十七歳の運命
高くなった夏の日差しが広場に集まった防衛隊たちの頭上をジリジリと照りつけている。
いつの間にか町民も取り囲むように集まってきていた。彼らの中には親族や恋人を連れ去られた者も多数おり、早く連れ去られた人々を助けに向かうべきとの意見が圧倒的だった。なかにはすでに自宅から武器を持参してきている者もおり、広場は異様な殺気で満ちていた。
アリストは防衛隊が全員揃ったことを確認すると大声で呼びかけた。
「我々は連れ去られた者たちの救出に向かう。これに異論のある者、辞退したい者はいるか」
防衛隊の誰一人として異論を唱える者は居なかった。隊列に加わっていたレヴィンの思いも一緒だった。
「ありがとう。それでこそセレスの男だ」
アリストはみんなに向かって深く礼をすると、さらに話を続けた。
「救出にはまず敵の動きを探ることが先決だ。誰か斥候となって敵の動きを探って来てはくれないか」
「そんな悠長なこと言ってる場合じゃねえ! 」
何処からか罵声があがった。
「そうだ今すぐ助けに行こう! 」
民衆の声は徐々に膨らんでいった。
アリストは次々と挙がる民衆の声に耳を傾けていたが、しばらくすると落ち着いた声で呼びかけた。
「みんなの気持ちはわかる。しかし敵の所在は未だに分からないままだ。今無闇に動いても被害を増やすだけ、そうは思わないか」
アリストの言葉にその場は暫く静まりかえった。
「もう一度聞く。斥候となってくれる者はいないか」
斥候は危険な任務だ。名乗りを上げる者も居なさそうなので、レヴィンが手を上げようとしたその時だった。
「俺が行こう」
隊で一番大柄なコルトが名乗りをあげた。普段は温和で仲間から昼行灯などとからかわれている彼だが、今日は目つきが違っていた。なぜなら彼も昨夜、まだ幼い妹を連れ去られていたからだ。それを見ていたスピーノも続けて手を挙げた。
「コルト一人に任せるのは何かと心配だから俺もお供するわ」
カルタスは二人に歩み寄ると、目を見つめながら力強く握手をした。
「ありがとう。二人の勇気は俺たち皆の誇りだ」
コルトは口を真一文字に結び無言で頷き、スピーノはそばかすの散った鼻柱を指でこすると照れくさそうに笑った。
「よし決まりだ。スピーノ、コルト、早速準備に取りかかってくれ」
スピーノはコルトの背を叩き、一緒に馬小屋の方へと駆けて行った。
アリストは二人を見送ると続けて言った。
「ラグレイトからの応援もじきに到着するはずだ。彼らと共にさらわれた者達を助けにいくぞ! 」
心強い呼びかけに防衛隊と民衆から歓声が上がった。
その時、二頭立ての濃紺の馬車が広場に乗り込んできた。馬車は民衆の注目を集める中、防衛隊の手前で静かに止まった。
「これは何の騒ぎかな」
膝下まで伸びた紺色の服を身にまとった細身の中年男性が馬車から降りてきた。
「司令官?! 」
アリストは男性に駆け寄り手を差し出した。
「セレス防衛隊隊長のアリストです」
アリストが名乗ると、男性も手を差し出し握手を交わした。
「ランサー南方司令官だ」
ランサー司令官は鼻下に細くカールした髭を蓄え、顎髭も良く手入れがされており艶やかだ。普段人に命令することが多い職業柄か、カルタスにやや見下しているような視線を送っているようだった。
「司令官、お早いご到着で。グランダムの襲撃を受けて今朝ラグレイトに応援を要請しました。援軍到着までの間、ここで捕虜奪還の作戦を練っていたところです」
しかしランサーは冷淡に言い放った。
「援軍?残念だがそのようなものは来ない」
アリストは眉間に皺を寄せて耳を疑った。
「実はグランダムの大軍がラグレイトに侵攻するとの情報が入った。加勢してやりたいのは山々だが、自らの守りを固めるのに精一杯なのだよ」
「しかし我々はすでに奇襲を受けました。そして多くの者が連れさられ、今も助けを待っているのです!」
珍しく興奮した様子で詰め寄るアリストを、ランサーの護衛の男らがすかさず手で制した。
