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エピローグタワー  作者: 桂木イオ
9/9

終演 Who are you?

 物語は、空想だから許される。


どれだけ人を殺しても、どれだけ世界を滅ぼしても、全てフィックションだと言えば何事もなく片付いてしまう。


 だが、どうだろうか? 果たして物語の登場人物は、作者を許してくれるのだろうか。


 登場人物と作者が巡り会うことなど、本来あり得ない。だから作者は心の無い展開を構成できる。残虐な話を組み立てることができる。


――僕は、残酷な物語を記してしまった執筆者だ。


「ごめん。こんなつもりじゃなかったんだ。2人を不幸に突き落とすつもりなんて、僕にはなかった」


 舞台が終わり、何人かの観衆は席を立っていた。辺りはしんと静まりかえっている。静寂の中口火を切ったのは、修理屋の妹だった。


「いいえ、お兄ちゃん。あなたは私達を不幸に落とすために書いたのよ。迂闊に人を信じれば、不幸はさらに不幸になるって、伝えたかったの」


「だから僕らを作って、利用した。伝えたいことのために、僕たちを殺した」


「僕が、作った?」


「覚えてないのかしら」

「覚えてないんだろうね」


「悲しいなあ」


「悲しいね」


 くる、くると修理屋の兄妹が僕を囲うようにして歩いている。


「教えてあげようよ」


「教えてあげようか」


 兄妹の瞳が、青い色味を帯び始める。


 青い、青い瞳だ。羽根ペンについている宝石と同じ色の瞳が僕を捉えて離さない。


(ティックとタック。2人は仲良し兄妹なんだ)


 誰かの声が、頭の奥で反響している。


 ティックの声でもない、タックの声でもない。ゲルトルートでも、森田さんでもない。


 よく知っている声だ。よく知っているのに、わからない。


 頭で響く声を遮断するため僕は耳を塞いだが、反響する音は鳴り止まない。


「やめてくれ! お願いだ………」


 兄妹が嗤っている。嗤っているのに、寂しそうだと感じてしまうのは、どうしてなのだろう。


 声にならない叫びを上げるのとほぼ同時に、僕の周りを囲うようにして熱気を帯びた炎が立ち込めた。


「終演だぞ、ゴミ屑共」


「森田さん!?」


 顔を上げれると、眼前には白衣をはためかせながら立ってる森田さんの姿があった。


「よぉへっぽこ執筆者。舞台おつかれさん」


「な、なんで森田さんがここに――!?」


「なんでって、私も悪霊だぞ? 観客の1人だわ」


「??」


 状況がいまいち整理できてない。森田さんの話では、舞台を見に来ている観客が悪霊ということになる。


「あんたってほんとトロ臭いよな。細かい話は後だ。おい、これ以上ヘタレ執筆者に干渉するなら今すぐ火葬してやってもいいんだぞ?」


「あら、この人ゲルトルートにそっくり」


「ほんとだそっくり」


「あぁ?? 喧嘩売ってんのか?」


 くすくすと、兄妹達は笑っている。今度は少年少女特有の無邪気なもので、敵意や悪意を感じることはなかった。


「じゃあ、そろそろ行きましょう、お兄ちゃん」


「そうだね、タック。ああ、そうそう、績のお兄ちゃん」


 舞台から降りようとしていた兄のティックは、振り返って僕に囁いた。


「僕たちのこと、後からでもいいから思い出してね。あと、僕たちは君を恨みこそすれ、嫌いになることはないよ。だって、君が書いてくれなかったら、僕たちは産まれてこなかったんだから」

 兄妹が舞台から飛び降りると、辺りが強い光に包まれ、気づけば僕は塔の中に戻っていた。


「戻ってきた………」


『おっかえり~! 績の兄ちゃん! 今回は成功だったね!!』


 金魚がふよふよと周囲を旋回している。僕は一旦ゲートキーパーを無視して部屋を歩いた。


『あ!? ねえ!? 無視!? ぼくのこと無視するの!? ねえねえねえねえねえねえ!!!』


「………ここは、時計の部屋、だったはず」


 時計の部屋だった場所にはもう、ベッドも棚も時計もなかった。あるのは何処までも黒い壁と、松明だけだ。


『そうだよ。厳密には部屋だったもの。今は空き家になります。ほら、ティックとタックの世界はそこにすっぽり収まってるからサ』


 金魚は赤い尻尾で僕が抱いている分厚い本を叩いた。おそるおそるページを開けば、白紙だった本の1ページ目に、物語のタイトルが記されていた。


「時計の国の、ティックとタック………」


『そう。きみが紡いだお陰で、悪霊は物語として本になったんだ』


「――兄妹は、僕のことを知っていた。僕が、作ったと言っていた」


 あれはどういうことだったんだろう。


 確かに、この部屋に来た時も、物語の手がかりを得た時も、奇妙な既視感があった。


 どうやら、同じことをもう一度行っている。一時期流行ったループものの主人公が体感しているような感覚に襲われ、僕は記憶を漁ったが、いくら眉根を寄せても何も浮かんでこなかった。

「何気持ち悪ぃ顔してんだ」


「森田さん………」


 僕は、森田さんにもどこかで会っているのだろうか。


 わからない。思い出せない。

記憶がない自分が、もどかしくて仕方が無かった。




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