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その1 後宮に上がろう

「なあ、レニや」


「なんでしょうお父さま」



 ――すこし考えてみましょう。



 わたしことレニ・ハートラントは十代半ばの少女である。

 父は一見人の良さげなさがり眉の中年紳士だけど、こう見えて国内でも有力な領主貴族だ。

 そんな父が、あらたまった様子でわたしを自室に呼びつけ、話をしようというのだ。なにか大事な話があるのははっきりしている。



 ――大事な話とは何か。



 これも簡単。

 話す相手がふたつ年上の兄ならともかく、政治にも家の運営にも関わっていない若い娘に関わる大事な話なんて、それほど多くはない。


 たとえば。



「わたくしの結婚のはなし、ですの?」


「驚いた。なぜわかったんだい?」


「いえ、わたくしがらみの大事な話なんて、そんなに思い当りませんし」


「お前がやってるヘンな実験や研究がらみでのお説教かもしれないじゃないか。この間もきみの言うとおりにしたら畑の作物が全滅したと、ヘンリーが嘆いておったぞ」


「それはさておきましょう。愛しいお父さま。いまは女子一生の大事、結婚についてのおはなしですわ!」


「……まあいいんだけどね」



 全力で誤魔化すと、父はすこし疲れたようなため息をついた。



 ――それにしても、わたしもいよいよ結婚ですか。



 どんな相手なのか、期待と興味はある。

 まあ「毒にも薬にもならない、そういえば大貴族」などと評価される我が家のこと。

 たぶん「ああ……」とあいまいな返事しか出てこないような無難な家名が出てくるに違いないけれど、そこはわたしも一応は乙女なのだ。



「レニ。王がお望みだ。きみは後宮に上がることになった」


「……うえ?」



 思いもかけない父の言葉に、わたしは変な声をあげてしまった。






 後宮。

 王様の正室や側室おくさんたちや、それに仕える女官たちが住まう女の園。

 日本で例えれば・・・・・・・、江戸時代の大奥なんかが近いんじゃないだろうか。


 王様の寵愛をめぐって、たくさんのご婦人がたが足を引きずり合い、火サス・・・もかくやというドロドロの人間ドラマが繰り広げられる異空間。



「超行きたくないです」



 憂鬱にため息をつきながら、わたしは自室に戻った

 ビーカーやフラスコや種々の希少鉱物、薬草の類、書物の山をくぐりぬけてベッドに腰をかけると、わたしはあらためてため息をつく。


 決まってしまったものは仕方ない。

 だから父には言わなかったけれど、正直かなり気が進まない。

 後宮なんて魔窟で、波乱と無縁に生きていくなんて無理にきまっている。

 どうせ嫁ぐなら、わたしは自分の家よりも家格が低い家に行って、だんな様に大事にされながらひたすら趣味に生きていきたい。むしろ旦那様なんていらないから趣味に生きていきたい。



「――負け犬の発想ですね」



 と、口を開いたのは、すまし顔で控えていた蒼髪少女。

 幼馴染でわたし付きの侍女であるアラ・サーヴだ。



「レニ様、そんなことじゃダメです。女はもっとガツガツ行かなくては。せっかく後宮に入るんです。王様をメロメロにして未来の王母になってやる、くらいのガッツを持ってください」


「そんなこと言われましても……わたくしには荷が重いですよ」


「ヌルイい! レニ様は名門ハートラント家の長女として生まれたお方です! 礼儀作法も完璧! 研究熱心で色恋なんかに目もくれないから貞淑さも完璧! 地頭じあたまもいいから、王宮での身の処し方もすぐに身につくでしょう! というか祖母が後宮務めだったアラがレニ様に叩き込みます! 怖いもの無しです! 玉の輿です!」



 無表情のまま熱く主張する、まるでアラサー婚活女子となることを運命づけられたような名前の幼馴染。

 いや、わたしの侍女として後宮について来ることになるのだから、本当にそうなる可能性があるのだけど。



「とりあえずは身だしなみです! ふふふ、これまでずっと『研究のほうが大事だから』とか言って逃げてこられましたが、もう逃がしませんよ! 素材はいいんです素材だけは! これから磨いて磨いて磨きまくって絶世の美少女に仕立て上げて差し上げます! 王様がゴックン生つば飲むような! わたしを食べて、みたいな!」



