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14.クラウド、紫龍と健康ランドで鉢合わせる。

「商業施設のテコ入れねぇ」


 クラウドはあまり気乗りしない様子で呟いた。


「港に面した繁華街はそれとして、この辺の下町っぽい雰囲気も、

 俺はちゃんと手入れして後世に残していったほうがいいと思うけどなぁ」


クラウドの発言に、執事のアルバートンが少し意外そうな顔をした。


「何? 意外そうな顔をして」

「いえ、年若いクラウド様のことですから、

 てっきりこのような古臭い町並みなど否定されるものとばかり思っておりました」

 

それでも執事アルバートンは、そんなクラウドの発言にどこか気をよくしているようだった。


「温故知新っていうじゃん。古の文化を研究し、吟味して、

 そこから初めて新しいものが生まれる。若くても結構こういう雰囲気が好きな奴って、いるんじゃねえか?」


クラウドの頭に紫龍が浮かんだ。


(あいつ、絶対好きだわ、この雰囲気)


クラウドの顔に知らず、笑みが零れた。


町屋づくりという独特の建造物が連なる和の趣は、

紫龍の故郷であるアストレアの風景と重なる。


(いつか紫龍をこの場所に連れてきてやろう)

 

そう思って幸せそうに微笑むクラウドを、執事アルバートンが、目を細めてじっ見つめた


(クラウド様は変わられた。以前のこの方は、

 高い能力を持ちながらも、全てに倦んでおられた)


王族でありながら政治や経済などにも関心を示さず、数多仕掛けた恋や情事すらも、

それはクラウドにとっては、どこか退廃した遊戯でしかなかった。


(この方を変えたのは、やはり紫龍様か……)

 

まだ十七歳の少年の中に、確かに一人の人を慈しむ愛情が芽生えつつある。

クラウドのそれは、うまくいかない日常に痛みを覚えつつも、喜ばしい変化だと、アルバートンは思った。


王族であるという特殊な環境の中で、

クラウドは愛情という温もりからは、遠ざけられて育った。


ゆえに人一倍愛情に飢えた心を隠して、誰からも好かれるように振る舞うことを常としたが、

その一方で他者と心を重ねることをひどく恐れていたのである。


「おっ、健康ランドのオープン記念だってさ、入っていく? 

 アルバートン。お前にはいつも苦労かけてばっかりだったからなぁ、たまには孝行させろよ」


そう言ってクラウドはいたずらっぽく笑った。


「あくまでお忍びだぞ! 警備の際も絶対に一般人に迷惑をかけるな」


クラウドはSPにそう指示し、健康ランドへと入って行った。


アルバートンをマッサージ室に見送り、クラウドは男湯に向かった。


大浴場の湯煙の向こうに、人がまばらに見えた。


柑橘系の香りがほのかに漂う浴槽に身を沈めると、クラウドは大きく伸びをした。

そして二、三、目を瞬かせる。


「あっ……」


目の前に嫁がいる。


「おっおおおおお、お前、こんなとこで一体何やってんの?」

 

取り乱したクラウドの声が、微妙に裏返っている。


「何って、そりゃあまあ、風呂に入っているのだが、お前こそ奇遇だなあ」


まったく悪気がなく、不思議そうな顔をしている紫龍を見ると、

クラウドはカッとなった。


「馬鹿かっ! お前はっ とりあえずこっち来い」


そして乱暴に紫龍の腕を掴んで、ロッカールームへと連れて行った。


「服を着ろ」

「なんで?」


紫龍は不服そうに、柳眉を顰めた。


「なんでって……」


クラウドは口ごもった。紫龍は腰にタオルを巻いただけの裸体である。

紫龍の素肌を他の誰かが目にするのは耐えられなかった。


「お前はいい加減、俺の嫁だという自覚を持ちやがれ!」


クラウドの苛立ちは頂点に達していた。


しかし紫龍はそんなクラウドの気持ちが理解できない。


「はあ? 男が男湯に入って何が悪い?」


無防備にぽかんと立ち尽くしている紫龍を見るクラウドの目が据わった。


「てめぇが龍の一族の血を引いていることは知っている。

 見た目は俺たちと同じでも、その生態は異なるんだって? 

 てめぇは初恋もまだの半月(はにわり)なんだって? 

 頭でわからねぇなら、今すぐ身体で理解らさせてやるよ」


 クラウドは紫龍の手首を戒め、壁に追いつめた。タオル越しに伝わる、

 クラウドの張りつめた感覚に、紫龍は赤面して身を捩る。


「離せっ」

「離さねえよっ……死んでも。

 俺はなあ、お前の身体を見て、下半身がこんなになんの!

 お前のこと四六時中抱きたいと思っているわけ! 

 こっちはいつ理性がブチ切れて、てめえを傷つけちまうかもしんねえとびくびくしてんのに……。

 だからてめぇは、少しは自覚を持て!

 そして俺は、俺以外の他の野郎がお前の裸を見たと思うとそいつのことぶち殺したくなんだよ」


そしてクラウドは紫龍の身体を離し、背を向けた。


ロッカールームに一人残された紫龍は、その場に座り込んで、頼りなく膝を抱いた。


(わっかんねぇよ、あいつが)


もし自分が半月ではなく、クラウドと同じ種族であったなら……。


クラウドによって投げつけられた言葉は、

クラウドとの間にある隔たりを残酷なほどにつきつけた。


目裏には、クラウドの苦しげな表情が焼き付いて離れない。

そんな顔をさせたいわけじゃない。

その思いを理解したいと思う。

その上で心を重ねることができたなら、それは至極幸せなことなのだと思う。


しかし……。


紫龍は鏡に映る己の身体に目をやった。


男というには、あまりに華奢で、しかし女というものにもなりきれない。

未分化。


(自分はやっぱり龍族の半月なのだ)


心の中でそう呟くと、紫龍の頬を涙が伝った。

今まで押さえつけていた感情が、一気に噴き出して、紫龍はその場で声を殺して咽び泣いた。

どちらの性にも属さない、龍族特有の未分化の肢体は、

どこかあやしい色香をともない、淡く火照りを帯びている。

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