その7 後宮の秘密
状況をまとめてみよう。
王様は上半身裸。
剣を持ち、汗だくで息を荒げている。
あきれ顔だが、同時に困ったような様子だ。
褐色赤毛の美青年がわたしを逃がすまいと剣を構えながら、ドレスの裾を踏んづけている。おのれ。
寝室だと思ってたい場所はかなり広い。
砂敷きの広間は、どう見ても小さな道場だ。
いや、武門の家柄のアレイなら、房室に道場を設えていてもおかしくはない。
なぜ、王様と赤毛が夜中に二人して剣の稽古をしていたのか。これはあきらかに普通じゃない。
と、いうことは。
わたしの頭の中で、いろいろな情報のカケラが組み合わさっていく。
「陛下。いかがなされます?」
王に問うアレイの目は据わっている。
王様は、というと、こちらは頭痛をこらえるように頭を押さえている。なるほど。
「レニ殿よ、そなた、なぜここに居る――というのは無粋な問いか。侍従長が申しておった。余も配慮が足りなんだかと反省しておったが、堪えられなんだか」
「申し訳ありません。陛下」
「しかし、女の身でよくもここまで忍びこんだものだ。感心するぞ」
「いえ、とにかく夢中で……お恥ずかしい限りです」
「――で、どこまで察した?」
「え?」
いきなり、切り込むような言葉。
ぶわっと冷や汗がふきだす。
「レニ殿。表情を隠すことを覚えた方がいい。なにも知らなかったようだが、気づいたのだろう? 察したこと、すべて話してもらおうか」
有無を言わさぬ口調だ。
わたしは止むなく口を開く。
「ええと、陛下が政治に関心ないのは、フリです」
「ぬなっ!?」
声をあげたのは褐色赤毛。
核心ド直球だったのか、構える剣先が動揺に揺れまくっている。
王様のほうは、これくらいでは揺るがない。
「いきなり話を飛躍させたものだ……なぜそう思った?」
「陛下は男色に溺れている。まわりにそう思わせておいて、その実剣の修練などをしている。これは、身近に危険を感じているから。陛下が個人の武力を求めるということは、そういうことですわよね?」
王様は、わたしの発言を吟味するようにうなずいている。
わたしは言葉を続ける。
「つまりは暗殺に対する迎撃。襲ってくる敵から、護衛が駆けつけるまでの最低限の時間を稼ぐため。それを予測しているということは、明確な敵が居るということ。王族ではありませんわよね。国政を牛耳る宰相閣下がそれを許すはずがありません……でも、その宰相閣下ならば、その意志があるかはともかく、陛下の元に刺客を送る能力は、十二分にあります」
赤毛の顎が、外れそうなほどに開いている。
王様はなぜかあきれ顔だ。
「――でも、必然性はない。宰相の権力の源泉は、他でもない、外孫である陛下自身なのですから……でも、本当に? 陛下が宰相を排斥しようとしたなら。自分の命が危なくなったなら。宰相はためらいなく牙を剥くのではないでしょうか。それに備えて身を守る剣を研いでいる、ということは、陛下には宰相排斥の意図がある。もっといえば、政変により宰相の悪政を正す意図がある」
「なぜ、そう思う。余が権力に対する野心からではなく、宰相の悪政を正そうとしていると思うのだ」
「わたくしの兄――ユーリ・ハートラントは、よく人の心を見抜きます。その兄が、陛下がいい人だと言っておりました。わたしはそれを正しいと思った。だからですわ」
もっと言えば、兄や父もこの企てに一枚かんでいる。それも、かなり重要な役割を。
わたしが後宮入りしたのは、人質といったところか。
この推測は、ほぼ間違っていないはずだ。
しかし、話を進めるにつれ、王様はなぜか頭痛を堪えるように頭を押さえ出した。
「そなたの兄の忠言の結果だ……しかし、これだけ利発であるというのに……いったいどんな育てかたをしたのだ」
放任教育です。
とは答えなかったが、ほめられてうれしくなったわたしは言葉を続ける。
「それから、陛下がすごい名君だということもわかりました」
「……ふむ、なにゆえだ?」
