その4 妖しい麗人
「アレイ・コランダム。コランダム家は王軍の旗手たる精鋭、神鷲師の将軍を代々輩出している超一級の武門です。ファッキン赤毛死すべし」
幼馴染の侍女は、サンシール王国家名録を手に語る。
「セフィラス・アプローズ様。アプローズ家は現政権にも深く食い込んでいる中央官僚の一大派閥の領袖です。超絶美形です。声も素敵です。結婚したいです」
でもホモです。両方ホモです。
という救えない事実はさておき。
「くわしいですわね、アラさん」
「それはもう! そこらを歩いてる年少の侍男から情報を収集しましたので! 大人の魅力の勝利です!」
犯罪的な絵面が思い浮かんだけど、きっと少年が教えてくれたのは、大人の色気で誘惑されたからじゃなくて、つきまとわれて迷惑だからだ。
というかそもそもアラさんはまだ十六歳とはいえ恋愛未経験の喪女なので男を誘惑なんて無理だと思います。
――うちの駄侍女がごめんねまだ見ぬ侍男さん。
と、心の中で謝ってから、ふむ、とうなる。
「それにしても、やはりというか、あのお二人、名家の方たちでしたわね」
「名家ということならハートラントも負けておりませんよ!」
「国政の主流になったことはありませんけどね」
アラは熱く主張するが、王宮での存在感は非常に薄い。
そういえば大貴族、などと言われるゆえんである。
「しかし、案の定というか。みなさんいろいろと探りをいれて来ますわね。やはりわたくしが銀月宮で唯一の女だから、でしょうか」
「しかも国王陛下のお声がかりで、ですしね」
「そうですね。このさい警戒されるのは当然です。試すようなまねをされるのも、仕方ないでしょう。でも……なんで陛下は来る気配すらないんですか!!」
ふいに、わたしは憤りを吐きだす。
「兄の代わりだからですか! おなじ顔を後宮にコレクションしたらそれで満足なんですかっ!? 房室に泊まるどころか一度もお渡りがないってのはどういうことですかっ! 放置プレイにもほどがありますっ!!」
「レニ様、どうどう。落ち着いてください」
よほど荒ぶっていたのか、侍女がなだめるように声をかけてきた。
反省。
「レニ様。我々が銀月宮に落ちついてまだ数日です。タイミングが合わなければこういうこともあるのかもしれませんよ」
「そもそも国政をろくに見てない陛下がそんなに忙しいはずがないんです。わざとか気が進まないか存在を忘れてるに決まってます」
あ、言ってて腹が立ってきた。
「……そうです! このアラが侍従長にお願いしてそれとなくレニ様のことを陛下に話してもらいます!」
いいこと思いついた! とばかりに侍女が手を打った。
まあ、ひとつの手段ではあるのだけれど……あきらかに本命は侍従長の方だろう。
「まあ、なにもせずに待つのも性にあいませんし、アラさんにお願いしましょうか」
「承知!」
ずさささっ、と房室を飛び出していく侍女を見て思う。
なんというか、わたしよりよっぽど後宮生活を満喫しているなあ、と。真似をしたくはないが、見習った方がいいのかもしれない。
◆
「レニ様レニ様レニ様ぁーっ!!」
と、出ていってからそれほど経たずに、侍女があわてて帰ってきた。
「どうしたんですアラさん。そんなにあわてて」
ぜいぜいと息を切らしながら、彼女は答えた。
「それどころじゃありません! アラは見てしまいました! 銀月宮に我々以外の女性が居るのを!」
「えっ!?」
「しかも、しかも超絶美女です!」
その言い方はどうかと思うけれど、本当ならば大問題だ。
銀月宮に入る時、侍従長は「わたしが最初の女性」だと言った。
それが嘘だったなら大問題だ。いろいろと前提から違ってくる。
――とにかく、真偽のほどを確かめませんと。
もしかしたら、アラさんの見間違いかもしれない。
大騒ぎする前に、まずは確認が先決である。
