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結局、僕は生活指導に怯えながらも、暴力に屈することになった。
「あっち、ここをそっち、んで……」
星野さんは自転車の後ろから僕に指示を飛ばしてくる。
その間少しでも揺れると、柔らかい感触が先端だけ、僕の背中に触れた。
僕の制服は泥まみれで、自転車の二人乗りなんてしたら星野さんだって泥がつくだろうに、彼女は全く気に留めていないようだった。
そのことが僕にとって、不思議だった。
自分も汚れた、という口実作りなのだろうか。いや、だったらもっと自分の服を気にするはずだ。
「おい、どうしたんだ?」
「えっ?」
「またぼーっとしてると危ないぜ。あ、ここはこっちな」
「ねえ……そういえばさ、どこに向かってるの?」
「いいや、どこにも」
「えー!」
驚きを隠せず、自転車が大きく揺れる。
「うわっ」
星野さんは僕の肩にしがみついた。柔らかい感触はより強く、僕の神経を尖らせた。
布越しに伝わる熱は、本能的に僕の筋肉を弛緩させようとしてくる。ハンドルを握る手をより強くして、僕は転ばないように堪えた。
「あっ……」
この声は、二人でほぼ同時だった。
「お、おい危ないだろ……」
「う、うん。ごめん……」
気まずい空気が流れると、僕は顔を上げて目の前の景色に集中していた。学校から随分遠ざかったようだ。
「えっと……、それでどこに向かってるんだっけ?」
「だから、どこにも向かってねえんだって。ただ走っているだけってのも中々悪くないだろ?」
「いや、全然分からないけど……はぁ」
「おいおい、景気が悪いぜ」
からからと笑いながら、星野さんは僕の背中をばしばしと叩いた。
音が鳴るたびにハンドルがぐわりと揺れてしまったが、後ろの星野さんはというとまた笑うばかりだった。
「ここは……」
「お、ここだ、ここ」
「さっき、目的地はないって……?」
「別に目的地ってわけじゃないよ。ただ、ここ走ったら気持ちいいだろうって」
そう言うと、星野さんは一度自転車の荷台からおり、眼下を指差した。
急な坂を下りた先には、長く続く河川敷。
川のせせらぎと土の匂いが、強い風に乗って坂の上に届いていた。
「気持ちいいって、それだけ?」
「ん、何かおかしいか?」
「おかしくはないけど、いや、やっぱりおかしいのか……」
質問を質問で返されると、僕の方はそれ以上何も言えなくなってしまう。
「じゃあいいじゃん、さ、走ってよ。この坂だってブレーキかけんなよ?」
「はいはい、分かりました」
「よし、行け長良!」
自分の名前が呼ばれただけなのに、僕は思わず驚いていた。
それ以上口には出さなかったけれど、妙な気持ちが心の奥に湧いていた。
気を抜いていると、自転車は坂を猛スピードで降りて行く。河川敷に突っ込む直前でハンドルを切り、川と平行に走って行く。
川を泳ぐ鴨よりも、僕たちはずっと速かった。
「はー」
「ため息ばっかりだなぁ、お前さ」
「……原因分かってる?」
「とーぜん。あたしだろ?」
星野さんはまた、からからと笑う。
学校ではあまり誰かと話しているところを見たことがないし、悪い噂も立っているくらいだから、こんなに笑う人だったとは思っていなかった。
彼女の笑い声にはなんていうか、濁りがないように思えた。
「星野さん、思ってたのとずいぶん違う人だったね」
「それ、思ってたのってどういうことだよ」
「ほら……色々……」
学校で流れている噂をそのまま話すのもどうかと思い、僕は言葉に詰まってしまった。
「色々って、お前なぁ。ま、あたしだって自分がどう思われてるかなんて知ってる」
「なら、どうして否定しないの? 噂を聞いたら、どんどん離れて行っちゃうような……」
「気にしてないんだよ、あたしはさ。言いたい奴は言ってればいい。大体嫌われてた方が、こうして授業サボる時も楽じゃねえか」
「あ、サボるのは本当なんだ」
「大体お前もさ、嫌ならあたしが自転車から降りた時に走って逃げればよかったじゃん」
「僕が自転車で逃げたら星野さん、ここで一人になっちゃうでしょ。学校から遠いし……、大変だと思って」
「お前ってお人好しなんだな。ま、そんな顔してるしな」
「どんな顔だよ!」
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