もう繰り返さぬよう
※サラッとお読みください
(どうしてこうなったのだろう)
舞踏会で王太子殿下に在りもしない罪を言われ、その場で婚約破棄を告げられた。屋敷に帰るとお父様に顔を打たれ、弟からは私を侮辱する発言が飛び出す。
「なんてことだ!!ラナーシェ、お前が上手くやらないからこんな事になるんだ!!お前はもう必要ない、今日限りで此処を出て行け!!」
私は今まで辛い王妃教育を何年も受け、周りの手本になるよう努力してきたつもりだ。そして王太子殿下であるアデル様に歩み寄ろうと努力してきたつもりだ。だがアデル様が愛したのは男爵令嬢のルミナ様だった。体裁が悪いので何度も注意したが聞き入れてもらえず、挙句の果てには私がルミナ様を虐めたなどと下らない理由で婚約を破棄された。
「今迄お世話になりました」
お父様達に礼を告げ、馬車に乗る。いつからだろう、お父様もお母様も弟もみんな優しかった。なのに少しずつ家族が歪みはじめ、私を侮辱する様になったのは。
しばらく馬車に乗って今はどの辺だろうとカーテンの隙間から外を見るとそこは娼婦達が集まる裏街だった。この馬車の行き先を伝えていたのはお母様。ああ、どうしてこんなにも恨まれ無ければならないのですか?
そのまま私は娼婦に身を落とし、毎日地獄のような日々が始まった。
それから三年経ったある日、私は血を吐き倒れた。労咳を何処からかもらってきたらしい。働けなくなった娼婦は捨てられる。私も例外なく路地裏にゴミのように捨てられた。
(神様、私はそんなにも罪深い事をしたのでしょうか)
ポタポタと雨が降りだし、体を濡らしてゆく。もう意識も朦朧としてきた。私は此処でゴミの様に死ぬのだろう。なんとも酷い話だ。誰も私の言葉を聞いてくれず、こんな有様で死ぬなんて。
(死にたい、死にたくない)
矛盾した気持ちで涙を流したのが私の最後だった。
「死にたくない!!……え?」
目を覚ますと見覚えのある自分の寝室だった。鏡を見るとまだ六歳くらいの私だった。顔は涙でぐしゃぐしゃになり酷い有様だ。私は今見ていた夢が現実の様なものにしか思えなかった。
怖い、痛い、気持ち悪い、また繰り返すのか。
ガタガタと歯がなる。アデル様や両親と弟からの仕打ちに恐ろしくなる。私は一刻も早くこの家から出て行きたかった。するとドアがノックされ、お母様が入ってくる。
「どうしたのラナ?そんなに怯えて」
「近づかないで!!!!出てって!!」
「ラナ!?本当にどうしてしまったの!?」
「嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!!もう彼処は嫌だ!!出てって!!」
体は小さくなって時が戻ったとしても、心に刻まれた記憶は消えない。あの地獄の場所に私を堕としたのは紛れもなくお母様なのだから。
お母様を無理矢理部屋から出し、毛布に包まる。誰も信じられない。私の言葉を聞くこともしてくれなかったお父様、お母様、弟のライト。此処には信じられるものがない。
私は部屋に引きこもる様になり、心配そうにする両親や弟が気持ち悪く感じてしまった。生理的に受け付けないのだ。
だが現実は時は残酷だ。アデル様の婚約者を決める為のお茶会で出席しなかった私は少し安心していた。だが態々アデル様から此方に出向くとは思わなかった。
使用人にドレスを着せられ、着飾らせられる。もっとも会いたくない人物だというのに。
「初めまして、ラナーシェ嬢」
優しい笑みを浮かべ金髪碧眼の美少年は握手をしようと私に近寄ってくる。思わず私は叫んでしまった。
「近寄らないで!!」
「ラナッ!?申し訳ありません、殿下。ラナは人見知りで……」
「安心してくれ、私は気にして無いよ」
逃げたい、一刻も早く誰もいない場所へ行きたい。この笑みに私を見下すアデル様が重なって見える。逃げたい、怖い、この目が私を憎む目に変わるのを私は知っている。
「ラナーシェ嬢、何に怯えているのかは分からないが安心してくれ。別に取って食いはしないよ」
私はお茶会の席に用意されていたケーキのフォークを思い切り腕に刺し抉る。これで跡は消えなくならないだろう。
「ラナーシェ嬢!?なんて事を!!」
「これで私は傷モノになりました。婚約者は他の方からお選び下さい」
「私は君に何かしたのかい……?そんなにも婚約者にはなりたく無い理由を教えてくれ」
「私では婚約者は務まりません。愛する方と幸せになって下さい」
アデル様も最初は優しかった。だが、ルミナ様が現れてからは人が変わった様に冷たくなってしまった。舞踏会で散々恥をかかされ、社交界で馬鹿にされ、最後には婚約破棄ときた。私にはあの夢が嘘には思えないのだ。
「私は十六になったら修道院に入るつもりですので。態々来てくださり有り難う御座います。それでは失礼します」
速足で自室へ戻り、我慢していた物を全て吐き出す。刻まれた記憶はそう簡単には消えない。
それから数日後、王家からアデル様の婚約者として私が選ばれた趣旨の手紙が届いた。
私はそれを聞き、部屋に閉じこもり食事も拒否した。湧き上がる怒りにハサミで枕をズタズタにする。
(逃げなくては)
私は質素なドレスに着替え、金品を持ち出し、他国に嫁いだフェルミ叔母さんの所まで行く事にした。そうすれば簡単に連れ戻される心配は無い。
私はあの夢の通りになって終わらぬ様、その日の夜に屋敷を抜け出した。
(もう、あんな地獄は嫌だ)
この時、ラナーシェ八歳の出来事である。
読んでくださり有り難う御座います!
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