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01.失望とあたたかな記憶

『決められた婚約者企画』参加作品です。

自分の好きな婚約者要素をこれでもかと詰め込みました。

よろしくお願いします!



 一方的に決められた婚姻だった。

 それでも、私なりに、円満な夫婦関係を築く努力をするつもりだった。

 彼のことは嫌いではない。むしろ好ましいとすら思っていたから。

 きっと……好きになれるだろうと、思っていたのに。





「君にとっては不本意な婚姻だろう。僕は君を縛るつもりはない。好きなことをしてくれてかまわない」


 聞いたことのない平坦な声からは、なんの感情も読みとれない。

 真夜中の暗闇のような漆黒の髪。本当に血が通っているんだろうかと疑いたくなるほど白い肌。

 特に目を引くのは、女神が地上に隠した宝玉のように、鮮やかに輝くあかい瞳。

 宝石とは冷たいものなのだと、そんな当たり前のことを実感してしまうような視線に、心が熱を失っていく。


「他に好きな人ができたなら……外交問題に発展してしまうから離婚はできないが、最大限、君によいように取り計らおう。世継ぎだって、親類から養子を取ることだってできる。君は何も気にしなくていい」


 一見私を気遣うような言葉を選んで、子どももいらない、と彼は言う。

 つまり、本来なら王妃として最大の務めである夜の営みすら、求められてはいないということ。

 普通ならそんなことは許されないだろうけれど、ここは人の理から外れた国。国主である彼がそうすると言うのなら、きっとまかり通ってしまうのだろう。

 彼にとって、私は、必要のない存在なのだ。


「陛下のお考えはよくわかりました」


 思っていた以上に硬質な声が出た。

 前で組んだ手が小刻みに震えている。

 怒りと、悲しみと、失望ゆえに。


「……優しいリーはもういないのね」


 小さく、小さくつぶやいた声が、彼の耳に届いたかはわからない。

 無作法だと知りながらも、私は陛下が口を開くより前にその場を辞した。

 彼の声が私を追いかけてくることはなかった。

 私の態度に怒った彼に、その爪で引き裂かれたって、その牙で噛み千切られたってかまわなかったのに。

 所詮、彼にとって、私はその程度の存在なのだと。

 気にかける価値もないのだと、思い知らされたような気がした。



 恋や愛を育めるほど、お互いのことを知っているわけではない。

 顔を合わせる機会は年に一回きりだったし、最後に言葉を交わしたのはもう四年も前になる。

 あまり仲の良くない隣り合った国。リヨン殿下からのたっての願いで婚約が成立したのは、私がわずか四歳のときのこと。

 最初から、何も期待するべきではなかったのかもしれない。


 けれど、たしかに彼は言ったのに。

 君はしあわせになるよ、と。

 それは、あなたがしあわせにしてくれる、ということではなかったの……?



  * * * *



 ハーブと観光資源くらいしかない小国、シエル王国。私はそこの第二王女として生を受けた。

 シエル王国と隣国クルイークは、申し訳程度に交流があるだけで、元からあまり仲はよくなかった。

 それというのも、かの国は人ならざる者の国。民の過半数が魔族であり、その頂点に立つ王の血筋は吸血族という、一癖も二癖もある国だった。

 遠い昔、人ならざる者は冷遇され迫害され、彼らは支え合って国を作った。そうしてできた魔族中心の国が今もそこかしこに点在していた。

 リヨン陛下の治めるクルイーク王国は、その中でも特に力を持った国で、長く善政を敷かれているという評判も手伝い、他の国から移住する魔族も多くいるという。

 混血化の進んだ昨今、ほとんどの魔族は人の姿を取ることができ、昔ほど差別意識は強くない。盤石と言っていいクルイーク王国と外交関係にある国は多い。そこには、希有な力は排除するよりも利用したほうが役立つという、打算的な思惑もあるだろう。

 とはいえ、垣根がすべて取り払われたわけではなく、強大な力を持つ吸血族への畏怖と忌避感が、交流の妨げになっていた。


 私は四歳のとき、命が危ぶまれるほどの大熱を出した。

 御典医すらも匙を投げた原因不明の病。その熱を下げる薬を用意してくれたのが、当時十二歳だった、リヨン王太子殿下だった。

 賢君と呼ばれながらも子煩悩な私の父は、もちろん涙を流して感謝したのだけれど、リヨン殿下が対価として示した要求に、大いに頭を悩ませる羽目になった。

 それが、第二王女フィオレア……つまり私を、嫁によこせというものだった。


 正直、その頃の記憶は熱のせいもあってかひどくあいまいで、気づけばリヨン殿下との婚約が成立していたという印象が強い。

 魔族の国にかわいい娘をやるなんて、と父王は散々渋っていたようだけれど、娘の命の恩人の願いを無下にするわけにもいかない。

 何より、軍事力に心許ないシエル王国が、武の国とも称されるクルイーク王国の庇護を得られるまたとない機会を、一国の主として逃せなかったんだろう。

 すまないね、と謝られた回数はゆうに百を越えるだろう。私の意思を挟む余地がなかったことを、父は今でも後悔しているらしい。



「ご機嫌いかがですか、フィオレア姫」

「お久しぶりです、リヨン殿下。今日はとても調子がいいんです。よければ一緒に庭園のお花を見に行きませんか」

「会わない間にずいぶんと美しくなったね。絵姿は見せてもらっていたけれど、本物の輝きまでは描き写せないようだ。かわいいレディをエスコートする権利を僕に与えてくれるかな」


