伍話 駒場山からいざ町へ
身支度を整えた一行は山を下った。辰信は疲れが取れてないのか、その足取りは少し弱かった。他、3人はしっかりと地に足つけてサクサクと進んでいく。そして峯藤達が降りた軽トラックの辺りまで来た時、まだあまり距離的には進んでいないものの辰信は強い気怠さを感じていた。
「辰信、大丈夫か?君はまだ子供だ。無理はしない方がいい。」
「うむ…。仁、力也、一度休むかの。儂も最近は歳のせいかすぐばてるようになってしまってのお。」
「皆さん…すいません…。」
「別に謝ることじゃないさ。しかし車がない以上は移動が厳しいな。」
峯藤はガソリンが切れて動かなくなった軽トラをちらっと見た後、サングラスを一度外して再度かけなおした。辰信は何のことはないその仕草を見て峯藤の素顔を見るのは初めてじゃないかと考えていた。最初に出会った時も、病院で斎藤医師と話していた時も、ここまで逃げてくる間も峯藤はずっとサングラスをかけていた。しかしそれにしても体がだるい。ちっともよくならない。辰信は峯藤からお茶を貰い、2度グイッと飲んだ。
「…俺…ガソリン…持ってる…。」
多久豆は背負っていたリュックから携行缶を取り出した。
「おぉ!力也よ。準備がいいのぉ。」
多久豆の持っていた携行缶から軽トラにガソリンを入れ、峯藤はエンジンをかけた。
「よし!かかったぞ!近くにガソリンスタンドはあるか?」
「ある…。すごく…さびれてるが…。」
4人は軽トラに乗り込んだが、構造上4人が乗ることが困難である。そこで運転席に峯藤、隣に阿智、後ろの荷台部分に多久豆が辰信を抱える形で乗った。かくして、4人は駒場山を背に近くのガソリンスタンドまで走っていった。全く人の歩いている様子がないのはこの町が寂れているからなのか、それにしても静かであった。機能しているか不安だったがガソリンスタンドもセルフで利用可能であり、十分に走れる状態になった。先ほどと同じように乗り込み峯藤は周りに気を付けながら走り出した。春前の風は軽トラックの横を音を立てて通り過ぎる。今日はここ数日の中で一番の風だろう。ふと、阿智は過ぎていく町を眺めながら峯藤に喋りかけた。
「仁よ、そういえばこの前、お前さんの父親がやって来たぞ。」
「エッ!?」
峯藤は驚き、急ブレーキを踏んでしまった。
「おっと…大丈夫か…仁よ。そんなに驚くことでもないじゃろう。よく儂のところへ来ておったんじゃが…知らんようじゃな。」
峯藤はスライドドアから荷台の2人に謝り、また発進させた。
「阿智さん…親父は何か言っていたか?化け物の話とか、変なこと。」
「しかしのぉ、お前さんの見たという大きい以津真天なんかそうじゃが…そういう話をしに来たわけじゃないんじゃよ。どちらかと言うと…宇宙じゃ。」
「宇宙?なんでまた…。」
「そうなんじゃよ。お前さんの父親は今そんな話をわざわざするほど暇じゃないだろうに、しょっちゅう儂の知識を借りにきよったのぉ。」
峯藤はここ最近の父親の行動をできるだけ思い出していた。しかしいくら考えても何も思い当たる節が出てこなかった。
「しかし、4人で動くには少し不便だな…。」
峯藤の言うとおり4人で移動するには軽トラックは窮屈であった。
「確かに、力也も頑丈とはいえ、いつまでも気を張り詰められんからのぉ。」
「…幼稚園まで戻れば、他の車があるはずだ…。」
「それよりもまずは…斎藤…かの。」
「あぁ…あいつもそれなりに場は潜ってきている。大丈夫だと思うが…。」
「何を弱気になっておるんじゃ!しっかりせい!」
峯藤はしっかりとハンドルを握った。
嫌な予感がする…。当たらないでくれ…。
大きく翼を広げ、天を仰ぐ鳥が一声。休めていた羽を戻し「いつまで!いつまで!」と倒れている人の横で唸り始めた。そこに襟を正した男が近づいた。大きな怪鳥は声を止め、男の許に近づいた。男は怪鳥を撫でながら異臭に顔を顰めていた。
「石が見つかったか。しかし…あの少年は…何処かで…?」
男は手の平サイズの機械を取り出すと一つのボタンを押した。すると機械の中央部からホログラムが現れた。そこには一人の少女が監禁されている映像が流れていた。
「仁…ここにやってくるか…それとも先に…病院の方か…。」
男はホログラムを止め、機械をポケットにしまった。薄汚れた大きな窓付きのドアから見える日差しはもうじき弱まるだろう。風は冷たく男に吹き付けた。
遠吠えに 眠れぬ夜を 過ごす日も 君との思いで 夢現 いざ参らんと 結託し 独り戦う 白壁で 漣が呼ぶ 春の日は 梅香しき あの頃か