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風の強い日、僕――長良 憲一はよく自転車に乗って登校する。

 髪を揺らしながら通り過ぎる風は気持ちいいし、追い風に背中を押される感覚もまた気持ちがいい。

 そんな風の中、登校中の女子のスカートがめくれないかな、なんて期待しているとそれはあっという間に学校へ到着する。


「あっ……」


 それは、ある日のことだ。

 七月初旬の今日、すっかり夏服に衣替えした同級生と同じように、僕も夏服で登校していた。自転車に乗って、いつもの坂を駆け下りる。

 学校が近くなってきて、屋上に女子のスカートの端を見つけ、チャンスなどと息巻いた瞬間だった。


「皐月……さん?」


 皐月さつき りょう

 僕の通う高校の一年生で、つまり僕とは同級生にあたる。クラスこそ違うが、彼女のことは中学の時から知っている。

 おしとやかな雰囲気に、控えめな態度。バスケ部のマネージャーを中学の頃からずっと続けている。

 セミショートの髪は少し内巻きになっていて、筋の通った鼻と瑞々しい唇の雰囲気もあいまってどこか大人っぽく見える。

 つまるところ、中学生からの僕の想い人であった。


「それと、あれはバスケ部部長の高宮先輩だ……」


 バスケ部の部長なんて、人気者に決まっている。高宮先輩も持ち前の整った顔立ちと校内一の長身、そして爽やかなスポーツマンシップというのだから、そのセオリーに当てはまらないはずがない。帰宅部の僕なんてとても及ばない存在だ。

 皐月さんと高宮先輩。

 その二人が人気のない時間に屋上にいる。

 どんな会話が行われているかなど簡単に想像がつく。


「お似合いじゃないか……」


 空笑いは、虚しく風に飛ばされた。


「――おい、アブねえぞ!」

「うわああっ」


 すっかり上に向いていた注意を、声に呼ばれて前に戻す。

 女子生徒が自転車の前輪の先、数センチまで迫っていた。

 危ない――僕は反射的に、前輪のブレーキを全力で思いきり握った。

 なんてボケていたのだろう。

 そう僕は、前輪のブレーキだけを思いきり引いてしまっていたのだ。

 慣性は収まらず、前輪を軸にして自転車の後輪が持ち上がり、そのまま車体は一回転した。当然、僕は途中で自転車から飛び降りる勇気などなく、一回転した自転車とともに背中から植込みに突っ込んで行った。


「いってぇ……」

「おい、お前馬鹿か?」

「え……?」


 声の主は、僕がブレーキをかける原因になった生徒だった。

 長い黒髪に、少しお化粧をしたと分かる目元。ぶっきらぼうな言葉遣いは間違いなく、同級生の星野ほしの 千晶ちあきだった。僕と同じ帰宅部だが、クラスで目立たない僕と違って彼女は素行が悪いことで有名だ。援助交際をしているなんて噂もあるほどだ。


「ったくぼーっとしてんじゃねえよ。ま、あたしも見てなかったんだけどさ」

「す、スミマセン」


 植込みに飛び込んだおかげで僕に怪我はないし、彼女にぶつかってもいないようだ。

 僕は枝をかきわけながら、ゆっくりと体を起こす。


「……あ」


 そう、今日は風が強い日。

 全くの偶然、突風が星野さんのスカートを思いきりめくり上げた。


「見え……」


 黙っていればいいものを、僕は本能的に口に出してしまっていた。ぶつかりそうになった上、パンツまで見てしまった。それも予想外に真っ白。いいや、色は関係ない。とにかく怒られる――!


「ちっ、心配して損したよ」


 予想外に彼女は顔を赤らめてそっぽを向き、舌打ちだけで済ませてくれた。僕など眼中にないということなのだろう。

 星野さんは短いスカートを抑えながらしゃがみ込んで、僕と同じ目の高さになった。


「それよりお前さ、そんだけ土で汚れちまったんだから授業受けられないだろ。あたし、丁度アシが欲しかったんだよ」

「えっ、足……?」


 言われてみると、僕の制服は確かに土まみれ。

 夏服で白いシャツ一枚なものだから汚れが目立つ上、脱いでごまかすこともできない。


「あ、そういえば体操着も持ち帰ったんだった……」


 すぐに、嫌なことまで思い出す。


「なんだ、丁度いいじゃねえか。あたしが後ろに座るから、ほら漕げよ」

「えっ……?」

「自転車だよ、自転車」


 動揺を隠せない僕をよそに、星野さんは自転車を起こした。

 指をくいと動かし、サドルを指した。


「乗んなよ。ていうか漕ぎなよ」

「え、ええ」

「ほら早くっ! どうせ着替えもないんだろ」

「え、ああうん」


 僕がサドルに座ると、星野さんは荷台のところに座った。

 漕ぎ始めてみると、男同士で二人乗りをするよりずっとペダルは軽かった。自分の背中に、ぼんやりとした熱を感じていた。


「こらー! 何やってるんだ!」

「ちょっとサボりまーすっ」

「えっ、先生?」


 後ろから聞こえてきたのは、生活指導の先生の声だった。

 ブレーキをかけようとする僕の背中を、星野さんがぐいとつねる。


「いたっ」

「大丈夫だって。ほら、漕いで漕いで」


閲覧ありがとうございます。

続きもぜひ、よろしくお願いします。


2014/06/13 誤字などを修正

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