 とはいえ、私とリヨン殿下は、周囲の心配もよそに比較的友好な関係を結んでいた。

 年に一度、彼がシエル王国に滞在する数日間くらいしか顔を合わせることはなく、毎回『久しぶり』状態ではあったものの、定期的に手紙を送りあい、交友を深めていた。

 年の差のせいもあり、兄と妹のような気安さが、知り合いよりはもう少しだけ近しい程度の微妙な距離感の中で成立していた。

 原因不明の大熱以降、体調を崩しがちな私をリヨン殿下はとても心配してくれて、本国でも貴重らしい薬を私のためにとわざわざ持ってきてくれる。

 取り扱いに厳重な注意を払わなければいけないらしく、自分の手で運ばなければ安心できないのだという。

 実際、彼の持ってきてくれた薬はよく効き、それのおかげで今の今まで生きながらえていると言っても大げさではないだろう。


「姫、元気なのはいいことだけれど、石畳の上で飛び跳ねては危険だ。ほら、手をこちらに」

「ありがとうございます。リヨン殿下の手は大きいですね」


 私の手を包み込む殿下の手は、もう大人のそれだった。

 あれはたしか、リヨン殿下が十八歳のときのこと。

 とっくに成人した彼にとって、十歳の婚約者はどれだけ幼く見えていただろうか。

 呆れることもなく、面倒がることもなく、リヨン殿下は常に穏やかな、優しい瞳で私を見守ってくれていた。


「今はバラが見頃なんです。今朝、咲いたばかりの赤バラを侍女が花瓶に活けてくれました」

「きちんと棘は取ってもらった? きれいだからと迂闊に手を伸ばせば、傷つけられてしまうかもしれない」

「殿下は心配症ですね。庭師も侍女もしっかり確認してくれましたから、大丈夫です」


 部屋で過ごすことの多い私のために、庭師も侍女もあれこれと嗜好を凝らしてくれる。

 リヨン殿下に負けず劣らず、私の周囲には過保護な人ばかりだから、万が一にも血を見るようなことにはならない。

 貧血でも起こして倒れてしまえば、またみんなに心配をかけるだろう。

 多少窮屈に感じることもあるけれど、自分のためを思ってくれているのだとわかっているから、私も無茶をしようという気は起きなかった。


「ああ、フィレアの花もまだ咲いているね。今年はもう見れないかと思っていた」


 庭園を歩いていると、真っ白い花が広がる一画までやってきた。

 少し奥まったところにあるこの場所は、私の部屋の窓からも見える場所に位置している。

 初春から夏の始まりまで咲き続けるその花は、小さくか弱い印象とは正反対の生命力の強さから、長くこの国で親しまれている。

 気候の違いか土壌の違いか、クルイークでは見ない花らしく、リヨン殿下はこちらでこの花を見るのを楽しみにしているようだった。


「まだまだですよ。今年は気候の変化が穏やかなので、殿下の滞在中はずっと咲いているんじゃないでしょうか」

「それはうれしいな。僕はバラよりもフィレアのほうが好きだから。可憐で、清楚で……そうか、まるで姫のようだね」

「ありがとうございます。リヨン殿下がそう言ってくださるなら、少しは両親の期待に応えられているのでしょうか」


『フィレアの花のように健やかに育ってほしい』

 シエル王国では、そんな意味を込めて花の名に近い名前をつけることは少なくない。

 病がちな私は、お世辞にも健やかとは言いがたい。心配をかけてばかりで心苦しく思っていたから、似ていると言ってもらえて少しだけ許されたような気になった。

 複雑な気持ちで見ていたフィレアの花を、これからはリヨン殿下がその花を見るような、優しい目で見ることができるかもしれない。


「フィオレア姫は立派な王女だよ、僕が保証する」


 握られた手に、わずかに力がこもる。

 向けられるまなざしはあたたかく、どこまでも真摯で。

 彼がただ私を慰めるためだけにおためごかしを言っているわけではないとわかった。

 やさしい、やさしいリヨン殿下。

 私はそんなリヨン殿下にふさわしい婚約者でありたい。

 いつの頃からか思い出せないほど自然に、そんな願いを抱いていた。

 恐ろしい力を持つ吸血族だとか、私にとっては関係がなかった。


 紅の瞳を、血の色だとささやく声は王宮には多かった。

 私はどうしてそれを怖がるのかがわからなかった。

 血の色は、生命の色だ。日々を精いっぱい生きている尊いいのちの色。

 何よりも美しい人の営みを、神が宝石にして彼の瞳に埋め込んだのかもしれない。

 そう思えるほどに、彼の瞳は、ぬくもりを持っていたのだ。

 あの頃の、彼は。





「……とても、お優しかったのに」


 用意された部屋に戻ってきた私は、きゅっと手を握り込む。

 先ほどの、温度を感じさせない瞳を思い返す。

 四年前まで、当たり前のように向けられていたあたたかなまなざし。

 ほんのわずかにも、過去と重なることはなかった。

 月日が、彼を変えてしまったのだろうか。



 それとも、変わったのは彼ではなく、私と彼との関係だろうか。







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