海岸 ゲートキーパー
気づくと僕は、海岸に立っていた。
磯の匂いとともに、じっとりとした風が髪を揺らしている。
ここがどこなのかわからない。僕は、まるでRPGの回復係が着てそうな服を着ていた。
見上げれば、高い塔が僕の眼前にそびえ立っている。
「舞台は失敗だったね!」
思わず悲鳴を上げると、声の主である黄色のレインコートを着た小さな少年は、僕の顔を見てからからと笑った。
「あっは。ごーめんごめん! あんまりビクビクしてるから、もっと驚かせてやろうと思って! 一応初めまして! 僕はゲートキーパー!! ……ああ、君は自己紹介しなくて大丈夫だよ!!績の兄ちゃん!!」
「舞台……? 君は、なんで僕の名前を……?」
「ははっ!なんでだと思う!?そんなことより兄ちゃん、ここがどこだかさっぱりって感じでしょ!?」
「う、うん」
早口で喋る少年に困惑しながらも、僕は先程までいた場所を必死に思いだそうとしていた。
たしか、学校に行こうとしていた。学校だ。僕は走って、それから――
「あ……」
青ざめる僕の顔を見て、ゲートキーパーと名乗った少年はニヒルな笑みを浮かべた。
「思い出した?そーそー。君は事故に会った。登下校中、信号無視した大型トラック。クラクション……飛び跳ねる身体……途切れる意識……昏睡状態でおねんねしてる」
「じゃあここは……僕の、夢?」
「さあ~ね。でも、はやく覚めないと危ないかもしれないよ?」
両手を合わせ眠りにつくような仕草をしながら、ゲートキーパーは赤い長靴でくるくると僕の周りを歩いていた。
ゲートキーパーが信頼できるかどうかはひとまず置いといて、ここはどうやら夢の中らしかった。
早く目覚めなければ。僕は小一時間、夢から覚めるためにあれこれと試行錯誤をしていた。
オーソドックスに頬を抓ってみたが、痛いだけだ。次に歩き回ってみたが、いくら歩いてもすぐに塔の前に戻ってきてしまう。
どうあがいても帰れない。落胆する僕を見て、ゲートキーパーはどこから取り出したのか大きな林檎飴片手にけらけら笑っていた。
「帰れないね~♪ 帰れないね~♪」
「……楽しんでるだろ。君」
「うん♪ ねえ績の兄ちゃん、ぼく帰る方法知ってるよ?」
「知ってるのか」
だったら何故すぐに教えてくれなかったんだ。
ゲートキーパーは林檎飴を舐めながら、黒い塔を指さした。
「この塔を登ればいいのさ」
「これに……?」
「そう。その名もエピローグタワー!! ネタばらしすると、きみを夢の中に引き留めているのはタワーに住んでる悪霊なんだよね」
「あ、悪霊……!?」
飴を砕きながら、ゲートキーパーは頷いている。彼の話によれば、この塔には数名の「ダスト」と呼ばれる悪霊が住んでいて、そいつらを成仏させない限り僕は目覚めることが出来ないらしい。
「でも、成仏ってどうやってするの? 僕、霊媒師でもなんでもないよ」
「いやいや兄ちゃん、きみじゃなきゃ駄目なんだ。ええっとここら辺に……」
「ちょ……まっ……やめっ……どこを触ってるんだ!!」
「も~。お兄ちゃんか~わいっ。ほら、あったあった」
僕の服に手を突っ込んだゲートキーパーは、どこにしまってあったのか分厚い1冊の本を引っ張り出した。
「これ使って♪」
「これは……」
鮮やかな表紙の分厚い本は、いくら力を込めて開けようとしても、開けることはできなかった。
「あー。無理だよ兄ちゃん。本はダストに反応して開くから。塔の中入らないと」
ゲートキーパーは林檎飴を食べ終えると、ぱちりと指を鳴らすと、閉じていた塔への扉が開いた。
タワーの内部は薄暗く、中に入らなければ全体の様子を捉えることは難しいだろう。怯える僕の後ろでは、扉が動く音に驚いた黒い鳥が、ガアガアと飛び去っていった。
「じゃ、績の兄ちゃん、頑張ってね。あとは多分、階段に座ってねこけてる女の人についてけばなんとかなるだろうから」
「待って、この本どうやって使うの?」
「ふふふーん。バイバーイ♪」
「げ、ゲートキーパー!!!」
戸惑う僕を尻目に、扉は閉ざされた。
(くそっ。一体どうしてこんな目に……)
両腕で大きな本を抱きしめながら、僕は階段を探した。こうなってはもう、登るしかないのだろう。
(そういえば、あの子、どこかで……)
黄色のレインコート、赤い雨靴。ゲートキーパーとは、どこかで会っているような気する。
……思い出せない。せめて顔がわかれば何か思い出せたのかもしれないが、彼はレインコートで器用に目を隠していた。
(仕方ない。ゲートキーパーの言っていた女の人を探そう)
重たい足取りで、僕は慎重に塔の探索を始めた。