第三話「隷属と家族」
女の子の人形達は二人に敵意をみせることなく静かに近付いてくる。
キュウタはその人形達に警戒を示すが二体の人形はそれに構うことはない。
それこそ正に意思など持たないかのように機械的に動き瞼を閉じたアルトに近付いてくるのだ。
この時点でキュウタにはこの二体の人形が自分達の味方かどうかわからない。
ここで彼の持つ情報はアルトが一人でここに住んでいること、彼女が呪われているという不明瞭な情報のみだ。
その数少ない情報が彼を不安にさせた。
「私に会いに来る人はみんな私のことを殺そうとしてくる」
彼女が先程言った一言が彼の不安を明確に照らす。
二体の人形がアルトを襲いに来たのだろうと判断したキュウタは抵抗を試みる。
「と、とまれ人形!!」
威嚇のための力ない怒声は全くの無意味、二体の人形の動きは止まらない。
彼女を守ろうと思案した自分とは裏腹に、何も出来ない自分を知る。
それならばと彼は力尽くでの制止を試みる。
彼女の抱擁に抗う術はなかったが、生まれ変わったこの体、今まで出来なかったことも出来るはずだと彼は自身を過信し体当たりを試みる。
「とまれって言ってるだろう!」
結果、キュウタは簡単にふっとばされる。
今回の衝突で久太は改めて人形となった自身の体が人間の頃よりもひ弱で情けないものになったことを悟る。
そのくせどうにもぶつかった部位から痛みを感じる。
人形になったにも関わらず痛覚はしっかり残っているのだ。
「い、痛いぃ……」
キュウタが起き上がった頃には人形達はアルトの傍にいた。
「ま、待ってくれ!」
アルトの身を案じ手を上げ、大きな声を上げ立ち上がるキュウタであったが人形達の不可解な動きをみて、その動きを止める。
人形達は毛布を持ってアルトに被せているのだ。
それはまるで熟練の召使いのように、彼女の眠りを一切さまたげることなく極々自然に、泡立てたメレンゲを生地にふりかけるようにしっとりと、二体の人形はアルトの身を柔らかな薄手の毛布で包んだ。
人形の動きに唖然としながら自分の早合点と無力差を恥じ噛み締めるキュウタ。
「……生まれ変わったけど、……前と変わらないや」
気を落としその場に座り込む。
自分を必要としてくれた彼女の為に生きる。
そう思ったばかりなのに自分はどうにも無力で、そして自分よりも優れた人形が彼女の世話をしている。
折角人形に生まれ変わって誰かに必要とされる、新しい自分になれると意気込んでいたのに、彼女のことも自分の実力の程も微塵にも把握出来ていなかった自身に嫌悪感を抱く。
「お前なんかいらない」
頭を過ぎる過去の記憶。
「……僕は、いらなくなんか……」
彼は言葉を詰まらせる。
そんな彼のことを知ってから知らずかアルトは寝言を漏らす。
「……キュウタ」
彼女の呟きに彼が視線を上げると毛布の中のアルトはもの寂しそうに丸くなって寝ている。
二体の人形達が傍にたっているのにも関わらず、彼女の姿は丸く小さい。
キュウタはこの時、彼女の一言が寝言なのかそうでないのかわからなかったが名乗ったばかりの自分の名を、お気に入りの人形「キュウティ」としてでなく、「キュウタ」という個人として呼ばれたことに幸福を感じたのあった。
「……ありがとう、アルト」
キュウタは再び立ち上がり彼女の元へと寄り添う。
どうして感謝の言葉を述べたか、彼自身理解しきってはいなかったが、目元をこすり彼女にかけよったのだった。
当然、目元をこすった彼の布地の手は乾いた生地を晒すばかりであったが、それを彼が気に止める様子はない。
キュウタは再び彼女の腕の中に戻り、彼女の胸の感触に照れくさくなって背をむけながらではあるが、共に毛布に潜る。
キュウタがその場に戻ると眠っていたアルトは反射的に彼をしっかりと抱き締める。
一瞬彼女が起きているのかと驚くキュウタであったが再び耳元で聞く彼女の寝息に安心し警戒心を解く。
毛布を持って来た二体の人形達、どこだかわからないこの場所のこと、自分自身の姿のこと、そしてなにより彼女、アルト・ベルトバーンの抱えるもの、わからないことしかないが彼女の寝息を聞いているとどうにでもよくなる、キュウタはそう思った。
わからないことはまた彼女が起きてから聞こう、彼もそう思い意識を遠のかせる。
人形の姿こそしているがキュウタの意識は人間の頃と変わらず睡眠を求めていた。
眠りかけたキュウタの身に優しい衝撃を感じる。
先程の女の子の人形二人組が二人係でアルトとキュウタを毛布ごと抱えているのだ。
意識が遠のきぼーとしているキュウタは毛布から顔をだし人形を再度みるが相変わらず無表情で無感情な顔をしていた。
人形達は毛布ごと二人を抱えるとそのまま部屋から二人を連れ出す。
キュウタはぼやけた意識の中で人形達をみていたがそのかいあってかいつの間にかふかふかのキングサイズのベットまで毛布ごと移動されていた。
それにきづいたころにはキュウタとアルトの二人は静かに眠りについていた。
◆つづく◆