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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

えんがちょ囲み 

掲載日:2019/03/18

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共に、この場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 あーあ、今日もようやく仕事が終わったわ。一日中、画面とにらめっこしているせいか、最近は目を閉じると、眼球が勝手にゴロゴロ違和感を出してきて、気持ち悪いもんだ。

 それにしても、今の時代ってひと昔前から考えると、ものすごく不気味な時代になっている気がするぜ。メールにせよ、文書にせよ、LINEにせよ、俺たちは液晶画面から距離を取ることが難しい時代になっている。すなわち、肌の触れ合うことないコミュニケーションというわけだ。

 画面を通して対話している相手が、たとえ自分の部屋で寝っ転がり、尻をぼりぼりかいた不潔な手で、そのままキーボードを打っていても、俺達には把握できない。人殺しを犯した危険人物でも、このパソコン上においては、平等ないち個人だ。

 顔の見えるふれあい。そして、反応。これはコミュニケーション的な意味以外にも、大事なことがあるんじゃないかと思う。

 そう感じた俺の体験談、聞いてみないか?


 俺が小学生くらいの時だった。

 担任の先生が産休でまとまった期間の休みをもらい、新しい先生が俺たちのクラスにやってきた。

 ガタイが大きくて、いかにも体育会系だが、学生時代は理系だったらしい。中学校の教員免許も持っているらしくて、それをアピールしたいのか、たいてい白衣をまとっているのがアイデンティティ。

 その先生なんだけど、しばしば校門前に立ち、挨拶ついでに俺たちと握手することが多かった。当時は小学校の男の先生というだけで人気があったし、スキンシップを取ることに、男女とも抵抗がない人が多かった。

 先生の手は大きくてがっしりしている。握力もものすごく、軽く握られただけで叫んでしまう子もいたっけなあ。俺なんかは純粋に握力勝負を申し込んで、いつか逆に先生をうならせてやる、ってエキスパンダーのトレーニングを始めたクチだったんだけどね。

 

 でも一部の生徒は、俺たち握手組に対して「えんがちょ」してきた。

 知っているよな、えんがちょ? 今時だと、バリヤーと言った方がいいか? 人差し指と中指を絡めながらさ、ばっちいものから距離を取る奴だ。よく、汚いものに触ったりした奴に対して行うが、もともとは、破邪のおまじないらしい。

 それを先生との握手組に向かって行うもんだから、生徒たちの間じゃ、ちょっとした騒ぎになった。先生の名誉の問題もあるだろうが、それ以上に自尊心を傷つけられた気がしちまったからな。えんがちょ連中を追い回してやったのは、一度や二度じゃなかったさ。


 そんなある日のこと。相変わらず先生との握力勝負に燃える俺は、今朝も早めに校門へ。担任の先生はやはり待ち受けていて、さっそく挑戦という段になった。俺は差し出された先生の手を、力いっぱい握る。

 はじめ、先生は文字通りの受け手側。俺にさんざん攻めさせ、それらをすべて受け止めた上で押し返し、俺を降参せしめる。腕相撲の時と同じ、格上だからできる戦法であり、舐めプレイでもあった。

 だからこそ、舐めている間に速攻でケリをつけてやりたく、俺は握力を鍛えてきたんだ。


「む」と先生が、かすかにうめいた。これは今まで一度たりともなかったこと。

「いけるか?と思ったが、もう握力はガス欠寸前。勢いが弱まり出すのを、自分でも感じる。そこを先生が顔色を変えないまま、猛然と反撃してきた。

 ギチッと音を立てて、握りつぶされそうになる俺の右手。ただ押さえつけられるばかりじゃない。手の端にある小指と薬指が、先生の手の圧によって、こすり合わせられながら前後してしまうんだ。

 これが格別に痛い。肉と骨同士が無理やりくっつけられながら、あり得ない動きをしているんだ。神経だってたまったものじゃないだろう。ほどなく、俺は根を上げた。


「今回はなかなかだったぞ。つい、本気になっちゃった」


 まだ痛みの残る手のひらをプラプラさせる俺に、先生が告げる。その先生も右手のあちらこちらを、左手でぐっぐっと指圧していた。

 大人げない行いだったとは思うが、当時の向上心と英雄願望あふれる俺にとっては、なにより先生を追い詰めたことが嬉しかった。「もうちょっとで、先生を倒せる。越えられる」と、前途に光明が差したかのような心地にすらなってくる。

 だが、現実の俺を待っていたのは、激戦を見届けたと思しき連中による「えんがちょ」の猛威だったんだ。


 その日の授業の間、俺は右手に、思うように力を入れることができなかった。見てみると、あのこすり合わせられた小指と薬指の側面はもちろん、手のひらのあちらこちらに走っているだろう血管が、紫色に染まって浮かび上がっていた。見た目通りのダメージで、給食のトレイを持つ時なんか、うっかりそこへ触れようものなら、痛さでバランスを崩しかねないほど。

 大惨事は免れたが、汁ものをいくらか床へこぼしてしまい、拭いている時も「えんがちょ」攻勢にさらされたよ。もう完全に、汚いもの扱いだったな。


 五時間目以降は、俺もこの扱われ方をくどく思うようになっている。みんなと極力、距離を取りながら、帰りのホームルーム。ランドセルをしょってさっさと席を立ったのだけど、どうもおかしい。

