その6 王様の秘密
「レニ様あーっ! ご自重くださいーっ!」
全力でわたしを羽交締めにする侍女。
その手から逃れようともがきながら、わたしは叫んだ。
「離してくださいアラさん! わたしを行かせてくださいーっ!」
「ダメですっ! 無理ですっ! 洒落になってませんっ! お願いですから冷静になってくださいっ!!」
侍女が止めても止まらない。止まる気もない。
もうブチ切れた。いますぐあのファッキン王のところへ突っ走って行って言いたいこと全部ぶつけてやる。その後どうなろうが知ったことか!
「ええい離してくださいっ!」
「レニ様、宮中でございますっ!」
もみ合いながら房室の外まで出て、松の廊下の大騒ぎを演じていると。
「レニ様、いかがされました!?」
侍従長がすっ飛んできた。
黒々とした口ひげの、彫りの深い顔立ちのダンディなオジサマだ。
「侍従長様!」
と、乙女った侍女がいきなり力を緩めたので、つんのめってしまう。
そのままたたらを踏んで、ごつり、と侍従長の胸板に頭をぶつけてしまった。
「痛っ――これは、見苦しいところをお見せして申し訳ありません」
痛みに涙をこらえながら、侍従長に謝る。
鍛えられているのか、侍従長の胸板はひどく硬かった。
「いえ、わたくしこそ無作法を――いかがなさいました、レニ様」
「このアラが説明いたしますわ。侍従長様」
ダンディな声で尋ねる侍従長の前に、侍女がすっと出た。
「先だって、姫様の房室陛下のお渡りがあったのはご存じかと思います」
「ええ。存じております」
「これまでお渡りもなく、うっ屈として居られた姫様は非常に喜ばれました。だというのに、陛下は早々に別の殿方の元に」
侍女が説明すると、侍従長の顔に理解の色が浮かんだ。
「それは……心痛のほど、お察しいたします」
察さないでほしい。
いや、察したというなら自分が女王陛下のレズハーレムに強制的に入れられて徹底的に無視されてからそう言って欲しい。ごごごごご。
「ですが、陛下の寝所を騒がせるような行為は、平にご容赦を。レニ様がお苦しみの様子は、かならず陛下にお伝えいたしますので」
「そんな――」
――ことで腹がおさまるものですか、と言いかけて、ふと思いつき、神妙な顔をつくる。
「侍従長。善は急げと申します。できればすぐにでも、わたくしのこの思いを、陛下にお伝え願えますか?」
わたしがお願いすると、侍従長はすこし困り顔になりながら。
「承知いたしました。なんとかいたしましょう」
「ああっ、素敵……」
駄侍女が横で溶けてるが通常運転だ。
ともあれ、ダンディな声で頼もしく請け負ってくれた侍従長の背中を見送ってから。
「さて、侍従長の後を尾行しましょう」
侍女をちょっとあぶない薬で昏倒させ、にこりと笑ってつぶやいた。
当たり前だが、わたしはいまだ絶賛ぶちぎれ中である。
◆
日が落ちて、それほど時間がたっていない。
昇り始めた月は青褪めた光で銀月宮を照らしている。
闇に身を隠しながら、侍従長を尾行することしばし。
ひとつの房室を訪れた侍従長は、房室の侍男と二、三話してから、房室に入っていった。あれが褐色赤毛の房室に違いない。
しばらく待つと、侍従長が出てきた。
律儀に言葉を伝えてくれたらしいが、房室を出た時に落としたため息が、結果を物語っている。
おっと、侍男たちも出てきた。
好都合だ。この隙に踏み込んでやる。
邪魔するヤツはいけないお薬で成敗だ。
などと考えながら、こそこそと這うようにして房室に入る。
房室とはいうが、そこの主人や従者たちが寝起きする房室は広い。それだけで一個の建物と言える。
それぞれに趣向を凝らした豪奢な建物が、庭園を囲うように、屋根のついた廊下で繋がっている。それが銀月宮の全体像だ。
褐色赤毛の武人、アレイ・コランダムの房室は、主の性質を映したように、質実なつくりになっている。
人の気配はない。さきほど侍男たちが出て行ったせいか、中はもぬけの殻だ。
――いや。
奥のほうで人の気配がする。
わたしの房室なら寝所があるあたりだ。
ゆっくりと。
足音を立てない淑女の歩みで近づいて行く。
近づくにつれ、なにやら声が聞こえてくる。
いや、声というよりも、吐息。
二つ分の荒い息の音だ。それが、すこしだけ開いた扉の向こうから聞こえてくる。
――こんな時間からなにをしてますのーっ!?
想像が暴走してBL18禁な映像が脳内を駆け巡る。
やばい。
さすがに真っ最中に飛び込んでいくなんて無理だ。
かといって、このまま引き下がるのも納得いかない。
せめてあのファッキン王をぎゃふんと言わせるようなイタズラを試みたい。
置き文か、それとも折り紙でスミレでも折って置いといてやるか。このホモ野郎が的な意味で。
――おー。怪盗っぽくていいかもしれません。
思いついたアイデアに、小躍りして折り紙に使えるものがないか探す。
手拭き用の布を見つけたので、これをちゃちゃっとスミレに折りあげて、寝室の戸の前に置く。
そして、あばよとっつぁーん、とばかり、華麗に去ろうとして……ふと足を止めた。
戸の向こうではいまだにハァハァ言ってるのが聞こえる。
「……」
はしたないのは分かっている。
でも、好奇心には勝てなかった。
わたしは扉の端から部屋の中を、そっとのぞき込んだ。
部屋の中は想像よりもはるかに広い。
薄暗い部屋の中で、わたしは見た。
踊る筋肉!
飛び散る汗!
二人分の荒い息!
そして、閃く剣!
「――ふぇ?」
調度ひとつない砂敷きの空間で、陛下と褐色赤毛が、上半身裸で剣を舞わせる姿を!
――本気でなにしてますのーっ!?
「――何者だっ!?」
アレイが振り向きざま、声をあげた。
――気づかれた!
察したのと同時、素早く跳んだアレイの手で、目の前の扉が開かれる。
部屋をのぞいていた、そのままの体勢で、わたしは固まってしまう。
「レニ殿か……いったいなにをしている」
息の荒い、帯剣半裸で汗だくの国王にそう問われ。
わたしの思考は「おまえがいうな」で塗りつぶされた。