 なんというか、それでもいい気がする。

 我が幼馴染ながら、この娘、世のいたいけな少年につかませてはダメな気がするし。

 テンション高い侍女から身を守ることをあきらめながら、わたしはため息をついた。



 ――ああ、それにしても後宮に入るだなんて。日本に居たころは考えもしませんでした……







 わたし、レニ・ハートラントの前世は日本人である。


 などと言えば、たとえば父は「また娘が変なこと言いだした」とばかりため息をつくだろうし、兄ならば「へぇ、そうなんだ」とやさしく受け流すだろう。

 幼馴染にして侍女のアラ・サーヴならば「脳の病気ですかレニ様」と毒舌のひとつも吐くかもしれない。だが、普通の人間なら正気を疑われるようなその言葉は、まったくの真実なのだ。


 現代日本でごくごくふつうの科学部女子高生だったわたしは、漫画とかでよくある謎の科学実験の爆発に巻き込まれ……気がつけば、異世界の貴族のお嬢様として生まれていた。

 最初はパニックになったけど、十五年もこの世界で生きていれば、こちらの世界のことも分かってくるし、元の世界には二度と戻れないであろうことに、ある程度の気持ちの整理もつく。



 ――だから全力で趣味に突っ走りましょうねー。



 と、その結果が、いまのわたしである。


 日本とこっちじゃいろいろと違う。

 昔のヨーロッパのほうの雰囲気に近いのか、それとも中国とかイスラム圏のほうが近いのか。

 いまいちわからないけど、現代日本の常識は通じない。なにより、わたしが日本で当たり前に使ってた科学の成果である機械類がまったくない。


 だからいろいろと実験して、再現できないかいろいろ試しまくっていたのだ。

 まあ、これが楽しい作業で、しまいには実験自体が趣味に……ともあれ、そんな感じで、わたしはまわりからドン引きされつつ、第二の人生をそれなりに楽しんでいた。ついさっきまでは。



「……アラさん。ちょっと気が早過ぎではないですか?」



 風呂上がりの体を侍女にゆだねながら、あきらめ混じりの抗議の声をあげる。

 後宮に上がる時期なんかは聞いていないけれど、今日明日ということはないだろう。

 だから、わざわざ体を清めて髪をくしけずり、お化粧を施してまっさらなドレスを着る必要はまったくない。


 ……かなりひさしぶりに見た本気モードの自分に「だれこの美少女」と思ってしまったのは秘密である。別人感がハンパじゃない。


 ともかく、そんなわたしに、アラは「これだから意識低い女は」みたいに肩をすくめてため息をついた。



「お姫様。考えてもみてください。お姫様はこれから後宮に入られます。そうすると、まわりは敵だらけなんですよ! 油断などもってのほか! 気を抜いた格好など言語道断! いままでユルユルの格好で暮らしてきたお姫様にとって、まず必要なことは――その格好に慣れることです! 四六時中そのままでも平気なくらいには!」


