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その5 王様の来訪

「リリシス・アスタール様。アスタール家は、東方の隣国、マニカと太い繋がりを持つ大領主です。また東方交易を一手に担う性質上、各方面に顔が利きます。お金持ちでコネ持ちです。リリシス様はそんなアスタール家の嫡男で女装の美男子イケメンです。結婚したいです」


「だめです。あの方は両刀使いバイなので危険です。おいしくいただかれてポイされちゃいます。アラさんはくれぐれもリリシス様に近づかないように」



「そんなっ!?」と悲鳴をあげる駄侍女を放置して、ため息をつく。


 なんというか、知れば知るほど濃い人物である。しかもまた名家。

 王様の後宮に入るのだからそれなりの家筋の人間が選ばれるのは、当然なんだけど、同時に濃いキャラを集めてんじゃないかって気にもなる。


 そうするとわたしは何枠だ。

 双子の入れ替わり的な役? とりかえばや物語的な。とすると……


 いけない。思考がどんどん退廃的な方向に向かってる。

 この場所ぜったい教育に悪い。元凶は誰だ。どう考えても王様だ。



「しかし来やがりませんね。陛下の野郎……」


「レニ様レニ様。言葉使いが激ヤバいです」


「おっと」



 侍女に指摘されて、あわてて口を押さえる。

 そろそろムカムカが溜まりすぎて精神的にキてるらしい。


 このままじゃいけない。とりあえず落ち着こう。



「アラさん。心の落ち着く香草茶ハーブティれてくれませんか」



 自然ナチュラルに。優雅に。

 わたしは侍女にお願いする。


 だが、侍女アラはちょっと引きながら応じた。



「レニ様、陛下のお渡りがなくてご不満なのでしょうが……怒りが漏れまくってて超怖いです」



 おっとしまった。

 でも、考えてみて欲しい。


 後宮入りが決まって、わたしも女としてそれなりに覚悟していたわけだ。

 それが、後宮はホモハーレム。王様はホモ。おまけに女のわたしを無視して顔も見に来ない。なんだこの屈辱!



「レニ様、その赤絵紅茶碗ティーカップはバルニック白磁の名品です。取っ手を握りつぶさないでください」


「ごめんなさい」



 謝ってから、香草茶ハーブティーを淹れなおしてもらい、心を落ちつける。

 なんというか、どれだけ怒ってても王様がいなきゃひとり相撲もいいとこだ。

 なんとか王様に直接会えないものか。そんなことを考えながら、香草茶ハーブティの香りを楽しんでいると、ふいに来客の報せがあった。



「はーい」



 と侍女アラが応対に走る。

 ややあって、行きに倍する勢いで、彼女は転がるように戻ってきた。



「どうしたんです? アラさん」


「レニ様! 陛下です! 陛下のお渡りですっ!」


「えっ!? ほ、本当ですの!?」



 思わず椅子から立ち上がる。



「通達の使者も無しにですかっ? なんでっ?」


「お、落ち着いてくださいレニ様。大丈夫です。さいわい実家と違って荷解きしたばかりなので部屋はきれいです。陛下をおもてなしするのに不足はございません。寝所ベッドルームも急いで整えますので、お茶をお出ししたらレニ様は陛下とお話を……どうされましたレニ様?」


