウドと紫龍は、

お気に入りのジャージに着替え、くつろいでいた。


「いや~じゃねぇ。記憶が戻ったらいきなりそんな美少女になっていやがって」


クラウドが少し不服そうに唇を尖らせる。


「なに? 気に入らない?」


紫龍は自身の姿をきょろきょろと見た。


「……いい」


クラウドが蚊の鳴くような声で何かを言った。


「え?」


紫龍が聞き返す。


「すっげぇ可愛い!」


クラウドは赤面し、少し怒ったようにそう言った。


「じゃ、なんで機嫌悪りぃの?」


クラウドの顔を覗きこもうとした紫龍は、不意にクラウドに抱きすくめられてしまう。


「嫉妬してます、俺。その凶悪に可愛い顔、もう他の誰にも晒したくないんですけど」


クラウドの言葉にその胸の高鳴りを感じながら、紫龍は微笑した。


「俺もね、したよ。その嫉妬ってやつ」


紫龍の腕がクラウドの背中にそっと回された。


「お前が俺のこと、忘れっちまって、他の奴のことを好きになって、すっげぇ悲しかった。

 でも俺、それでようやく分かったんだ」


紫龍がクラウドの顔を真剣な眼差しで見つめた。


「今なら胸を張って言える。俺もお前が好きだ。クラウド」


交わされた口づけに、互いの想いの全てを込めて、恋人たちの夜は更けゆく。


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