第四話「日常と感情」
二人が運ばれ眠っていたキングサイズのベットに朝日が差し込む。
光が満ち始めたその部屋は小さな二人にはとても広く大きな寝室であった。
しかし部屋中の壁と床に傷がありベット以外には本が積まれたサイドテーブルがあるばかり、広さの割に簡素な部屋でもあった。
「おはようキュウタ!!」
キュウタは日の光と力強く明るいソプラノボイスで目を覚ます。
彼が目を覚ますと眼下には赤毛の少女、アルトがいた。
彼女の薄いドレスは寝ている間にかはだけ、首から肩にかけての肌をおもむろにさらし無防備な姿でいる。
元々17歳の年頃の少年であったキュウタは知り合ったばかりの彼女の姿に不思議な背徳感を感じ赤面する。
「お、おはようアルト」
ぎこちない声で答えたキュウタをアルトは激しく抱き締める。
「ど、どうしたのアルト!?」
「……うん、……朝の挨拶したの久しぶりでね!……嬉しくってね!」
彼女の胸の鼓動が彼の布の肌を通じて伝わってくる。
震えながら彼を抱き締めるアルトにキュウタも落ち着きを得る。
「……僕もだよ、アルト」
彼が眠りに落ちる前に感じた現状への疑念、自身の無力感全て、彼女の存在で塗りつぶされる。
それは彼が彼女の所有物であった人形になったからなのかもしれないが、きっとそれ以上に彼が彼女に近い感情を抱いていたからなのだろう。
暫く抱き締めあった後、アルトは落ち着き話を切り出す。
「沢山寝てて朝になっちゃったね、朝ご飯にしなきゃ」
アルトはキュウタを抱えたまま立ち上がる。
「アルトが自分で準備するかい?」
「うんん、私は出来ないんだけどみんながしてくれるの」
「……みんな?」
キュウタが疑問符を浮かべているとどこからか寝る前に出会った二体の木製の人形達が現れる。
「昨日の娘達だ!?二人は何者なの!?」
キュウタはアルトの腕の中で情けなく警戒心を示すも彼女達は反応を示さない。
「おはようキャシー、ティシー」
アルトが現れた人形に抑揚のない声で声をかけるが反応はない。
「……みんなはしゃべってくれないけど、私のために動いてくれるの」
彼女は寂しそうな顔でキュウタに笑いかける。
「……僕みたいに人形なのに生きているの?」
「……うんん、みんなはもう生きてないよキュウタ。キュウタが特別なの」
キュウタは彼女の言葉にそれ以上聞けなかった。
「とりあえず朝ご飯にするから用意してもらっていい?」
アルトがそういうと二体の人形達はすぐさま動きだす。
「準備が出来るまでにお風呂入ろうか、キュウタ!!」
彼女の言葉を聞いて、キュウタの思考は2秒程停止する。
三秒後に布製の口を開きこう答える。
「……へ?」
「だって昨日入らずに寝ちゃったもん! キュウタも動いてくれるようになったし綺麗に洗濯しないとね!」
彼女の屈託のない笑顔に一瞬言葉を失うキュウタであったが彼の中の人間性がこのままではいけないと警鐘を鳴らす。
「あ、アルト!? ぼ、僕人形だから湯船につけないほうがいいよ!!」
「大丈夫! いつもお風呂にはいる時に一緒に洗濯してるもん!」
「いやいやいやいや」
「……嫌なのキュウタ?」
悲しげな顔をみせるアルトにキュウタは口をつぐむ。
「い、嫌じゃないけど……」
「ならいくよキュウタ!」
彼は彼女のなすがままに連れ去られていくのであった。
【◆◆◆◆◆】
キュウタは意気揚々としたアルトの腕の中で赤面しながらも浴室までの道中でこの場所、アルトの家の様子を見て回ることになる。
まずもってこの場所は一人の女の子が住むには大き過ぎる。
寝室も広々としていたが廊下に出ればもっと広い。
キュウタが人間だった頃の身長でアルトと二人分の身長を足しても到底届かない高さに天井があり掃除が大変そうな天窓が設けられている。
白を基調とした艶のある壁面に幾何学模様の装飾が施され、床一面に赤く豪勢な絨毯がひかれ、全体的に西洋の貴族が住んでいるような豪華な住まいであることが廊下だけで判断出来る。
広さの目安として浴室までの移動にスキップを踏むアルトは10分の時間を必要とした。
ここにきてキュウタはこの場所が少なくとも自分のいた街ではないことに気付く。
「人形になる」という奇妙な体験のせいで気にとめることもなかったが「死者転生の禁術」という怪しい魔術が存在することからここが自分のいた世界と異なる異世界である可能性を考慮し始めるのだった。
そして目につく点としてキュウタはその道中、床や壁、窓の多くが破損していることに気付く。
いくつか直そうとしていた形跡がみられるが、割れたままの窓からそっと生温い風が流れてくる。
あまり気付きたくないが絨毯にも血痕が残っている。
「私に会いに来る人はみんな私のことを殺そうとしてくる」
彼女の発言が嘘でないとキュウタが思い至る程にはその屋敷の傷跡は多くみられた。
「……君はここで何をしてきたんだい?」
アルトの腕の中で彼女に聞こえないよう彼は一人呟いた。
【◆◆◆◆◆】
「ついたよキュウタ!」
浴室に到着したキュウタは言葉を失った。
それは少女と入浴を共にするという少年的期待からくるものではない。
そこは部屋では無かった。
大衆浴場のように広々とした湯船、床面は大理石のように艶のあるタイルで舗装されているものの天井や壁は破壊された後が見られ外の様子がうかがえる。
壊れて空いた穴から日の光が差し込むが屋敷の外はどうにも霧がかっていて遠くまで見渡すことは出来ない。
ようするに瓦礫の中の露天風呂なのだ。
それは「何か」がこの場所で起きたことを明確に暗示していた。
口にはださないがキュウタは確実にその事実を認識し始めていた。
そして未だ聞けずにいる彼女の過去について不安が増していくばかりだった。
自分を必要とする彼女がここで何をしてきたのか、日本で一人学生生活を送っていたキュウタには計り知れずにいた。
「じゃあ綺麗にしようね!キュウタ!!」
アルトは徐にドレスを脱ぎ始める。
彼女の大胆な行動はキュウタの不安を消し飛ばした。
「あ、アルト!?」
「なに、キュウタ?」
「ぼ、僕も一応男だから、別で入ったほうがいいかなって?」
「……? お父さんはいつも一緒に入ってくれたよ?」
「え?」
「一緒に入いろうキュウタ!!」
この時彼はある意味でここが異世界であることを確信するのであった。
◆つづく◆