16.紫龍の受難
「えっ? 間違えてアルバートンの滋養強壮剤を紫龍に飲ませてしまっただと?」
紫龍の異変に、侍医を呼びに走ったクラウドであったが、
執事アルバートンの説明に、頭が白くなる。
「申し訳ありませぬ、クラウド様。このアルバートン一生の不覚!」
アルバートンは、クラウドの前に平伏した。
そしてその横には、亜麻色の髪にエメラルドの瞳をした、
年の若い女のマッサージ師が立っていた。
「いえね、調合したお薬は決して身体に悪いものではないのです。
ただ、アルバートンさんが飲んでちょうど良いものなので、
年の若い紫龍様がお飲みになられたのであれば、刺激がきつすぎて、きっとお辛いはずですわ」
マッサージ師は、さも気の毒そうな顔を取り繕った。
(なんか、コイツ胡散臭くね?)
そんな気がしないでもない。
「なにか解毒剤的なものはないのか?」
クラウドの問いを、マッサージ師は大仰に否定した。
「いいえっ、これはもともと毒ではありませんので、
解毒剤的なものは一切ご用意できないのでございます。ただ―――」
マッサージ師は、言葉を切ってちらりとクラウドを見た。
「ただ?」
「これはやはり滋養強壮剤ですので、
紫龍様の欲求を開放して差し上げることが、何よりの解毒になるかと……」
そういってマッサージ師は、ぽっと頬を赤らめた。
「欲求っていうのは……そのっ……つまり、あれか」
いつの間にかクラウドもつられて耳まで赤くなっている。
「クラウド様、紫龍様は龍の血脈に属する方、
きっとそういう欲求をお持ちになられるのは初めてのはず。
ここはクラウド様が手取り足取り……優しくリードなさってくださいませね」
何気に卑猥に聞こえて仕方がない。
「わ……わかった。では行ってくる」
クラウドの背中を見送るアルバートンとマッサージ師が、
その背後で同時にガッツポーズを決めたのを、クラウドは知らない。
◇◇◇
ベッドの上で、紫龍は辛そうに身体を横たえている。
ひどく呼吸が乱れて、その衝動に耐えるかのように、きつくシーツを握りしめていた。
クラウドは部屋に戻ると、鍵をかけた。
「紫龍、服を脱げ」
クラウドの言葉に、紫龍は嫌々をするように小さく首を横に振った。
「服を脱げって……は? 何を言って……? この変態!」
クラウドは構わずに、自身の服を脱ぎ捨て、
均整のとれた筋肉質のボディーが露わになる。
「な、何?」
紫龍が不安気な声を出した。
「身体が熱いんだろ? ひと肌っていうのはうまくできてんだ。
熱けりゃその熱を吸い取るように、寒けりゃ温められるようにできてんの。
だから、とりあえずお前も脱げ」
そういってクラウドは、紫龍の上半身に着せ掛けていた、大きめのTシャツをはぎ取った。
そして、背後からすっぽりと紫龍を抱きすくめてしまう。
クラウドの素肌を感じると、さらに紫龍の身体は辛くなっていく。
「悪い……はぁっ……離れてくれないか?
俺、今身体が変で……触られると、すげぇ辛いんだ」
「そりゃあ、そうだろうな」
クラウドが同情を込めた眼差しを、紫龍に送ると、
荒い息の下で、紫龍がきっとクラウドを睨んだ。
「変態でもなんでも、それをちゃんと解放してやんなきゃ、お前死ぬんだぞ?」
クラウドはまことしやかな顔で、紫龍に告げた。
「嘘……」
紫龍の黒目がちな瞳が、不安気に揺れている。
「嘘じゃないさ。紫龍、お前はアルバートンの飲むはずだった薬を、間違えて飲んでしまったんだ。
その薬は、アルバートンのような年寄りが飲めば良薬なんだが、
お前のような年の若い男が飲めば、劇薬になっちまうっていう代物だったんだ。
助かる方法はただ一つ。それをちゃんと解放してやることだ」
全てが嘘ではないが、適当に都合のいいように脚色を加えて、クラウドが説明した。
「そんな……」
紫龍は、言葉に詰まった。
「その証拠に、身体がひどく辛いだろ?」
そんな紫龍を横目に、クラウドは今とばかりに一気に畳み掛ける。
緊張のあまり、紫龍の睫毛が小さく震えている。
「初めて……か?」
紫龍の耳元で、低く囁いてやると紫龍は小さく頷いた。
「やっぱ無理! 無理無理無理無理!」
紫龍は顔色をなくして、後ずさる。
「逃げるな! 紫龍」
クラウドの瞳孔が開く。
「往生際の悪い奴だな、
今すぐ楽にしてやるから、こっちに来い!」
クラウドがそう言って、問答無用に紫龍を引き寄せると、
「いっ……嫌ああああああああ!」
夕闇に染まる部屋に、紫龍の悲鳴が響き渡った。
◇◇◇
「おっ……俺は……汚されてしまった」
シーツの海の中で、紫龍が両手で顔を覆った。
「大丈夫だ。ちゃんと責任は取るっていうか、
すでに俺たち結婚しているしな」
隣に身を横たえているクラウドが、気だるげな視線を紫龍に寄越す。
「っていうか、今のはあくまでお前の解放であって、
結合じゃないからね」
クラウドの言葉に、紫龍がぴくりと身体を固くする。
「嫌……だった?」
ふと、クラウドに真剣な眼差しを向けられて、
紫龍は口を噤んた。
「いっ……嫌じゃ……ない……かも……」
体中に変な汗をかきながら、
紫龍がくちごもる。
「かも……て何? かもって……」
クラウドが複雑な顔をする。
「わっかんねぇよ! こちとら、初めてなんだよ!
だけど初めてがお前て良かったって、
ちょっと思って……しまったりしたりだな」
そこまで言って、紫龍が赤面し、口ごもる。
「嘘! 今のやっぱ嘘! 聞かなかったことにして」
紫龍がクラウドから顔を背けると、
背後からクラウドに抱きすくめられる。
「それは無理だな。
ちゃんと聞いちまったし」
そう言ってクラウドがクスクスと笑いを忍ばせる。
「龍の血の発動条件は? 紫龍」
「恋をすることだ」
「それで、お前は? 発動したの?」
突き付けられたクラウドの問に、
紫龍は口を閉じた。
「認めたら? 俺を好きだってこと。
お前はさ、俺に恋してんだよ」
紫龍は答えない。
なんか癪だった。