「後宮に集まった方々を見ればわかりますわ。お会いしただけでも、銀髪医師さまは腹心として。氷の貴公子さまは官僚を、そこの赤毛の武人さまは軍を、それぞれ抑え、各方面に太いコネクションを持つ女装の麗人さまが国内の動揺と東方の隣国マニカの介入をけん制する。侍従長は侍男を兵として率いる役目でしょうか。いずれもつぎの政治体制にスムーズに移るための準備。つまりこの後宮は――」
はて、赤毛があちゃー、とばかり顔を押さえているのはなぜなのか。
「まるまる、次代の宮廷。悪政を正すためといっても、あれだけの大勢力を駆逐する政変を起こす以上、一時的に政治はマヒする。そのための備えが、すでにできている。ここまで考えられる人が、名君でないはずがありませんわ」
赤毛と王様は、二人して頭を抱えている。
「ぜんぶぶちまけよった……」
赤毛がつぶやいているが、いったいなにがいけないというのか。
「あの……なにか、マズかったでしょうか?」
「あのな、レニ殿……」
疲れた口調で、アレイが口を開く。
「貴女の言が正しいとして、たったこれだけの材料からそんな結論が導き出せる人間は、普通もっと賢く身を守るものだ。世の中にはたとえ分かっていても、口にしたら終わりってものがあるのだぞ?」
え……あっ。
気づいたが、完全に手遅れ。
洗いざらいぶちまけちゃった後だ。
「……余と同じ視点を持つというのに、この浅慮……このような偏った人物は初めてだ……しかもハートラント家からの預かりものだというのが、よけい頭が痛い……」
あ、これ兄さまや父さまの後ろ盾がなかったら、口封じされてたパターンだ。
感謝したいところだけど、ここ数日の仕打ちを思えばのらくら狸はまだ許せない。兄さまありがとう愛してる。
「陛下、いかがいたしましょう。決起の時まで閉じ込めますか?」
「やめておけ。理由を明かしても明かさなくてもレニ殿の体面に傷がつく……余はユーリにだけは恨まれたくないぞ」
――あれ? 兄さまってひょっとしてすごい人?
ポジション的にも、王様の言動的にも、すごい重要な位置に居るっぽいんだけど。
「かといって、放置も出来ん。どんな予想外をしでかすかわからん……レニ殿」
「はい」
「すまぬが、一蓮托生になってもらうぞ」
「父や兄が加担している以上、いまさらではないですか?」
「いや、レニ殿自身にも、それを身をもって実感してもらう。もとより政変が成った時には、王妃に立てるつもりだったのだ」
「え?」
いきなり。
近寄ってきた王様のたくましい腕が、わたしの体を抱き上げる。
え? え?
パニックになるわたしを尻目に、王様は、こちらも目を丸くしている赤毛に指示する。
「アレイ。人払いを、それと寝所を借りるぞ」
「はっ! ぞ、存分に!」
顔を赤くして応じるアレイを尻目に、王様はこちらに顔を向ける。
お姫様だっこされているため、近い。食べられちゃいそうな大きな口で、王様は語りかけてくる。
「レニ殿。悪いが段取りは踏まん。今すぐ余のものにするぞ」
「え? いや、その! 心の準備が! というかノーマルだったんですか!?」
「いや、そこは見抜いておけ」
軽々と運ばれて、ベッドの上にそろりと下ろされわたしは、心構えもできていないうちに、口をふさがれた。
接吻。舌が唇を割って入ってくる。されるがままになりながら、痺れるような陶酔感が体を侵す。
痺れる思考で、王様を見る。
鳳のような切れ長の目が、まっすぐにわたしを。わたしだけを見つめている。
それこそ、後宮入りして以来、わたしが望みつづけていたものだと気づいて……簡単に、参ってしまった。
すぐ近くに、男の吐息を感じる。
ゆっくりと、ドレスが脱がされていく。
生まれたままの姿を、王様の前に晒して。
「抱くぞ」
その力強くも優しい声に、わたしはこくり、とうなずいた。
◆
「……すまぬ。どうもその顔を見ると兄御を連想してしまう。うまく立たん」
「許せるかあああっ!!」
しょんぼりとうなだれるファッキン王の腹に、わたしはあらん限りの力で膝を打ちこんだ。
キーン。
あ。