人間の振りをする魔族
こういう童話があってもいいと思う。
とある小さな村に、人間のふりをして暮らしている、物好きな魔族の青年がいました。青年は村人たちの服を繕って生計を立てている、村唯一の仕立屋さんでした。彼は持ち前の手先の器用さで、服以外にも素人目にはわからない細かい機械の修理などもでき、半ば「何でも屋さん」というような慕われ方をしていました。
さて、この青年はとても優しい性格で、人から頼られ、また彼も人に頼られることを好みました。
ある時青年は、長老から「村を脅かす魔物が増えてきていて、狩りや採集の時におっかない」と話を持ちかけられます。青年はこんな性格なのでもちろん、「僕に何かできることはないでしょうか」と、この問題を解決したいと言うのでした。すると長老は、「この村唯一の、魔物に対抗できる聖剣がある。これを用いて、迷惑な魔物どもを片付けてきてはくれまいか」と青年に頼みました。
青年は困りました。魔族である彼が聖剣なんて使えば、生命力を全て吸い取られ自滅してしまいます。
しかし、魔物退治なんてできる若者など、この村には彼くらいしかいないのもまた事実、彼は結局魔物退治を引き受けました。
彼は聖剣持っていかないのを不審がられるのも嫌だったので、仕方なく布でぐるぐる巻きにして触れないように担ぎ、魔物退治へと向かいました。
魔物が増えていると言われた森に着き、魔物を追い払うために強くて恐ろしい魔族の姿になりました。
「さあ出てこい小悪党ども。僕が追い払ってやろう」
物音がして、何かが茂みからたくさん出てきました。青年は我が目を疑いました。そこに居たのは、目の色を変えて青年にクワやらカマ、ヤリを向けた、また、石を投げてくる、今まで自らをあんなにも慕ってくれていた村人達だったのです。青年は嵌められたのです。
長老が奥から出てきて、「お前が魔族であるという証言は今までに何件か寄せられていた。魔物などいないのだ。聖剣を持たせたのは保険のためだったが、そんな風に簀巻きにしているようでは、お前はよほどそれが恐ろしくてたまらんのだろう。なあ、おぞましく、醜い魔族よ」と言い放ちました。
青年は悲しくてたまりませんでした。人間は所詮魔族だというだけでこうも態度を変えられてしまうものなのかと、今まで自分を頼ってくれて、「ありがとう」と言ってくれて嬉しかった気持ちはなんだったのだろうと、そう考えると自然と涙がぽろぽろとこぼれてきました。村人の一人が「ぎゃはは、見ろよあれ、泣いてやがる。魔族にも涙腺があったとはお笑いものだ」と下卑た笑いとともにこぼしました。青年の心には、とうとう亀裂が入りました。
「ああ、君は、確かこわれた懐中時計を持ってきたひとだったね。父の形見で、下手に触るともっとひどいことになるから、僕のところに持ってきたんだっけ」青年の言葉はいつの間にか心の中から外へ溢れ出してきました。
「なおった懐中時計をみた時の君の顔、すごく、うれしそうで、こっちもすごくうれしくてさ、でも、」青年は男の胸倉を掴んで殴るだけのつもりが、頭ごと跳ね飛ばしてしまいました。
青年はまるでうわ言のように、
「ああ、そんな顔、みたくなかったなあ」
「僕、みんなのそんな、こわいかお、みたくないなあ」
と、ぶつぶつ呟きながら、次々に恐怖へと変わっていく村人たちの顔を引きはがしました。
「ああ、そうか。ごめんね、みんな。僕のせいなんだよね。こんなにこわいかおさせちゃって、こんなこわいものを、持たせちゃって。今楽にするから。」
青年はやがて、村人全員の頭をはね終わりました。彼の中には、ただ、激しい憎悪と、罪悪感と、そしてだだっ広い
虚無感だけが渦巻いていました。そして青年はとうとう魔族としての本能に身を任せ、あるいはその心のひび割れを埋めるため、おもむろに周りに散らばった人間を貪り始めました。脳髄から骨の中まで、ただ一つの肉片も残さず。長い間満たされなかった食欲が満たされていく感覚に、青年は次第に幸せな気持ちになりました。そう、まるで村にいた時のような幸せに満ち満ちた気持ちに。やがて、青年は眠くなり、そしてそのまま寝てしまいました。
ある魔族の青年が目を覚ますと、そこは見知らぬ森でした。周りにはなぜか不気味さを感じるほど何もありませんでした。そして、自分が今まで何をしてきたのかもよくわかりませんでした。ただ、不思議と青年には心が洗われたような前向きな気持ちがあって、今、何をすべきか、どう生きるべきかが何となくわかるような感じがしています。
彼はこう独り言を言いました。
「僕には、ほかの魔族のように人を食べるなんて恐ろしい真似は似合わない。そうだ、いっそ人と共に暮らすなんてどうだろう」
もちろん返事などどこからも帰ってきません。でも、言葉にすると、青年にはよりしっくりとくるようでした。
「まずは住む場所かな。小さな村でのんびり過ごすのとか、いいなあ」
青年はゆっくりと、歩き出しました。
初投稿です。目を留めていただいてありがとうございます。