「アラさん。その女性を見た場所は? すぐに行って確かめましょう」
いまだ息の荒い侍女を急かして、わたしは急ぎ房室を出た。
◆
彼女が女性を見たのは、庭園の一角。
沢辺の亭閣にあって花流を楽しんでいるところだったという。
侍女を連れて急ぎその場所へ向かうと、彼女の言う通り、居た。
舞い散る桜の花びらが小川で桜色の流れをつくる、その風流を背景にして。
遠間からでもわかる、色鮮やかな刺繍の施されたゆったりとしたドレス。
体のラインはほっそりとして美しく、長く艶のある紫の髪を腰まで伸ばしている。
「あら」
と、近づいてくるこちらに気づいたのだろう。彼女が振り返った。
年のころは、二十過ぎか。扇で口元を隠しているものの、甘く退廃的な香りのする中性的な容姿の美女だ。
「……超絶美女が」
小声で怨念のようにささやく駄侍女はさておき。
「あなたがレニ様ね? はじめまして」
「はじめてお目にかかります。レニ・ハートラントです。失礼ですが貴女は……」
「あたしはリリシス・アスタールよ。あなたと同じ、国王陛下に房室をいただいてるわ……どしたの? おどろいた顔して」
艶やかに首をかしげる、その仕草にも色気がある。
「その、はじめて後宮入りした女性はわたくしだと聞いていたもので」
「その通りよ? だから氷の貴公子くんたちも焦って探りを入れたりしてるんじゃない」
「え?」
彼女の言葉に、思わず変な声をあげてしまった。
「おどろいた? 銀月宮で起こったことなら、あたしなんでも知ってるのよ」
ちょっと得意げなリリシスだが、おどろいたのはそこじゃない。
「いや、それもすごいですけど、もうちょっと前……」
「んー? ああ、はいはい。見ての通り、あたしは男よ?」
「女装美男子!?」
「どう見ての通りなのか不可解にもほどがありますけど……納得しました」
それまで威嚇モード全開だった駄侍女がいきなり目を輝かせて叫んだのは無視することにする。
どおりで胸が平坦だと思った。
仲間だと思ってひそかに喜んでいた自分がちょっと哀しい。哀しい。
「レニ様、ひょっとしてあたしが女だと思って飛んできたの?」
「おはずかしながら……」
恥ずかしくなって、よわよわしい声で答える。
まあ、実際この人を見れば、侍女の勘違いを怒る気なんて起こらない。
小さくなるわたしに、リリシスは色っぽい笑顔を浮かべて、励ますように声をかけてきた。
「まあ、これも縁でしょうね。あらためて、よろしく。仲良くしましょうね、レニ様」
「こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ。リリシス様」
あらためて挨拶を交わす。
外見が女性なせいだろうか。とっても親しみやすい。
「レニ様、あわてて来たんでしょ? 疲れてるじゃない? 近くに休める場所があるんだけど、そこでお話しない?」
「は、はい」
女装美男子のにこやかな誘いに、そう返事をして。
「おい」
ふいにかけられた低い声に、心臓が跳ねあがった。
あわてて振り向くと、そこに居たのは銀髪の美形。
元王宮医師のメッシ・ブレナスだ。
男の顔を見て、リリシスの顔色が変わった。
「げ、メッシ……ほほほ、じゃああたしはこれで。またお会いしましょうね、レニ様」
ほほほほほ、と笑いながら去っていくリリシスを呆然と見ていると、銀髪美形がため息をついた。
「レニ様。気をつけてください。リリシスは両刀使いです」
男女両方ばっちこーい! ということだ。
なんてことだ。あやうくお持ち帰りされるところだったのか。
「そうでしたか。すみません。助けていただいて……ちなみに、貴方は?」
「私は陛下一筋です」
つまりホモ。
「ですよねー」
なにかとてつもなく無駄なことを聞いた気になって、わたしはため息を落とした。
ちなみに、この日も王様は来なかった。
ふぁっく。