「ああ、さきほど長老から詳細は聞いた。しかし申し訳ないが、先ほど言ったとおり我らがしてやれることはない」
そう言ってランサーは殺気立つ民衆を見回すと、髭を数回撫でてさらに付け加えた。
「ただ、君らが独断で救出に向かうと言うのであれば我々は止めはせんよ」
ランサーの態度に怒りを覚えた民衆の一部が、暴言を吐きつつ詰め寄ろうとするのを、防衛隊が身を呈して必死で食い止めた。ランサー達はその様子を他人事のように横目で眺めると、停めていた馬車に乗り込んだ。
「それでは幸運を祈る」
ランサーは馬車の窓からアリストらに向かって軽く敬礼をすると、何事も無かったかのように悠々と広場を後にした。
民衆の怒りは抑えがきかなくなるほどに膨れ上がりもはや防衛隊では止められない状況となっていた。そこへ現れたのはベルタ長老だった。
「長老!今すぐ我々だけで助けに行きましょう! 」
長老に訴えかける声は次第に大きくなって収拾がつかなくなっていた。長老はカルタスの横に並ぶと、大きな身振りで落ち着くよう指示してから大声で訴えかけた。
「みんなの気持ちはわかっておる。身内をさらわれた者達はさぞかし心配だろう。しかしアリストの言う通り無策のまま動くのはあまりに危険だ。偵察に行った者たちが戻ってくるまで、どうかわしに免じて怒りを抑えて待ってほしい」
長老の必死の呼びかけにその場の民衆は口を閉ざすしかなかった。
†
カリーナはまだベッドで横になっていた。すでに涙は乾いてはいたが、勇者グレンや両親のこと、剣の秘密、あまりの出来事に頭の中が整理できず、起き上がって何かをしようという気分になれなかった。
ドアを叩く音がしてお婆が部屋に入ってきた。
「ちょっと歩きに行こうか」
お婆に誘われてカリーナはようやくベッドを出ることにした。
真昼の夏の太陽が容赦なく照りつけてきた。二人は街路樹の木陰に沿ってゆっくりと歩を進めた。
手を引こうとするカリーナをお婆は微笑んでやんわりと断った。
「お前の母もとても器量が良く優しい娘じゃった」
お婆は杖をついて歩きながら語りはじめた。
「そして芯が強く曲がったことが大嫌いな娘じゃった。あの日もそのまま逃げておれば、命を落とすことは無かったろう。じゃがわしらが奴らに痛めつけられると思ったんじゃろう。自らの命と引き換えにわしらを救ってくれたのだ」
それを聞いてカリーナはうつむいた。
「わしはあの娘のようにお前を失いたくなかった。だから母親のことや剣のことは長老と口裏を合わせ秘密にするつもりじゃった」
お婆はカリーナを見上げたが、その眼差しは遠くを見つめたままだった。
その澄んだ瞳に、お婆は母親の面影を重ねていた。
「しかし何の因果か、お前も母親と同じようにみんなを守るため剣を取った。あの時わしは思ったのじゃ。人は定められた運命には抗えん。と」
カリーナは黙って歩いていた。しばらくすると祠が見えてきた。
お婆が中をのぞきこんだ。
兵士の死体はすでに無く、生々しい血痕だけが残されている。
そしてグレンダインは、無造作に地面に置かれていた。
「あの剣は持つものに破滅をもたらすと言われていた。現にあの剣を手にした者のほとんどは、悲運の最期を迎えておる。じゃがお前とわしらは剣のおかげで救われた」
祠の手前で入れずにうつむくカリーナに、お婆は問いかけた。
「ひょっとしたらあの剣はお前を選んだのではないか。そう思えてならんのだ。お前はどう思う? 」
「分からない……でもお母さんが助けてくれた。そう思いたいの」
その言葉を聞いてお婆は優しく微笑んだ。
「剣がお前を選んだとすれば、その運命に従うか、それとも抗うか。おそらく正解はない。もちろんわしが決めることではない、お前自身が決めるのじゃ」
カリーナは瞬きもせず、祠の中のグレンダインをじっと見つめていた。
「急がずとも良い。ゆっくり考えなさい」
お婆はすれ違いざまに優しく語りかけたが、カリーナの反応はなかった。
