真夜中のお告げ
それはある日突然の事だった。
真夜中、深夜0時を回ってから会社を後にした俺は、六畳一間の自分の家でインスタントラーメンを啜っていた。
ここの所、こんな生活が毎日続いている。
手狭に感じていたこのくたびれたアパートの一室も、寝に帰ってくるだけの寝床扱いになっている事を考えれば、逆に贅沢な空間にすら感じられるのだから何とも皮肉なものだ。
正直俺はただ生きていくのに疲れ果てていた。
ガッガガガッーー
それはインスタントラーメンの最後の一本を啜り終えた時だった。
最近では電源をつける気力もなく、ただのインテリアと化していたテレビが奇怪な音を立て始めたのは。
「んだよ、壊れたのか?」
引越しの際に不要になったからと友人から譲り受けた古いテレビ。
それなりの年代物であるし、最近は起動すらせず埃を被っていた事を考えれば、急な故障を起こしても何ら不思議ではなかった。
『ヤギ ユウイチロウサン、アナタハシニマス』
一転して騒がしい音が収まると、プツンと勝手に電源が入り、突如として無機質で機械的な音声が流れ始めた。
依然、画面自体は真っ暗なままだったが、何処をどう操作しても音声が止まる事はなく。
それ自体はテレビが故障したのだと考えれば取り立てて驚く事ではなかっただろう。
けれども、流れ始めた音声の内容に問題があった。
ヤギ ユウイチロウ
八木 雄一郎
それは紛れもなく俺の名前だったから。
いきなり自分の名前が、しかもフルネームが呼ばれ、しかも死にますと宣言されて仕舞えばいい様のない気持ち悪さを感じる。
嫌な偶然もあるものだと前向きに考えれば良かったけれども、疲れていた俺は動揺を隠しきれなかった。
「死ぬ?俺が死ぬって言ったのか……?」
『そうです、このままだと貴方は死にます』
その時の俺はつい漏れた独り言に気味の悪い音声からの返事が返ってきた事を、おかしいと判断するの余裕などは残っていなかったのだ。
「な、なんで‼︎なんで俺が死ななきゃいけねーんだ‼︎」
何処にぶつければ良いのか分からない憤りから、手元にあったテーブルを強く叩きつけた。
具の残っていないインスタントラーメンのスープが衝撃で激しく水面を揺らす。
『インスタントラーメンをこのまま毎日食べ続けると貴方は345日7時間後心筋梗塞を起こして死ぬ事になります』
345日7時間後、余りにも明確に提示されたタイムリミットに思わず震えた。
しかし音声はこうも言っている、インスタントラーメンを毎日食べると、と。
つまり今まさに目の前にあるインスタントラーメン、これを食べるのを止めれば良いと言いたいのだろうか。
「じゃあ、インスタントラーメンを食べるのを止めれば俺は死なずに済むって言うのかよ」
『ハイ』
「証拠は?」
『………証拠を見せれば信用しますか』
「見せられるのか?」
カッとなってした質問に冷静に応と答えられてしまい、狼狽える。
証拠だなんて一体全体何をどう見せるというのだろうか。
『3日後、貴方は駅の階段から足を踏み外して足を捻挫します。5日後、目の前に車が追突してきて運転手が死亡します。貴方は肘を擦りむきます。7日後、同僚に風邪をうつされ38度7分の熱を出します。以上、証拠です』
「は…?」
『8日後、全ての証拠を確認出来た時にまたお話ししましょう。それでは、サヨウナラ』
『ちょっ、ちょっと待ってくれ‼︎」
ブツンッーー
何かが断線したのではないだろうか、と思わせる音が響いた後、再び室内には静寂が戻された。
俺は額から伝った汗が滴り落ちるのを感じながらも、目を開けたまま夢を見ていたのではないかと自分自身の体験を信じられずにいた。
そして3日後、俺は足を捻挫した。
5日後、目の前で車が追突した、衝撃で腕を擦りむいた。
7日後、熱を出して寝込んだ。
8日後、俺はテレビの真正面で正座している。
ガッガガガッーー
8日前と全く同じ音を立てたテレビに、俺は目を瞠る。
「おっおい‼︎」
『信じてもらえましたか?』
「ああ‼︎ 信じた‼︎ 信じたからインスタントラーメンも全て捨てた。もう食わない。だから、俺は死なないで済むよな‼︎」