「それ、キツいんですけれど……半分くらいにまかりませんか?」


「まかりません!」



 厳しい侍女のしごきに耐えながらあれよあれよという間に、時が過ぎる。

 そして、夢うつつのような実感のなさを抱えながら、その日を迎えることになった。

 ハートランド家の屋敷から輿こしに乗せられ、列なす後宮入りの一行は、王の住まう黄金宮殿へ、ゆるゆると大道を行く。



「お兄さま」


「なんだい、かわいいレニ」



 わたしの乗る輿を守るように行く白馬に乗った美少年――兄のユーリに声をかけると、兄は母譲りのはちみつ色のふわふわ髪を揺らしながら、笑顔で顔をのぞかせてくる。



「そういえば、王様ってどんな方ですの?」


「いまさらかい?」



 おっと、呆れた顔をされましたよ。珍しい。

 まあ、自分でもさすがにないわーと思うし、侍女のアラが聞けば異星系生物を見るような顔になるだろうけど。



「父上には尋ねかったのかい?」


「まあ、うっかりと」


「レニの興味は本当に偏っているからねえ」



 仕方がない、という風に肩をすくめながら、兄は優しげな表情を崩さない。

 残念な妹を見る目にも見えるが、気にしないことにする。



「アラも世間にうといところがあるし……まあ、知らないか」


「兄さま? いまさら不安になるようなことを言わないでほしいのですけれど」


「じゃあ、逆に聞こうか? レニは王様について、どれくらい知ってる?」



 兄の問いに、わたしは首をひねる。

 王様について知っていることは、そんなに多くない。

 わたしが物を知らないというのもあるけど、いまの王様があまり人前に出る人じゃない、というのが主な理由だ。


 現在この国の政治は、王様の外祖父が取り仕切っていて、それがちょっと引くほどひどい。


 私腹を肥やし、一族を要職につけるのは当たり前。

 ワイロの額で出世が決まる、という認識じゃまだ甘くて、それがスタート地点。

 どれだけ贈り物しても、宰相に個人的に嫌われると国政からハブられてしまう。

 やりたいだけやって、いまだに宰相の座から追われていないのだから、有能といえば有能なのだろう。


 対する王様は、たしか今年二十歳。

 宰相のやりたい放題を止めるわけでもなく、後宮にこもりっきりで、めったに人前に姿を見せないらしい。



 ――毒気のない、影が薄い人なんだろうなあ。



 というのが、王様に対する、かなり失礼な印象だ。



「王は美男子であらせられるよ。それに文武両道で、おまけに人柄もいい。安心するといいよ」



 兄の言葉はわたしの予想を補強するものでしかなかったけれど、その気づかいはうれしい。

 幼いころはそっくりだと言われ、また身なりを整えきった今も瓜二つと言われる美少女顔だけど、ずっと頼りにしてきた素敵な兄なのだ。

 そっくりな原因は、わたしの貧乳にもある、という事実にからは、目をそらしておくことにする。なぜにこんなところだけ前世そっくりなのか畜生。


 ともあれ、兄はこんな場面で嘘などつかない。

 とすれば、王様には気難しかったり横柄だったりといった、つき合いにくさはないようだ。


 すこしだけ、安心して。

 わたしは薄暗い輿の中で思いを馳せる。


 後宮入り、というのは、なんというかコレジャナイ感が強いけど、若い美形イケメンの王様と結婚、という言葉には、あこがれなくもない。

 優しい王様にそれなりに大事にされながら、実験やり放題、研究し放題の生活を送る。おお、これって理想的な将来計画ではなかろうか。


 ……いま、脳内侍女アラから激しいツッコミと怨念めいた波動を食らった気がするが、気にしないことにする。



「――さて、着いたよ」



 そうこうしているうちに、輿が止められる。

 黄金宮殿の外郭を抜け、外庭へ。そこを抜けて内宮門――後宮への出入口にたどり着く。

 侍女のアラが下女たちに荷運びを指示するのを横目に見ながら、わたしは内宮門を見やる。


 内宮門を司る官吏だろうか。

 黒々とした口ひげの、彫りの深い顔立ちのダンディなオジサマと兄が、いろいろとやりとりした後、門が開いた。



「どうぞ、こちらに。房室へやに案内いたします」



 渋い声だ。アラさんのほうを横目で見ると、「ほわああっ」って感じてとろけてる。ストライクなのだろうか。

 あきれながらも、オジサマの後ろに従う。



「しっかりね」



 という兄の言葉に勇気づけられながら、わたしは門をくぐった。

 

 ここから先は後宮。女の世界だ。

 ドロドロしてイイ感じに怨念で湿った場所なんだろうなあ、なんてことを考えながら、歩を進める。


 歩きながら、わたしは自分の顔が引きつっていくのを感じていた。

 すれ違うのは、後宮に務める下男・・侍男・・

 一見して身分が高いとわかる、豪奢ゴージャスに着飾った超絶美男子テライケメン

 建物の影や、すこし開いた房室へやの戸口から、心なしか塩気のするじめじめとした視線。


 異物を見る目。

 いぶかしげな視線。

 嫉妬交じりのあからさまな敵意。

 なぜか狩るモノの表情になっているわたしの侍女。


 男、男、男。

 後宮の中は、男しかいない世界だった。しかも全員美形。



「……あ、あの」


「王は、男色家にあらせられる」



 先導するオジサマに、不安混じりに声をかけると、オジサマはにこりと微笑みながら、言った。



「あなた様が、最初の女性です」



 ホモか。ホモなのか。

 それでなんで女取ろうと思った。

 そして選んだのがなにゆえわたし。

 貧乳か。このド貧乳のせいですか畜生。


 男たちから浴びせられる嫉妬と警戒の視線を一身に受けながら、わたしはくずおれた。


 なにもかもが間違っている。

 そんな思いの中で、ただひとつ確信したのは、父がこのことを重々承知でわたしをこんな場所に送りつけたのだろうということだ。



 ――謀ったなのらくら狸!!



 父を全力で呪いながら、わたしは多難な前途を思い、おもいきり頭を抱えた。






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