世界を嫌ったアイツと俺たちの秋休み
作者の前作であり同シリーズ「秋休みシリーズ」を読むことを推奨します。
読んでいない方用登場人物説明
主人公:変人。腹部にダイナマイト縫い付けたりする
中性:性別不明 謎深し かつて世界を半分滅ぼしている
友人たち:個性的だが登場しないモブ
やってしまった。
気付いた時にすべてはもう、手遅れなのである。
肩を越えようかというところで揃えられた黒髪に、か細い肩。手を加えたら消えてなくなってしまいそうな儚い体躯。それがアイツ、中性だった。
俺の友であり、ライバルであり、敵であり、どうでもいい存在である。
誰にもとらえられないような奴だった。ついこの間は世界を半分壊していたし、間違ってもこちらがそんな心配をするような奴ではなかった。むしろこちらが心配される側だろう。ごく一般的な存在である俺は、そんな奴らに守られるのが世間様の常識である。
さて、そんな俺だが、さきほど重大な失敗を犯してしまった。
いつものように中性につれられ、久しぶりに秘密基地にでも遊びに行こうとしていた時のことだ。
普段は周囲に警戒の目を光らせている中性は、飛び込んできた車も俺を助けながら回避するのだが、何を思ったか俺は中性に悪戯を決行することにした。その内容は、『飛び込んできた車を避けるふりをして中性を押し倒し、意味深長なほほ笑みをしたあと何ごとともなかったかのように妖しくほほ笑むこと』だ。
なお、これはいたずらなので当然何の意味もない。
満を持して赤信号の目の前で作戦を実行したところ、中性は俺に押し倒された途端顔を真っ赤に染めた。そう言えば何故かコイツは俺との距離が近くなると必ず頬を染めていた。実に気持ちが悪い。
そして、中性の背後をベンツが通り過ぎようとしていたが、急ブレーキをかけとまり、こちらに車体を向けてきた。すぐに中性をかかえ起こし、身を引こうとする。何とかジープの長い車体からは逃れられたが、次は空からヘリコプターの旋回する音が聞こえた。薄目を開けて確認すると、ヘリコプターから黒い防護服のようなものを纏った人たちがワイヤーに身を任せ飛び込んでくるのがわかった。近くのビル陰に走って飛び込むと、今度はビルからメキメキと嫌な音が発せられる。
安心できる場所もないねと中性は笑っていた気がする。
その時だった。
ヒュンッと中性が消えた。
反射的に一歩後ろへ飛ぶ。
忽然と消失した中性の足元は綺麗に抜け落ちていた。
マンホールはどこかへ消えてしまっていた。
それが俺の失敗であり、唯一の今回の後悔であった。
ここまでわずか数秒。こちらの手の届かな範囲で上手い具合にやられた。目の前で人がとられるのは、俺のプライドを刺激する。やり返そう。仕返しだ。
じゃあ、考えよう。
犯人は誰だ。誰ならここまで大規模な犯行を実現できる?
誰なら俺たちの行動をここまで読めた?
どのような目的で中性を狙った?
並大抵の人間が持つにはありえない資金力と人脈。
尾行、盗聴のみではわからない今日の予定。
こちらの対処をあざ笑うかのようにちりばめられた伏線。
不明な犯行動機。
考えろ、俺。
二年前の秘密基地。友人と中性に弄ばれた。
去年の中性に監禁されたとき。俺たちの仲は深まった。
そうだ、こんなことをやるようなやつらなんてほとんどいない。
本気で中性を手に入れたいならもっと効率的で、確実な方法がある。
それをしなかったのは、犯人は中性にその手の類が一切効かないと知っていたから
じゃあ、それを知っているのは。
犯人は、友人たちだ。
あくまで推測の域を出ないが、この可能性がもっとも高いだろう。
俺はなにをするのが正解になるのだろうか。
この謎を解いて犯人に説く? いや、答えは一つだ。
中性を探し当てる。
まずは中性の家に行こう。そこがいる可能性が高いだろう。
あれ、中性の家ってどこだ。
紙の切れ端を辿りながらなんとか、中性の家までたどり着いた。
表札にかかれている手書きの「夜鳥」の文字を横目に、この時代には珍しい木製の扉をノックする、
コンコン。
狐のなくような、とまではいかないが、そこそこ高い音が響いた。十分ほどすると、縄梯子が下ろされてきた。それが合図だとどこかで中性に聞いた覚えがあったので、迷わず縄梯子を無視して扉を開いた。と同時にとんでくる皿をスルーした。
