人形屋 その2 ある美女の話
人は知識を欲する生き物だ。
生きる過程でこれほど 知る という行為が日常的に行われる生物を僕は他には知らない。
飽くなき探求。それは、昔も今も続いていく。
何故、天地は変転するのか。
世界とは何なのか。
生き物とは何なのか。
そして、
私たちは何者なのだろうか。 と。
僕にとって人形とは、人間のそのような本質を表した象徴なのかもしれない。そう、僕たちの欲望にも似た貪欲な探究心からできた、知識の集大成。
僕たちと似て非なる存在。
似ているだけで決して同一視される事はない失敗作。
時に思うのだ。もし、もし僕たちが僕たち自身を知り、僕たち自身でヒトというものを創り出せる時が来た時。
その先に何があるのだろうか、と。
最後のピースをヒトが知った時。起こるのは破滅か再生か。ヒトという生き物の行き着く最後を見たいと思う。
それは、僕の欲望。
カティエの街にはおしゃれなバーが幾つかある。
とりわけ、このlonely L という酒場は仕事がない日によく来る行きつけだったりする。
今では、珍しい人間のバーテンダーが作ってくれるカクテルは格別だ。
「で、レディ・リコリス。調子はどうだい?」
注文した酒を一口味わって、一緒に来た妖艶な赤毛の美女に声をかける。彼女は艶めいた仕草で肩を竦めて笑う。
「特に変わってないわ。いつも通りって感じかしらね。あ、マスター、ワタシにウィスキー ロックで 」
「畏まりました 」
老いた紳士が静かに一礼をする。カランと涼やかな音を立てて注がれる黄金の液体をぼうっと見つめながら彼女はつぶやく。
「ワタシは美しいのが好き。だから美しいままでいるためには何でもやるわ 」
「そうか... 」
「ええ。だからこれでいいのよ 」
ーーーそう、例えそれが悪魔に魂を売るような行いであっても。
いつか、彼女と出会った時の会話がふと聞こえた気がした。
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しとしとと降り止まぬ雨が降る夜。
僕とメイドのファルシュはいつものように仕事場で書類を仕分けていた。
「ありがとう 」
「いえ 」
わざわざ用意してくれたのだろう。淹れたての紅茶の香りがふわりと漂う。書類から目を上げて彼女を見れば、いつもと変わらぬ無表情さで資料をまとめていた。。
唐突に、トントントンと三回ドアを叩く音が暗い倉庫の中に響いた。何時もの事なのだが.....聞こえにくい。
席を立った僕の斜め後ろに彼女は静かにたった。
「さて、仕事だ。用意を 」
「はい 」
用意するのは道を照らすためのランプだけ。
襟元を正し、お客様を迎えに行く。
何時ものように、笑みを浮かべて客を迎える。
ただ、それだけのはずだったのだが、今回は一風変わったお客らしく気づかれない程度に息を飲む。
「やあ、お客さん。いらっしゃい 。ようこそ人形屋へ 」
笑みという仮面をかぶって扉の向こうに目を向ければ、そこに立っていたのは赤を纏った目を見張るような美しい女。
彼女は、笑みを浮かべて言う、あら、噂は本当だったのね、と。
「ワタシのカラダを人形にしてちょうだい 」
唐突に彼女はそう言って笑った。
「噂には聞いたことがある。歓楽街にいる娼婦で最も美しい女 。彼女の名前はレディ・リコリスと言ったかな。」
「あら、これは光栄ね。天下の闇商人様に知っていてもらえるなんて 」
そう言って艶めいた笑みを浮かべる彼女は本当に美しい。しっとりと雨に濡れた深紅の髪がランプの光に輝いて、深い葡萄酒色の瞳が楽しげに煌めく。
だからこそ疑問だ。
カラダを人形にする者は確かに数人いた。だが彼らの目的は、確か、後ろ暗い影を引きずるものだったはずだ。
「富も美貌も、その気であれば名誉だってさえ手に入れられる貴女が何故そう願うのか疑問なだけだよ 」
ただ単純に興味がわいただけさ。
そう言って僕は笑う。単なる、闇商人の道楽さ、教えたくないなら構わない。そう言って手をひらひらと降れば彼女は、ころころと鈴を転がすように笑う。
「あら、商人さんもとんだ悪趣味ね。まあ、別に隠すようなことはないから教えてあげる 」
ワタシはね、永遠が欲しいのよ。そう、例えそれが悪魔に魂を売るような行いであっても。
囁いた彼女の瞳はどこか危うげに煌めいた。
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依頼は、人体の完全な人形化。
有機機械技術。そして、禁忌の最奥と云われる、脳の神経ニューロンの完全データー化。それら、最も先端でありながら、もっとも忌まわしき技術の末に【彼女】はここにいる。
そう、今ここにいる彼女は_____深紅の髪も、葡萄酒色の瞳も、酒で赤くなったように演出された白い肌も、すべてニセモノ。
「たまにね、思うのよ。いいえ、思うって言っていいのかしら? まあいいわ。」
ワタシはワタシなのかって。
寂しげな声音に反して、手に持ったグラスを見つめる瞳は何処か楽しげだ。
「そうか 」
「ええ、そうだったのよ。だからいいの 」
「そうか 」
あの日から、2年。彼女は変わらず夜の街の女王として君臨していた。生体人形は脆い。時たまメンテナンスが必要なほどに。それに、いつお上にバレて逮捕いや、捕獲されるかもしれないというのに。
「だからね。リュシル 」
ありがとうとでも言っておくわ。そう言って赤の女王は笑んだ。
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「おかえりなさいませ、リュシル 」
「ああ、ただいま 」
無表情な美人メイドは静かに一礼する。
「何か、問題でもありましたか?」
無表情にこちらを見つめる冥土いや....ファルシュが珍しく、僕に何かを聞いてきた。
「おや?なんでそう思ったんだい?」
「はい、口角がいつもの帰宅時よりも1度ほど上にありましたので 」
「......あ、ああ、そうか 」
相も変わらず無愛想な無表情でこちらを見つめ続ける人工知能冥土は、まだまだ人心を介さないらしい。ちょっとだけ、落胆のため息を吐いて、それ以上の喜びの笑みを浮かべた。
「なに、1人の人間が選んだ道はハッピーエンドで終わりそうだと思っただけさ 」
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これは、ただの噂だ。
町はずれにあるクラウン人形販売会社。
真夜中の2時に会社の倉庫の門を三回たたくんだ。きっと、不思議な青年と美しいメイドの少女が出迎えてくれるだろう。
そこで売られているのは精巧な人形。彼らはキミが望んだ容姿、望んだ性格で素晴らしい人形を提供してくれるだろう。
ただ、忘れてはいけないよ。道を決めるのはキミ次第。道の先にあるのが、ハッピーエンドかバットエンドになるのかもキミ次第。
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