舞台 時計の国のティックとタック Ⅰ
黒フードの青年「舞台は星が瞬く時計の国。時を縛られ、永久に朝を失った国で暮らす、二人の兄妹が奏でた物語になります」
黄色の少年「ほほう、何故、その国には朝が来ないのでしょう」
黒いフードの青年「国1番の時計塔。そこには魔女が住んでいた。彼女の名前はゲルトルート。甘味狂いのおかしな魔女は、甘いお菓子を溶かさないため、太陽を塔に幽閉したのです」
(分厚い本に、ペンを走らせる音がする)
黒フードの青年「巨大な時計塔で踊る秒針に支配された国。民は針に合わせて乱れることなく生活する。その営みこそが絶対の掟であり法でした。時計の国では産まれた瞬間から一生のシナリオが決まっており、逆らえばゲルトルートによって時計塔に連れて行かれるのです」
ナレーター:ステージライトの光に当たり、映し出される影絵に注目。あそこに見える黒い人影は法を破った罪人で、左隣の建物が時計塔。建物にぐるりと巻き付いている大蛇はゲルトルートとされている。
黄色の少年「塔では何をされるので?」
黒フードの青年「太陽を幽閉したクロックタワー。生身の人間が入ればどうなるか。タンパク質は悲鳴と共に焼き崩れ、炭の1つも残りません。はじめは竈の中でケーキを焼く様な手軽さで、何人もの人が処刑され、人々は犯行の意思を捨て始めていました」
(陰鬱なヴァイオリンの音色を主旋律とした交響曲が流れている。演奏者はいない)
黒フードの青年「2人の兄妹が産まれたのは丁度ゲルトルートが人を処刑することができずにつまらない日々を過ごしていた頃です。鏡を合わせたように瓜二つ。仲良しこよしの兄妹に、両親は兄をティック、妹をタックと名付けました」
黄色の少年「なるほど彼等が主人公! 時計の国のティックとタック!」
ナレーター:影絵が変化した。ステージでは寄り添う様にして黒い2つの人影が眠っている。眠る胎児が右と左、ハートの形にも見える。
黒フードの青年「瓜二つの兄妹。もし兄弟であったなら、もし姉妹であったなら、惨劇は起きなかったのかもしれません。修理屋で生涯働くというシナリオを与えられた兄妹は、台本通りに生きていた――少なくとも、13の夜までは」
ナレーター:影絵が変わる。長い髪の少年と、短い髪の少女が黒く映る。
黒フードの青年「ティックは男性としての成長を、タックは女性としての成長を無事に終えました。さて、皆さん、何が起きたと思います?」
ナレーター:黒フードの青年が顔の見えない観客達に問いかけると、観客達は口々に叫んだ。
観客「殺人!」
観客「強盗!」
ナレーター:正解は出てこない。やがて静まり返った頃、黄色の少年が歌うように口火を切った。
黄色の少年「近親相姦」
ナレーター:ペンを走らせていた黒フードの青年は、こくりと頷いた。
黒フードの青年「お見事。修理屋として直向きに仕事をこなしていた兄妹……ティックはタックを妹としてではなく女として、タックはティックを兄ではなく男として意識をしはじめました」
ナレーター:舞台、暗転。黒フードの青年が朗々と語る声だけが、観客達の耳に届く。
黒フードの青年「13の夜。ティックはタックを抱きました。服従、支配をするために、獣の様に乱暴に。その一夜、真面目で勤勉な兄の姿は消え失せ、後に残るは性の快楽と、何処までも続く恐怖でした」
ナレーター:ライトが黒フードの青年に当てられる。彼は黙々とペンを動かしながら言葉を紡いだ。
黒フードの青年「身体を重ねること。それはシナリオ外のこと。ティックは罪人となり、己を責め、タックを置いて時計塔へ旅立ちました」
黄色の少年:「ほう! にしてもどうして、あの真面目な修理屋が、妹を酷くしたのでしょう?精神疾患か何かを患っていたのでしょうか!?」
黒フードの青年「いいえ。彼は至って真面目な人間でありました。彼が何故愛した妹を乱暴に犯してしまったのか。秘密は妹、タックにあります」
ナレーター:影絵が映る。短い髪の少女1人が映っている。
黒フードの青年「ティックがタックを好きであると同時に、タックもティックを愛しておりました。けれどシナリオでは2人は結ばれない。悩み苦しんだタックは、或人物の所へ――あの、狂った魔女、ゲルトルートの下へ訪れました。全てを打ち明けるために。兄への恋慕を抱える己を罪人として燃やして貰うために」
ナレーター:少女の隣に、大きな蛇の影が現われた。ゲルトルートだ。
黒フードの青年「さて、退屈で死にそうな魔女ゲルトルートの下にやってきた少女タック。純真で無垢な彼女の懺悔を、ゲルトルートは心の内で笑いを堪えながら聞き終えると、旧約聖書でエバに林檎を差し出す悪魔が如く、1つの懐中時計を手渡します」
ナレーター:黒フードの青年はペンを止め、懐から銀のチェーンがついた懐中時計をスポットライトに翳した。
黒フードの青年「この懐中時計が平穏な2人の全てを狂わせたのか、いずれにしても狂う定めにあったのか。後半の舞台では、残虐なゲルトルートの娯楽と二人の運命を紡ぎましょう。今宵はここまで。待て次回」