「どなた?」
「殺す相手に名乗る名はない」
高まる殺気と共に、足元が宙に浮く感覚。
「冗談です。中性はどこか知っていますか?」
しっかり口調も整えて、中性の母親らしき人物に声をかけた。
中性に引き継がれたと思わしき綺麗な黒髪を左右に振って、リズムをとりながらぽつぽつ、と話し始めてくれる。
「あの子、最近見ないのよねえ。てな感じで、わからない! ごめんね!」
「いえ。ありがとうございます!」
「で、貴女誰」
「しがない一般的庶民である青年もしくは少年です。では、失礼しました」
「えー、ひましてそうだしゆっくりしていきなさいよお」
「嫌です」
「受け答えしてる時点でもう遅いよ。なに、うちの子が何かしたの?」
何かを察したのかこちらに聞いてきた。こういったところに気がまわるのは流石母親というところか。
「ちょっと誘拐されたんで助けてします」
「ああ。そうなの。じゃあ、うちの子、最期までよろしく」
「アイツの性別ってどっちなんですか」
「さあ。本人しかわからないんじゃない?」
「母親も知らないんですか?」
「知らないんじゃない?」
「そういうことにしておきます」
真相はあいつを捕まえるしか無いようだ。もうここには収穫もなさそうだし、さっきの場所にでも戻ろうか。
「またきなよ!」
「行けたら行きます」
「あんたは本当に来るひとみたいだから安心して待ってるから、よろしく!」
何故か今の会話だけで信頼されて様だ。大丈夫なのか。
なんんだかんだで中性が消えたマンホールに戻ってきた。とりあえず、後でも追おうかと思い、下水道に突入する。
狭く暗い、じめじめとした中を進む。
道しるべは中性特製の紙きれと、匂いだけだ。
不安定の中をなんとか這うようにしてすすむ。
しばらくすると視界が開けた場所に辿りついた。
道中で拾ったことにしようと思う拳銃の安全カバーを外し、悠々と歩いていく。
見たところ中性が縛られて十字架のようにありつけられているだけだ。とりあえずその人形の頭を撃つ。
もし本物だったら? 彼らにそんなことはない。無駄に頭もいいし、その程度は考えられているだろう。
かつての栄光が今は寂れている。
まさにそのような光を創りだしているミラーボールが運ばれてくる。
それにつれられて、黒マスクをした集団も現れる。
なんとなく体格で予想がつく。
あれ絶対友人たちだ。
とりあえず一発発砲してみる。
友人のこめかみに的中するはずが、直前で友人の指に弾かれた。指熱そう。
「よくぞここまできたな。あとは俺を倒すだけだ。せいぜい頑張るがよい」
そう言われたら仕方がない。たたかおうか。
頭の隅に底知れぬ感情を浮かべながら、その未知なるものに関心が深まる。
それを確かめるためにも、かつての栄光を思い出して戦闘態勢をとる。
そして力強く、引き金を引いた。
「ハッピーハロウィン」
血の噴水と共に、倒れ行く友人の笑顔が目に入った。
打ったのは俺じゃない。
いや、銃煙から察するに、発砲はしていた。
でも、その銃口は対象から外れていた。俺はしっかり狙いを合わせていた。反動で動いたとしても、この位置には狙いはずれない。
ということは、だ。俺の銃に触れて動かし、代わりに血のようなものをしかけていたヤツがいたということだ。
つまり、中性誘拐の犯人は、コイツらで間違いない。
一発目の弾を触って逸らさせたのにも何か仕掛けがあったのだろうか。全く分からなかった。
これだけの技術力を既に仕上げてきているのか。俺もうかうかしていられないな。
「あなたが一番欲しいもの。それはなに?」
多分、こういう言葉遊びのようなものも好きだろう。
「トリック? それともトリート?」
甘美なトリートを望んでいるのだろうか。それなら中性のようにトリック満載な人物を巻き込む必要はなかったように思う。
「答えないなら両方ぶちかますぞ」
「トリックで」
なら、こちらの行動は一つ。
こうして三度目のハロウィンは血なまぐさい終焉を迎えた。
ちなみに中性はニコニコしていた。俺に助けられたのが以外で、嬉しかったらしい。
今になってやっと。コイツとなら、もっと深くまで知り合えるような気がした。
ハッピーハロウィン!