過ちのティック
ティックとタック。修理屋の双子。僕等は、2人でいればそれで充分だった。
僕たちは2人で完成していた。僕が右の羽根、タックが左の羽根。一緒に手を繋いで生きていけると思っていた。
――僕は一体いつから、タックを妹として見る事ができなくなってしまったのだろう?
時計にしか興味がなかったのに、性別なんて、どうでもよかったのに、時計の針が踊れば踊る程、僕は汚れてった。
僕は、穢れていった。
タックに触れたいと、夢見る様になった。
隣で寝息を立てる彼女の匂い、穏やかな寝息を散らして乱してしまえたら、手を握り会い、愛を囁きあえたなら、どんなに良いだろう。考えるだけなら、幾らでも許された。
覚める度、叶わない夢だと台本が教えてくれた。
掟を枷にして、僕は生きていた。あの日もそうだった。
2人きりの部屋で、タックは懐中時計を片手に僕に「一緒にいたい」と囁いた。
普段であれば躱せたのかもしれない。兄の皮を被り「気持ちは嬉しいが、僕等は台本通りに生きないといけないよ」と諭せたのかもしれない。だが、その日の僕はおかしかった。
飢えた獣が肉を欲する時の様に、僕自身では律することのできない大きな力が、彼女の言葉と共に僕を支配した。
――ずっと遠くから、タックの泣き声が聞こえた。
次いで女の喘ぎ声が聞こえた。
ごめん、僕は、こんなことしたいわけじゃなかったんだ。
心の奥で「ほんとうに?」と嗤う僕がいた。
「お兄ちゃん、泣かないで? 私、平気よ?」
裸体のまま、タックは優しく微笑んでいた。
赤くなった、傷だらけの身体を震える手で隠す君が、大丈夫なわけがないだろう?
僕が、タックを、壊してしまった。
彼女を、犯してしまった、穢してしまった。
僕は、裁かれなくてはならない。
…
……
…………
「いいのか、妹に何も伝えてこなかったのだろう?」
「いいんです。ゲルトルート。罪人が何を言えるんです?」
「……そうかい」
塔の中、僕は炎に包まれた。
喉が焼かれ、息ができない。
藻掻いて、苦しんで、僕は死んだ。
炎の中で独り、何も残さず消えていった。
◆◇◆
ナレーター:静まりかえった舞台で、黄色の少年が黒フードの青年に問いかける。
黄色の少年「物語はお終いですか?」
黒フードの青年「いいえ。つけたし程度ですが、もう少しだけ続きます。悲恋に終わった2人を見ていた神様が、兄妹の魂を1匹の小鳥に変えました。1匹の鳥は時に縛られることもなく、ゲルトルートに欺かれることもなく、自由に空を謳歌するのです」
(青年が筆を置くと、1匹青い鳥が舞台を旋回し、どこかに消えてしまった)
黒フードの青年「おつきあいありがとうございました。以上を持ちまして『時計の国のティックとタック』終演に御座います」
ナレーター;観客達の拍手が聞こえ、青年は分厚い本を閉じ、深々と一礼した。黄色の少年は手ばたきをして声を上げる。
黄色の少年「さて。では舞台を彩った主演のお2人に、ステージに登っていただきましょう!」
黒フードの青年「え!?」
黄色の少年「物語の主人公! 禁じられた恋に狂わされた時計の国の修理屋兄妹!!さあさあみなさん拍手でお迎えください!!ティックとタック!!」
ナレーター:顔が見えなかった観客の内2人が、ステージの光を浴びて青年の前に現われた。
ティック「初めましてかな、お兄ちゃん。僕はティック」
タック「初めましてかしら、お兄ちゃん。私はタック」
ナレーター:黒フードの青年は、震える手でフードを外した。そこには黒フードの青年ではなく、1人の執筆者、績の姿があった。