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第一話「人形と少女」

挿絵(By みてみん)




「……うぅ」


 宮ノ森久太(きゅうた)は意識を取り戻し声をあげる。


 そこは薄暗くひんやりとした空気が肌を伝う、どこかの地下室のようだった。

 大理石のようなつやのある床に手をあてて体を起こす。


 しかし彼が現状を理解するよりも先に彼の体を柔らかな感触が伝う。




「やった!! 成功したんだ!! お父さん!!」




 目の前にいた少女は目覚めたばかりの彼に激しい抱擁(ほうよう)をよせる。

 もう離すまいとする彼女の腕が彼の体を圧迫し、押しつぶす。




「ちょ、ちょっと待って! な、なんなんだよ!」




 目覚めたばかりで思考がまとまらず息苦しさに動揺した彼は腕をばたつかせ抵抗する。


「お父さん!! もう離さないから!!」


 しかし彼女は聞く耳を持たず彼を抱き締め続ける。

 抵抗を図るも少年よりも大きな彼女に圧倒されるばかりであった。


 抵抗が無駄だと悟って宮ノ森久太(きゅうた)は改めて現状把握につとめる。

 自分より強い力に対して余計な抵抗が無意味であることを敵対する同級生のおかげで彼は人並み外れて理解していた。


 彼はごくごく冷静に自分の置かれた現状を観察する。


 まず彼の眼下には紫生地の二つのふくらみ、頬に触れるそれはとても柔らかい。

 匂いは感じないが生地越しに人肌を感じる。


 続いて見上げれば涙ながらに笑顔を向ける少女の顔があった。

 赤みがかった白肌を包み込む様に異様に伸びた赤毛が特徴的だ。

 その髪は彼女の背丈以上に長く、グリム童話「ラプンツェル」を連想させる

 涙で表情が崩れているがハーフのように整った可愛らしい顔立ちをしている。

 いわゆる美少女である。


 少年を真っ直ぐに見つめ、笑顔で抱きしめ続ける少女。

 彼は自分に向けられた笑顔を見たのは久々だった。


 同時に彼は自分が彼女の胸の中に埋められていることを理解し急激な羞恥心を覚える。




 親しい女友達のいない彼にとって美少女との抱擁(ほうよう)は耐え難く刺激的な展開だったのだ。






「ぬ、ぬぅあああああああああ!」






 体を必死にくねらせてその腕から脱出する。

 その体はいつも以上にしなやかに動き、力を入れずするりと抜けることが出来た。




「な、なんなんだよあんたは! いきなり抱きついてきて!!」




 少年は声を荒げ再度自己主張を試みる。


「え、どうしたのお父さん?」


 少女は彼の抵抗に啞然とし、腕をおろす。

 彼女に声が届くことを理解した彼は次第に冷静さを取り戻し、先程の抱擁(ほうよう)の中での気付きを言葉にする。




「一体ここはどこなんだ! 僕は電車にひかれたんじゃないのか!


 そして君は誰なんだ! い、いきなり抱きしめてきてなんなんだ!


 そもそも父さんってなんだ! 僕は子供がいるような年齢じゃない!」






「……え?」


 突然の彼の質問に戸惑う少女。

 それに構うことなく彼は話を続ける。




「僕は久太(きゅうた)だ! 君のお父さんじゃない! 人違いなんだ!!」






「……え? ……お父さんじゃないの?」


 彼の一言に彼女は膝をついて倒れる。






「……失敗した」




「……ぐすっ」






「……しっぱひしひゃった」



 彼女は再び泣き始め体を丸め、その全身が髪に包まれる。


 震える体はその毛髪とかみ合い毛深い老犬のように力なくうごめいていた。




「……あ、ご、ごめん。 泣かせるつもりは」


 彼は彼女の衰弱具合に気を落とし、彼女に近付く。




 一歩一歩彼女に近付く毎に自身の体の違和感に気付く。




 歩み寄ろうと腕を振る度にいつもよりも大きな反動がきて、足を前に運ぼうとするたびにいつもよりも足が進まないことに気付く。


 おかしいことに気付いた彼は自身の両手を見る。






 そこには見慣れた五本指の肌色の手はなく()()()()()()()()()()()があるばかりだった。


 腕だけではなくお腹も丸く()()ぎだらけの粗末な体になっている。

 腹を腕でさすれば彼はそれぞれに感触を感じる。

 丸い腕を使って頬を摘まめば痛みを感じる。




 少年は触れるたびに間違いなくこの布の体が今の自分の体である事を感覚を持って知る。




 それを知るごとに抱きしめられた際に感じた少女との身長差、力の差を思い出し自分の姿が変わってしまったことを理解していく。






「……ぼ、僕の体はど、どうなってるんだ?」






 自身の姿に気付きうろたえる少年にうずくまった少女は答える。




「私がいけないの……、寂しかったから……


 私がお父さんの……、本棚にあった禁術を使おうとしたのがいけないの……」




「……禁術?」




「……死者転生の禁術、……大事なものを生贄にって、……書いてたから、お母さんから貰った大事な人形の……、キュウティを使ったのに」


「……キュウティ?」


「……私のせいだ、……私がお利口じゃないから」






「……」






 うずくまる少女の言葉を聞いて少年は考える。


 つい先ほどまで駅のホームにいたはずの自分が今ここにいる。

 少女は死者転生の術という怪しい手段で大事な人形を使って父親を生き返らせようとしていた。


 少年には自身が電車に吹き飛ばされ意識を失った瞬間の記憶が残っていた。

 そして今自身の手が、体がかつての自分のものでないことも体をもって理解しきっていた。




 これらのことから、彼は自分が目の前の少女の人形に生まれ変わったという奇怪な事実を受け入れた。




 彼の場合自分の体が変わってしまったことに対して悲観的、ではなかった。




 彼は変わりたかったからだ!



 周囲に蔑まれる自分から誰かに必要とされる自分に!




 自分を放って、勝手に死んだ父と違って誰かを守れる自分になりたかったからだ!!




 そして今、目の前にいる少女は「お父さん」を求め泣き続ける。






「……大丈夫?」


 彼は彼女に声を掛ける。


 彼女は顔を伏せたまま首を横に振る。


 彼は彼女の頭に近寄り、その髪を撫でる。

 先程まで臆病だった少年がそう動いたのは自分が人形になったことを悟り、人間だった頃の羞恥心が薄れたからであり、それでいてそうするのが自然と感覚的に理解したためだ。

 それは彼の体が彼女が肌身離さず握っていたものだったからかもしれない。


 彼女の長く伸びた赤毛をなでると少しごわごわとするものの柔らかな感触の奥に生き物の温かさを感じる。


 彼は無心になって彼女の頭を撫でた。


 少しばかり撫でていると彼女も落ち着いたのか顔を上げ彼を見る。

 泣き続けた瞼は赤く腫れ上がり、整った顔立ちを酷く崩れた顔にしていた。


 しかしその瞳は確かに彼を見ていた。




 彼女と目が合う三度目のこの瞬間、彼は言う。




「君は僕を……、いや、ちがう。 僕には君が必要だ!」


 彼が口にしたその言葉は生前彼が求めた言葉だった。


 少女は答える。




「……うん」




 その二文字がどうしようもなく彼には心地が良かった。

 自分を受け入れてくれる確かな存在が目の前にいるという実感を彼は初めて味わった。


 生まれ変わった宮ノ森久太(きゅうた)はこの時思う。




 生まれ変わったこの命、彼女のために使おうと。




◆つづく◆


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