「午前中、ストレス解消に、持ち込んだ機材開いて散らかしちゃった……」


「なにやってるんですかレニ様あああっ!! とりあえず話を盛り上げて時間を稼いでくださいっ! とにかく寝所ベッドルームをきれいにしときますからああっ!」



 そんなやりとりのあと、内心冷や汗をかきながら、わたしは房室へやに陛下を迎えた。


 豪奢な身なりの偉丈夫きょじんだ。

 手入れの行き届いた黒髪に、弧を描く太い眉。切れ長の茶色ブラウンの瞳。

 鼻筋は通っているが、口が大きく、その端が不敵にゆがんでいる。


 アクの強い美形。

 わたしにとってサンシール国王アウザー・アウグストの第一印象はそれだった。



「ようこそおいで下さいました。陛下。ハートラント家のレニにございます」


「うむ。余がアウザー・アウグストだ」



 王様が名乗る。

 低く、明瞭な声は驚くほど威厳がある。

 前情報から想像した国王像とは、びっくりするほど一致しない。


 ともあれ、王様を部屋にいざない、急ごしらえでしつらえた席に案内する。

 たがいに席につき、そつなく紅茶を振る舞うと、王様はまじまじとわたしの顔を見る。


 すこし顔が火照るのを感じる。

 いろいろと言いたいことはあるが、これから夜をいっしょに過ごす相手なのだ。どうしても意識してしまう。



「おどろいた。まさに兄御ユーリと瓜二つではないか……まさか入れ替わってはおらぬよな?」



 いきなりそれかホモ。

 しかもちょっとビビりながら聞いて来るのはどういうわけだ。

 しかもしかも胸に目をやってから、それでも確信を持てない様子なのはどういうことだ。



「わたくしは兄ではありません。きちんと中身も女です」


「いや、すまぬ。礼を失する問いであった」



 声にとげがあったのだろう。王様は素直に謝ってくれた。


 人柄がいい。

 王様のことをそう評した兄さまを思い出す。



「よい茶だ」



 そして、わたしがふるまった紅茶に口をつけ、大きな口で笑みをこぼす王様を見て、それまでの悪感情もどこへやら、好感を覚えてしまった。我ながらチョロい。



「そういえば」



 くつろぎながら、王様はおもむろに口を開いた。



「レニ殿は、家で珍妙ヘンな実験をやっていると聞いた」


「あ、はい。恥ずかしながら、わたくしの趣味ですの」


「どのような実験を?」


「ええと、たとえばある種の鉱物と薬品を混合すると特定の気体が発生するとか、強力な燃焼反応を起こす鉱物を水中で燃焼させてみたりとか……」


「ふむ。なにやらわからぬ言葉が多いが、すこし説明してくれぬか?」


「はい。気体とは物質の状態のひとつで、一定の形や体積をもたず、流動性に富むものを示します。燃焼とは光と熱を伴う酸化反応のことを言います」


「……わからぬ言葉が増えたのだが」


「それも説明いたしますわ。物質とは――」



 わたしは語った。

 王様は真摯に聞く態度を崩さず、わたしの言葉を妄言でまかせと切り捨てず、理解しようとする。

 わたしはうれしくてさらに語りまくって、寝所ベッドルームの準備を終えて戻ってきた侍女にあきれられた。


 でもいいもん。

 王様が聞いてくれるもん。

 王様大好き!


 そんな感じで楽しいひと時を過ごす。

 気がつけば日が暮れ、あたりが暗くなってきた。



「さて、そろそろ……」



 と、王様が切り出した。

 心臓が跳ねあがりかけた。

 これからベッドに向かうのだ。

 そこでわたしは王様と結ばれるのだ。


 ドキドキが止まらない。

 自分で顔が真っ赤になっているのがわかる。

 わたしは胸を押さえながら、王様の誘いの言葉を待った。



「――時間だ。レニ殿。楽しかった。また来るぞ」



 どういうこと?

 わたしの疑問に応じるように、侍従長オジサマ房室へやにやってきた。



「陛下。アレイ様の房室へやで準備が整っております」


「うむ」



 やはりホモか。


 とすら考えられない。

 わたしはあっけにとられて、呆然と王様を送りだした。

 送り出してからしばらく、真っ白になった頭で、起こった事実を反芻する。


 ふつふつ怒りが込み上げてきた。

 あのホモはホモとホモ行為するまでの時間つぶしにわたしの部屋に来たのだ。



「れ、レニ様。お気をたしかに」



 気遣うような侍女の声を聞き流しながら。

 わたしは頭の中で理性がぷっちーん、とキレる音を聞いた。






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