其の零
視界がはっきりとしない一面の銀世界。 白だけが世界を覆い尽くしている。
雪だ。
凍えそうなほどにまで厳しい。首から顔の下半分を布で覆っているのにも関わらず、吐く息は白く、手足の感覚など疾うに無い。
そんな険しい道を、たった一人の少女が進んで行く。
額に角の生えた少女だ。右目の少しから不釣り合いで不似合な程大きな角、そして角のすぐ下、目を経由して右顔面を走る大きな傷跡を持った少女だった。
少女は華奢な体躯をしていたが、背には大きな荷を背負い、こんな悪天候の中でも迷いのない確かな足取りで前へと進んでいた。
行けども進めど雪ばかり。目印なんてまるでない。
そんな山神の怒りとさえ感じられる中、不意に鮮烈な赤を見つけた。
少女ははっと息を吐き出した。
人だ。
鎧を纏った人間が倒れていた。
例え素人目であろうとも判るほどの刀傷である。男というよりは少し若い、しかし少年と呼ぶよりは精悍さを増した青年が倒れていた。
身じろぎ一つしない。
傷の具合もそうだが、こんな吹雪の中で行き倒れたら凍死するのは明らかだ。
少女は青年の身を起こした。
顔を覗き込み、揺さぶれば微かだが声が漏れた。少女は慌てて自身の顔を覆っていた布を下げ、口元へと耳を当てる。
弱弱しい息遣いを感じる。
生きていた。
瀕死の状態ではあるが、青年は生きていた。
頬を軽く数度叩いた。すると、瞼が震え、気だるげな瞳が現れる。
何の感情も感じられない瞳だった。
諦観していた。絶望も苦しみも何もない、全てを諦めた瞳だった。
少女はそんな瞳を持つ青年にただ静かに問いかけた。
いきたいか――と。
それは、生きたいとも逝きたいともとれる響きだった。
沈黙が流れる。
雪が身体を叩く音とその強さだけが感じられる。
世界は完全に切り離されていた。ここは少女と青年二人きりの世界だった。
青年自体はその問いの意味を理解していたのか解らない。それは数分にも数十秒にもそれとも数十分にさえも感じられる時間だった。
そして青年は朦朧とした意識の中、静かに口を開いた。