私の友達のIくん
「Oくん、あーそーぼっ!」
……これは、私が幼いころに体験した話だ。
私は一時期、T病院に入院していた。
なんでかというと、目が弱かったからである(正確には瞼の筋肉が弱かったらしいのだが、ここを詳しく語っても仕方ないので割愛する)。
そういうわけだから、手術を受けた後はしばらく包帯を巻いて過ごさなければならなかった。
腕に巻いたり足に巻いたり頭に巻いたりするのとはワケが違う。
両目を覆うように巻かなければならないものだから、その間は眼が見えないも当然の状態となる。要は真っ暗で何も見えないので、自由に動けなかったのだ。
そんな中で話しかけてきてくれたのが、Iくんだった。
人懐っこい男の子の声が聞こえたと思ったら、とんとんと肩を叩かれた。
「あーそーぼっ!」
彼は私のいるベッドの真向かいにあてがわれていた彼は、好奇心旺盛で活発な子だった。同時に、彼は絵本を読み聞かせてくれたりボードゲームやおもちゃで遊ぶときは私の手に触って誘導してくれたりと、心優しい子でもあった。
そういうわけで、彼とはすごく長い間遊んでいたような気もする。
最初はしらないひとということで警戒していたものの、絵本だってたくさん聞かせてもらったし、玩具だってたくさん遊んだ。
ただ、彼は恥ずかしがり屋だったのではないか、とも思う。
看護師が来てるとき、親が見舞いに来てるとき、医者が来ているとき、そういったときに限って出てこない。
ある時、見回りにきた看護師に聞いたことがある。
「ねー、Iくんいる?」
「Iくん? ボク、だれのことかな?」
「Iくんはねー、いっしょにあそんでるんだー」
「……そっかー。いまおやすみしてるんじゃないかなー? Oくんもちゃんとおやすみしようねー?」
「わかった!」
「しね」
「なにかいったかなー?」
「……? なんにもいってないよー」
その日、Iくんは私のベッドの傍まで来なかった。
夜中……たぶん、夜中だ。看護師の見回りが終わった時間に、絶叫が目の前から聞こえて、目が覚めた。
「Iくん、だいじょうぶ!?」
「い、いたい、いたいよ! おくすり、おくすりはないの!?」
「Iくん、Iくん!」
「たすけてOくん! いっしょにきてOくん! いたいのやだよOくん! Oくん、Oくん!」
「いまたすけるから! がまんして!」
私はベッドから転がって這って、Iくんの声の近くまでいって、必死に手を動かすと……触れた。衣服のような質感と、ほんのすこし硬い感覚……Iくんの躰だ!
私は体をゆすった。それでもIくんはものすごい声をあげつづけている。何かないか、何かできることはないかと手を動かしていたとき、筒のようなものが手に当たった。
それは、入院初日に言われた「あぶない時以外に押してはいけない」ボタンだった。私は友達のために、それを押したのだ。
すぐに、医者と看護師が駆け付けたのだろう。
助け起こされた私は、ずっと言っていたという。
「Iくんが、Iくんが!」
「おちついて! Iくんはだいじょうぶだから!」
「IくんがたいへんなんですIくんが!」
「しね」
「先生、軽い錯乱状態にあるようです。Oくんを休ませましょう」
「分かった」
「Iくん、Iくん!」
◇◆◇◆◇
……それから、一週間ほど経った。包帯がようやく外れた。
抜糸など色々を済ませ、私は病室に戻された。
「どこか痛いところはないかい?」
「だいじょうぶです」
「なら良かった」
あとは検査などを済ませて、はれて退院らしい。
病室に戻った私は、さっそくIくんに挨拶しようと思った。といっても堅苦しいものなんかじゃない。見えるようになった喜びとか今度一緒に遊ぼうとか、そういうものだ。
「Iくん!」
ベッドの前に顔を出した私は、あれ、と首を傾げた。
そこには何もない。シーツがぐちゃぐちゃになっているわけじゃないくて真っ白な状態でそこにある。触ってみると、すべすべとしていた。
「せんせい、Iくんは?」
「……よく聞いて欲しい」
先生が指でさした場所は、患者の名前を入れるプレートだった。そこには誰の名前も入っていなかった。
「このベッドは、誰も使ってないんだ」
いかがだっただろうか。
これを私は持ちネタとしてよく話しているのだが、別に笑い話にしようとかそういうわけではない。
Iくんはいるのだ。私が目を休めるために瞼を閉じれば、あの子は私に話しかけてきてくれる。
私は、彼がいることを知って欲しい。彼は確かにそこにいたのだし、今でも医者の言葉は信じていない。彼は無事に退院できたのだと思っている。
「Oくん、あーそーぼ」
※この物語は半実話をもとに再構成したものです。
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