『ハイ』
無機質な肯定に俺は心からの安堵に胸を撫で下ろした。
『これで貴方は489日生きられます』
「……は?」
『このまま電車通勤を毎日続けると貴方は489日後事故に巻き込まれ死にます』
「ちょっと待ってくれよ‼︎」
『死にたいのですか?』
「死にたくない‼︎」
『では直ぐに電車通勤をやめて下さい』
「直ぐにって、事故で死ぬのは489日後のことなんだろ⁉︎」
『人の人生は1日1日の積み重ねの結果です。例えば貴方が488日後まで電車通勤を続けて、事故に遭う489日目から電車通勤をやめたとしても、同じ日に他の事故に遭って貴方は事故死します』
「そんな事って……」
『コレは真実です』
「わかった……わかったよ、直ぐに電車通勤はやめる。これで俺は助かるんだな」
『ハイ』
「他には?他にはやめた方が良いことってあるのか?」
『それはまた一年後の今日、お伝えします』
「一年後?」
『ハイ、それではまた一年後に』
「ちょっと待ってくれ、あんた一体誰なんだ?」
『私はシニガミです』
「えっ?」
またも素気無く途切れてしまった音声は、途切れる直前自分をシニガミだと告げて消えてしまった。
シニガミって死神……だよな。
死神って人間の魂を刈り取りに来るんじゃないのか?
なんで逆に人間を救ってるんだ?
疑問はあったけれども、それをぶつける相手がいるわけでもなく。
ただこれ以上考えるのも無駄だと判断した俺は思考を停止して寝る事にした。
そして一年後、死神通信(と勝手に俺が名付けた)の日になった。
『貴方はこのまま今の会社に勤め続けると245日に過労で死にます』
そう言う死神の言葉に従い、俺は会社に辞表を出した。
再就職は簡単ではなかったが、新しい会社は俺にあっていたらしく、今までよりも人生を楽しめるようになった。
因みに死神の事についていくつか質問してみたが、それについては答えてもらえなかった。
そして三年後。
『貴方はその家にこのまま住んでいると185日後に地震で死にます』
やはり俺は死神の言葉に従い、引っ越す事にした。
再就職に伴い丁度引越しも考えていた時だったので、俺のフットワークは軽かった。
そして新しい引越し先の近所に住んでいる女性と付き合い始めた。
この頃には、もう既に死神が自分を助けてくれている事を何も不思議に思わなくなって来ていた。
そして二年後。
『貴方はこのまま付き合っている女性と結婚しなければ321日後に通り魔に刺されて死にます』
その言葉でプロポーズを決めた俺は、彼女と結婚する事になった。
翌年には娘に恵まれ、更に翌年息子にも恵まれ俺は幸せだった。
このまま、死神の言葉に従い続ければ俺は寿命を迎えるまで幸せに生きていけるのだと盲信するようになっていた。
「パパぁ‼︎ こっちこっち‼︎」
その日は子供達を連れて公園に来ていた。
麗らかな日曜日。
もう長女は4歳、長男は3歳になる。
2人とも健康で、可愛くいい子に成長していた。
「こらこら、あまり遠くまで行くんじゃないぞ」
こちらを見て手を振る娘の元に駆け寄ろうとした。
しかし、大きな衝撃を背中に感じて何事かと振り向く。
何かが爆発したような大きな破裂音が遅れて耳に届いた。
振り向いた先の背中には大きなトラックがのめり込んでいた。
不思議と痛みは感じなかった。
「どうしてだ、今日公園に行くななんて言われていないのに」
俺の最期の言葉は声になることはなく、ただ空虚に口がパクパクと動いただけだった。
そうして、俺の世界は突如として終わりを迎えた。
『ご協力有難う御座いました』
意識が途切れる刹那、無機質な音声が耳元で響いた気がしたが、きっと気のせいだろう。
「おい、手に入ったか?」
「はい、良質な38歳男性の魂が手に入りました」
「そりゃ良かった。新しいコレクションが増えて魔王様も喜ぶだろうよ」
「そうですねぇ、十年と少し程度で魔王様が喜ぶ魂が手に入るなら安いものですよ。魂の方から勝手に言う通りに動いてくれるなんて、本当楽なお仕事です」
死神は手に入れたばかりの魂を見つめ、乾いた漏らした。