23.ケビンとマリアの大人の事情
広間に戻った紫龍は、エアリスに先ほどの出来ごとを耳打ちした。
「う~ん、それって本当なんでしょうか?」
エアリスは怪訝そうな顔をした。
「もしそれが本当だとしたら、なぜマリア・クラディスは
その情報を紫龍様に漏らすのでしょう?」
いったん広間から、宛がわれた控えの間に場所を移して、
二人は急遽ケビンを呼び出した。
部屋に通されたケビンが、紫龍の姿に目を白黒とさせた。
「あらら~、紫龍君エラく可愛らしくなっちゃって」
そして紫龍は自身の姿を思い出し、赤面する。
「いや、あの……これは……そのっ……隊長……」
「今度紫龍君に同伴お願いしちゃおうかな」
ケビンは目を瞬かせながら、頬を掻いた。
「いや……あのね、お願いですから隊長……話しを聞いて下さい」
紫龍は遠い目をした。
「聞いてる、聞いてるって、
つうか、マリアの言っている事はおそらく本当だろう」
仮面が重かったからなのか、それとも髪型を気にしているのだろうか、
ケビンが頭をぶるりと振った。
「どうして、そう言えるのです?
そしてどうして身内の作戦を紫龍様に教える必要があるのでしょうか」
エアリスが賦に落ちない、といったふうに眉を顰めた。
「おそらくマリア自身がクラウドに害が及ぶ事を望んじゃいないのだろう。
そもそも魔法っていうのは清い心で行わないと、うまく魔力がコントロールできねぇ代物だ。
だから大魔法使いであるマリア自身も、本来は誰よりも清い魂の持主だったはずだ」
マリアのことを語るケビンの表情に痛みが走った。
「ではなぜ、マリア・クラディスは
小悪党のハマンなどの手先に甘んじているのでしょうか?」
エアリスは腕を組んだ。
「マリアには子どもがいる。そしてその子がハマンの人質に取られているのだ」
紫龍とエアリスは一瞬驚いたように顔を見合わせた。
「それは……本当なのですか?
どうしてそのことをケビン様がご存じなのです?」
「それは…その子が俺の子だからだ」
ケビンの告白に、エアリスが微妙に引いた。
「うっ……何気にディープっていうか、ようするに大人の事情……なのですわね」
「う~ん、事情ねぇ。つうか俺はなんにも気にせずマリアを娶るつもりでいたんだがな。
向こうはどうやら違ったらしい」
ケビンは自嘲を浮かべた。
「なんでも親父の友人の大祭司が遊女との間にもうけけたのが、マリアだったらしい。
早くに母親を亡くしたマリアは本妻からの迫害から逃れるために、幼い頃にうちに引き取られた。
一緒に育った俺たちはいつの間にか自然に愛し合うようになっていた。
しかし自身の出自をひどく気にしていたマリアは、結婚しようと、プロポーズした俺に、
『世話になったアーノルド家の家名を自分が汚すわけにはいかない』といって、
あるとき書き置き一つ置いて出て行っちまったんだ。
やがて風の頼りに男の子を産んだとは聞いていたが、そいつは間違いなく俺の子だ。
だから二人を保護するべく、目立たぬように見張りを付けておいたんだが、
ある日ハマンの刺客にやられっちまいやがった。
それからは、音信不通、どこにいるかもわからなくなっちまった。
だがマリアの様子からすると、なにか強力な結界に捕まっているらしいな」
エアリスは腕を組んで、何かを深く考え込む様子だった。
「エアリス、頼めるか?」
紫龍がエアリスに言った。
「ですがっ」
エアリスが躊躇いの表情を浮かべて紫龍を見つめた。
「行ってくれ、エアリス。それが全ての問題の解決につながる」
「紫龍様!」
感極まったエアリスが、紫龍に抱きついた。
「うわっ、と」
「このような大事なときに、紫龍様のお傍を離れるなど」
乳兄妹の自身に向けられた想いが、痛いほどに伝わってくる。
「ありがとう、エアリス」
紫龍は微笑んで、エアリスの亜麻色の髪を撫でた。
「わかりましたわ。参ります。
アストレアの大魔法使いの名に賭けて、
わたくしがお二人のお子様を捉える結界を破って、必ずお救いいたします」
エアリスは決意の漲る表情で二人を見つめた。
「では、王宮の警護については?」
紫龍がケビンに促した。
「今王宮はすでに非常事態だ。いつ何がおきても不思議じゃねえ。
俺の直轄部隊はすでに来賓客に紛れて配置させているし、近衛隊十五師団も召集済みだ」
「わかりました。では俺も着替えて、警備に戻ります」
そういって着替えに立とうとする紫龍をケビンが制した。
「いや、お前はそのままでいろ。
そのままで出来る限りクラウド王子に近づき、有事に備えろ」
刹那、有事を知らせるサイレンがけたたましく鳴り響いた。
無線を通して部下からの報告を聞くケビンの表情が厳しい。
「ハマンの手引きのもと、テロ組織が清涼の館を占拠し、
クラウド王子も捉えられているらしい」
無言のままに立ちあがった紫龍に、ケビンはため息をついた。
「持って行け!」
そういって、ケビンは手に持っていた日本刀を紫龍に放った。
「わっと」
紫龍はそれを受け取った。
「こ……これはっ、もしかして」
紫龍は目を白黒させて、酸欠の金魚のように口をぱくぱくさせた。
「『紅一葉』俺の持っている名刀コレクションのなかでも最高級のものだ。
てめぇの結婚祝いにくれてやる。ありがたく使いこなせ」
紫龍はケビンを振り返り、にっと笑った。
「ありがとうございます。隊長殿」
紫龍は礼をいって走り出した。