 俺の帰り道を、つけてきている奴がいた。学校を出たばかりの時から、俺が歩いていると複数の足音が、ぱたぱたとついてくるんだ。「誰か来るのかな?」と俺が振り返ると、近くの電信柱の中ほどから、赤や黒のランドセルが見え隠れする。


 ――なんとも、へたくそな尾行だぜ。


 俺は構わずに、ずんずん先へと進むが、気配はずっとついてきている。いざ振り返ると、追っ手は物陰に身を潜めるんだが、頭隠して尻隠さず。例によってランドセルの端がのぞくんだ。更には、「えんがちょ」隊であることをしめす、人差し指と中指を絡めた指先が見えることも。

 さすがに何度も繰り返されると、気味が悪い。俺もまっすぐ自宅へ帰ろうとは思わない。学校付近の田んぼの用水路沿いに、家とは反対の方向。時折、寄り道するスーパーや本屋の前を通り、やがては通学路を外れるルートを通って、連中をまこうとしたんだ。

 でも、俺の目論見は、予想の斜め下を行ってしまう。確かにうかつな大きい足跡は聞こえなくなったが、耳を澄ませると、完全に消えたわけじゃない。いざ振り返ってみると、やはり尾行者の影が見えたんだが、今度はランドセルじゃない。

 青色の革ジャン。黄土色のコート。黒色のジーンズの裾……いずれも小学生の俺が身に着けるには大きいもので、追跡者の年齢は明らかに上がっていた。

 それだけじゃなく、顔は見えずとも、腕や足全体がはみ出していることがある。そしてそれらはいずれも、俺の位置からはっきり見えるほど、大きく交差していたんだ。

 追手の身体ばかりじゃない。えんがちょの大きさが増している。聞いた話では、これらの姿勢を交えることで、えんがちょの防ぐ力は、より効力を上げることができる、と。


 見知らぬ大人たちが、そろいもそろって、俺をえんがちょしている。しかも、中途半端に隠れて、あえて俺に見せつけるようにしながら。もしかすると、学校から追っていた連中も、わざとなんじゃ……。

 俺はもう後ろを振り返らず、一目散に逃げ出していた。

 足音はついてくる。俺と同じくらいの速さで。明らかに俺を追いかけている。

 頭の中で家までの逃亡ルートを計算。息が切れ、わき腹が痛くなるのも構わず、全力で逃げ続ける俺。

 家まであと数百メートルまで迫った、ブロック塀の曲がり角。そこから「ぬっ」と出てきた人影と、俺は正面衝突してしまう。

「すいません」と頭を下げたが、すぐさま腕を掴まれる。固い手のひらの皮と、骨がきしみをあげそうな強い握り。出てきたのは、今朝も握力勝負をした担任の先生だ。

 おかしい。帰りの学活の後、先生はこれから職員室へ戻って夜まで仕事だと、前に話してくれたことがあったのに。


「――見たのか?」


 詰問される俺。先生の口の周りは、赤いものでぬらぬらとてかっている。白衣にも、同じ色のはねが、まばらに飛び散っていた。

「見たんだろう?」と先生の握る力が強まり、俺は悲鳴をあげかけたが、その口さえも左手で押さえられる。そのまま皮膚の外側から、頬骨を砕かんとするかのように、どんどん力を入れられて……。


「えんがちょ」


 どこからともなく、声が響いてきた。

 先生はそれを耳ざとく聞きつけると、俺を道路に放り出し「誰だ!」と声を張り上げ、前後左右を見回し始める。


「えんがちょ、えんがちょ」


 声は止まず、四方八方からくる。先生はそちらへ何度も目をやり続けるが、視界に捉えられた様子はない。

 俺の位置からは見える。今まで俺を追い続けてきた、ランドセルやジャンパー、ジーンズたちが、先生の見ていない方向の物陰から姿を現す。そして先生が見ようとすると、ただちに引っ込み、別の方向から姿をのぞかせる。

 ついに先生は、声を追いかけて元来た道へ引っ込んでしまい、その間に俺は逃げ出したんだ。もう、俺の後ろからは足音が追ってくることはなかった。


 俺が家に帰りついてから数時間後。買い物に出た母親が、道中で犬の死体を見たという話をしてくれた。喉笛を握りつぶしたかのようなひどい傷がついていて、道具ではなく素手でやったかのように見えたらしい。

 翌日。下手に休むと怪しまれるかもしれず、何食わぬ顔をするように努めながら、校門へと向かう。いつも立っていた先生は、いなかった。

 俺たちの教室担任はまた代わり、件の先生は学校に姿を見せなくなってしまう。「えんがちょ」をする人も、めっきりいなくなってしまった。ただ、あの時にえんがちょをしてきた誰に聞いても、「そんなことしたっけ?」と、心底、不思議そうな声ばかりが返ってきたよ。俺を追い、先生の気を引いたあいつらも、今に至るまで正体は分からずじまい。

 ただ、俺の右手。あざはすっかりなくなったものの、今でも力を入れると時々、先生に握られた際のような、押しつぶすような痛みが走るんだ。



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