その3 虚しいさや当て
銀髪の美形医師、メッシ・ブレナスとのお茶会を終えた、その帰り道。
心地よい桜の香りを引きながら、自分の房室に向かっていると、途中、二人連れの男と行きあった。
一人は白皙の貴公子。
長身だがほっそりとした、冷たい蒼氷色の瞳が印象的な、金髪美形だ。
もう一人は褐色の美丈夫。
量感のある自然な筋肉が、服越しにもわかる。
目を見張るような見事な赤毛に、ブラウンの瞳。健康的に整った顔には、少年のなごりが強く残っている。
白皙の貴公子は、冷たい目を優しく細めて。
褐色の美丈夫は、少年のような顔いっぱいに不機嫌を表して。
房室を渡る通路の向こう側から、そろそろと歩いて来る。
「超絶美男子! 超絶美男子!」
駄侍女が壊れたテープレコーダーのように小声でつぶやいているのはさておき、その卑しくない身なりから、美形医師同様わたしの同僚――王に房室をいただいた貴人に違いない。
――なにかがはげしく間違ってます。
心の中で頭を抱えながら、わたしは朱塗りの欄干に背を預け、道を譲る。
身分が同じであっても、相手は先輩だ。ましてや張り合う気力を根こそぎ持っていかれてるので、抵抗感は皆無だ。
しかし、褐色の美丈夫は通り過ぎずに足を止め、わたしに目を向けてきた。
「貴様がレニ・ハートラントか」
不機嫌絶頂のような口調だ。
正直、絡まれるのはまっぴらごめんだけど、声をかけられた以上、応じざるを得ない。
「その通りですけれど、なにか?」
わたしの返事に、相手は不機嫌な様子を崩さない。
じろじろと、失礼なレベルでわたしの顔を見つめて。
「面白みのない顔をしているな。もうすこし愛嬌があれば、すこしは見られる顔になるだろうが……王はなぜこのような娘を」
とんでもなく失礼なことをぬかしてくれた。
無茶言うな。
初対面で悪意満載の相手にしれっと笑えるかこの赤毛が。
などと心中で毒づいていると、突然男が半歩、退いた。
夢の国から戻ってきたアラが、ブチ切れ全開で前に出たのだ。
「……我が家のかわいい姫様を侮辱するおつもりですか?」
まずい。
この幼馴染、わたしに関しては過剰に過保護になるのだ。
「正直に言っただけだ。謝らんぞ」
「言いやがりましたね。いい度胸です」
はねつける赤毛。つっかかる侍女。
互角の攻防に見えるが、アラに武術の心得なんてまったくない。
対する赤毛は明らかに戦える体だ。
たとえるならばヒグマVSハムスター。
この荒ぶる侍女をどう止めようかと考えていると。
「二人とも、落ち着かないか」
と、それまで事の成り行きを見守っていた白皙の貴公子が、二人の間に割って入った。
「貴方は?」
会釈しつつ尋ねると、貴公子はにこりと笑って礼を返す。
「初めてお目にかかります。ぼくは王より房室を賜っておりますセフィラス・アプローズと申します。こちらはおなじくアレイ・コランダム」
柔らかいもの言いで、表情も、蒼氷色の冷たい瞳とは対極的におだやかだ。
うん。赤毛と違って好感が持てる。
「レニ・ハートラント様とお見受けします。申し訳ない。王が望まれた初めての女性ということで、この男もナイーブになっているんですよ」
「なっ!? わしはっ!」
「ともあれ、おなじ王にお仕えすることになる身、よろしくお願いいたします」
「あらためまして、レニ・ハートラントです。こちらこそ、よろしくおねがいいたしますわ」
人当たりが柔らかい。
赤毛――アレイを相手にしていた緊張が、解きほぐされていく。
「レニ様、ここはどうですか?」
「正直なところ、息が詰まります」
世間話のような貴公子の問いかけに、素直に答える。
これくらいは言っても角は立たないだろう。なにせ、まわりは男だらけなのだ。女の身で緊張するなという方が無茶である。
そうでしょうそうでしょう。と、にこやかに言ってから、ふいに白皙の男――セフィラスは近づいて来て、わたしの耳元でささやいた。
「――ねえ、帰りたい? 帰してあげようか? ぼくなら、それが出来るんだけど」
思わず固まった。
甘いささやきには、抗いがたい魅力がある。
と言うか誰だってこんな男ハーレム人外魔境に居たくはない。
貴公子はそ知らぬ顔で歩を退ける。
近づきざまの流し眼一発でほわーっとなった駄侍女は役立たずだ。
ほんのすこし、考える。
息を吸い、それから吐いて、決意。
わたしはにっこりと笑顔をつくり――言い放つ。
「それもいいですね……でも、お断りいたします」
「……なぜ?」
貴公子は温顔を崩さない。
だけど、目の端から、冷たい光がのぞいている。
うそ寒いものを感じながら、わたしは背筋を伸ばして答える。
「わたくしは陛下自らのお声掛けで後宮に入りました。男色趣味にもかかわらず、わたくしを求められたその理由を知りたい。直接会ってお尋ねしたい。それすらしないで、謎を謎のままにしてここを去ることなど、わたくしにはできません」
王様自身への興味もある。
ハートラントの家名背負ってて無責任に投げだせないというのもある。
だけど一番の動機はこれだ。
実験、実証、研究。そんなものを趣味にしてきたわたしのありかただ。
わたしの返答に。
すっ、と、セフィラスの瞳が冷める。
それが本性なのだろう。氷の刃物を思わせる鋭い視線が、わたしを射抜いた。
「なら、ぼくたちはライバルというわけだ……それでは、あらためて、よろしく」
冷めた一礼を残し、氷の貴公子は踵を返す。
「おい、セフィラス……すまんな。見損なっていた。またあらためて挨拶させてもらう」
逆に、赤毛の風向きが変わったのは、どういうわけか。
ともあれ、二人は去っていった。
残されたのは、女二人。
ほう、と胸をなでおろす。
まったく、後宮というのは、女が男に代わっても恐ろしい場所らしい。
「怖かったですわね、アラさん」
声をかけると、侍女ははっと我に帰った。
「あの腐れ赤毛はさておき、セフィラスさまの優雅な仕草……ああ、あの冷たい瞳に射抜かれたいっ!」
「……帰りますよ駄侍女」
「駄侍女って言いましたかレニ様!? ひどくないですか!?」
「嘘いつわりのない事実じゃないですか」
まあ、なにはともあれ。
この特殊な後宮の様々な側面をのぞきこんだ一日だった。
ちなみにその日、王様はわたしの房室に来なかった。
つぎの日も待っていたが来なかった。
というかまだ一度も来てない。
……こんちくしょう。