「歩いてお腹も空いたじゃろう。先に帰ってお昼の用意をしておるぞ」
そう言い残して、お婆は立ち去った。
カリーナは祠の前で立ち尽くしていた。
「私の運命……」
これまで自分の運命など考えたこともなかった。その言葉は十七歳の少女の心を、深い霧がかかったように曇らせていた。
「簡単に答えなんて出せるわけないよ……」
「お姉ちゃん! 」
背後から少女の声が聞こえた。
振り向くと、昨夜祠まで連れて逃げたあの子がそこに立っていた。
「こんにちは。お母さんは……」
そう言いかけて言葉に詰まった。
元気の無い表情からまだ出会えていないと悟ったからだ。
少女は駆け寄ってくると、カリーナの脚を強く抱きしめた。
「ママね。悪い人達に連れて行かれちゃったの」
カリーナは必死にかける言葉を探したが見つからなかった。
しゃがんで少女を見つめると、その頬には大粒の涙が流れていた。
「大丈夫。きっと会えるよ」
声を上げて泣く少女を優しく抱きしめた。
「お姉ちゃん。お母さんを助けて」
その言葉に心にかかっていた霧が一気に晴れていく気がした。
少女の涙が乾くのを待って、カリーナはおもむろに立ち上がった。
「ここで待っててね」
そう言って優しく微笑むと、カリーナは祠の中へと消えた。
お婆が昼の支度を終えた頃、玄関のドアが開いた。
そこにはカリーナの姿があった。右手にはグレンダインを握りしめていた。
「そうか。運命に従うか」
「やっぱり運命なんて難しいことは私にはわからない……でもお母さんが私を守ってくれたように、私も誰かを守れる人になりたい……そう思ったの」
カリーナの力強い眼差しにお婆は何かを感じ取ったようだった。
「お前に渡したいものがある。こっちへおいで」
お婆は自分の部屋に入るとカリーナを手招きした。
彼女が人を部屋に招き入れることなどなかったので、カリーナは少々戸惑ったが、平静を装ってゆっくりと扉を開けた。
その部屋には古物商に来たのかと錯覚してしまうほど物珍しい品物が所狭しと並んでいた。壁には額縁に入れられた知らない文字で書かれた手紙や色あせた肖像画、鮮やかな色使いの刺繍などが幾つも飾ってある。
「渡したいものというのはこの部屋には無い」
そう言うとお婆は、部屋の片隅に無造作に置いてあった木箱をずらした。
すると床下へ通じる穴が開いており、下へ降りる梯子も見えた。
「え、何?梯子?」
動揺を隠せないカリーナをみてお婆は笑った。
「剣を置いてついてまいれ」
そう言うとお婆は軽快に梯子を降りはじめた。
カリーナも慌てて後を追った。
「もしやのために避難場所にするつもりじゃったが、余りに狭すぎてのぉ」
お婆があらかじめ備えていたロウソクに灯をともすと、そこは地下室というよりむしろ空洞と呼ぶ方が相応しいほどの広さしかなく、壁と天井には手彫りの跡がはっきりと残っていた。
「あれじゃ」
お婆が指を指した先には人が一人くらい入れるほどの大きな木箱が置いてあった。
「さぁ、受け取るが良い」
カリーナは恐る恐る木箱の蓋をあけた。手に金属の冷たい感触が伝わった。よく見るとそれは鎧と兜だった。
「それはグレンが身につけておったアルテマ製の鎧と兜じゃ」
お婆の言葉にカリーナは驚いた。なぜなら所々錆びついてはいたものの、三百年も前に作られた物とは思えないほど、金色に光り輝いていたからだ。
鎧は女性のグレンに合わせて作られたためかやや小振りで、持ち上げると拍子抜けするほど軽い。そして兜の両側には羽をあしらった金属の飾りが施してある。
「身の危険を感じたときにはここに逃げて来るがよい。そしてもし戦うことになればこの鎧を身につけるのじゃ。きっとお前の身と心を助けてくれるじゃろう」
お婆はそう言うと兜を手に取りカリーナに被せた。
「本当はお前にこんなものを着せたくはなかったのじゃが……」
寂しげに呟いたお婆の言葉が耳にこびりついて離れなかった。




