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エピローグタワー  作者: 桂木イオ
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2F 時計の部屋 ~夜空の懐中時計~


 森田さんが歯ぎしりをしながら眠っている。鮫の様に鋭い歯だ。舌を噛んだら相当痛いだろう。


 気を取り直して、僕は引き続き部屋を調べていた。


 あれから、悪霊(ダスト)の映像は浮かんでこない。 


 身体と意識が強引に隔てられる様な奇妙な感覚は、できればもう味わいたくはない。だが映像が浮かんでくるような強烈な手がかりが見つからないのも、また事実だ。


「……はあ」


 もうずっと部屋を調べている。少し休憩しよう。


 時計を修理するのに使われていたのだろう作業台を背に、僕は例の分厚い本を抱いたまま瞳を閉じた。

 まるで兵隊の足音みたいに、時計の針が鳴っている。


「チック、タック……ティック、タック……」


 秒針の進む音を名前にした兄妹。罪を犯したのは、兄のティック。


 でも、何の罪だろう。彼が日記を書いていたのは布団で、隣では妹のタックがすうすうと寝息を立てていた。


 真面目そうな兄だ。僕がティックの全てを知っているわけではないが、彼が自ら悪い事をするとはどうしても思えない。


「ティックの罪、記されたのは、ベッドの中」


『~♪ ~♪』


 ゲートキーパーが鼻歌を歌っている。この部屋に入ってから、ずっと同じ曲を歌っている気がして、目を閉じたまま僕は尋ねた。


「ゲートキーパー、さっきから何の歌を歌ってるんだ?」


『あれ、知らない? オペラのヘンゼルとグレーテルだよ』


 歌劇の? 知るわけないじゃないか。


 言いかけて、直後僕ははっとした。


 僕は知っている。オペラ、ヘンゼルとグレーテルを以前調べている。


「なんで、僕は……?」


 僕は、興味もない歌を調べた?


 吸い込まれるように、部屋の隅に置かれたベッドの方へ、足が動いた。


 理由はわからないが、僕は以前から、この兄妹の終演を知っていた。

 ティックとタック、ヘンゼルとグレーテル、そして、時計塔。


 頭の中でバラバラになっていたピースが、急速に組み上がっていった。


「確証はない。確証はないが、僕は以前同じことをしたんだ。同じ、バラバラのピースを組み立てようとしていたんだ。だから僕は、歌劇、ヘンゼルとグレーテルを知っていた。だから――」


 曖昧で頼りない僕の記憶が正しいなら、ここにあるはずなんだ。


 布団を剥がし、シーツを捲ると、僕の予想は確信へと変わった。


 あった。ベッドの上には、銀色の懐中時計が隠されていた。


「――なんだ、なんか見つけたのか」


「わっ、森田さん」


 いつの間にか、寝ていたはずの森田さんが僕の横に立っていた。まだ眠いのか、くありと気だるげに欠伸をしている。


「懐中時計です。これはきっと、タックのものです」


「――はあ? 何でお前がそんなの知ってんだよ」


「僕にもわからないんです。でも、どうやら僕は以前からこの兄妹の終演を知っていて、忘れてしまっていた……みたいなんです」


「……」


 そうだ。僕は知っていた。

 だから、思い出さなきゃいけない。


 時計の国で暮らしていた、兄妹のことを。


 ティックが侵した罪のことを、タックが起した災いのことを。


「森田さん」


「何だよ」


「この銀時計はおそらく、終演(エピローグ)の鍵になるものです。悪霊が自分を理解して欲しくて記録を見せるなら、これ以上のものはないと思います。だから、僕が帰ってこない時は、助けてください」


 森田さんはちょっと驚いた顔をしてから、しっかりと頷いた。


「元々あんたの護衛役みたいなもんだ。ちゃんと助けてやっから、行ってこい」


 背中を押す彼女の言葉は、どこか懐かしい響きがあった。


「行ってきます。森田さん」


◆◇◆


 銀時計の蓋を開ける。


 カチリと開いた蓋の中には、夜が閉じ込められていた。


 藍色の空がわっと溢れだし、空も足元も、星がちりばめられていた。


 盤上で針が踊っている。長身と単身は重なり合いながら、不規則に数字を指し示していた。


「ごめんなさい、お兄ちゃん、ごめんなさい。私が、わがままだったから」


 違う、罪は僕にある。罪人は僕1人だけなんだ。


「違うの、お兄ちゃん、私が欲したの」


 ……言わないでくれ。頼む。君が口にすることじゃないんだ。


「私が、お兄ちゃんを欲したの。ゲルトルートに、願ったの」


 ――言うな!!!!


 僕は、ティックは絶叫した。


 罪はここに明かされる。


 僕は、終演を紡がなくてはならない。


「さあ、舞台の準備は整いましたか!? 月が眠りし凍てつく夜!! ここが現世か未来か過去か!! 紡ぎし摩訶不思議な物語は『時計の国のティックとタック!!』みなさん準備はいいですか?」


 どこかで聞いた声が、藍色の空から降ってくると、星空の地面から人の話し声が聞こえてきた。



 黄色の少年「クリック?」

 歓声「クラック!」


ナレーター:こうして青年は、再び舞台に帰ってきた。青年からは、いつかの日の戸惑いが消え、強い光を秘めた青い瞳が、勇猛果敢に観客を睨み付けている。


黒いフードの青年「――紡ぎましょう」


ナレーター:彼は腰についた羽根ペンを引き抜くと、分厚い本を広げ、朗々と物語を語り始めた。時計の国のティックとタック……ティックの罪とは、タックの災いとは如何に。ヒントはお菓子の国の物語。今宵はここまで。待て次回。




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