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滅びの剣と星屑の勇者  作者: タキザワコウ
第二章 〜憂国の騎士団〜
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屈辱

 港町ハガダの大通りは同じ港町のベルナと比べると幅が狭い上に舗装もされておらず、おまけに露天商が不規則に立ち並んで雑然としている。

 行き交う人々の身なりは、南国の気候のせいか老若男女のほとんどが褐色の肌を露出しており、真夏でも肌を隠すことが多いアルティアでは考えられないことだ。レヴィンは目のやり場に困った。


「カリーナのやつ、一体どこに行ったんだ?」

 レヴィンは大通りを歩きながらカリーナの姿を探した。

 カリーナは子供の頃から、見慣れた場所から一歩出た途端、迷子になってしまうほどの方向音痴で、夕方になるとお婆と一緒にカリーナを探して歩くのがレヴィンの役目だった。


(あいつ未だに自分が方向音痴だって自覚がないんだよな。土地勘のあるラナがついてるからたぶん大丈夫だと思うけど……)

 ラナは今宿泊している宿屋の娘である。まだ十歳だがしっかり者で当然土地勘はあるはずだが、まだ十歳と言っていたので安心はできなかった。


 その時、通りの一角に出来た人だかりが目に止まった。中で何やら若い女性が喚いているようだ。

(間違いない。カリーナの声だ! あれほど目立つなって言ったのに! さてはいつもの癖が出たか)

 レヴィンには何となく予想がついた。昔からカリーナは女子供相手だと値段を釣り上げたりする輩が許せず、店頭で大声を出して揉めることもしばしばだった。そしてそんなカリーナをなだめ、その場を収めるのも、いつもレヴィンの役目だったからだ。


(俺はカリーナのお守じゃねぇぞ)

 不満で口を尖らせながら人混みをかき分け進むレヴィンだったが、彼の背丈では様子を伺うことはできない。

 途中、恰幅の良い女性のお尻で押しつぶされそうになりながらもカリーナの声がする方へと進んだ。ようやく視界が開けたところで、カリーナの姿が確認できた。


 しかしその光景は、レヴィンが想像していたものとは随分違っていた。


(一体どうした? 何があったんだ)

 そこには大粒の涙をこぼすラナと、彼女を抱きかかえしゃがみ込むカリーナの姿があった。よく見るとラナは右足を擦りむき、そこからは血が一筋流れている。

 そして睨みを利かすカリーナの視線の先に立つ三人の男。漆黒の鎧と赤いマントを纏った騎士と、その下僕らしき軽装な鎧を着た男二人がカリーナたちを見下ろしている。


「カリーナ、大丈夫か?」

 レヴィンは思わず名前を呼んでしまったことを一瞬後悔したが、気にせず二人の元へと駆け寄った。その姿を男たちは横目で追うと、鎧の男が口を開いた。


「この娘、お前の知り合いか。まったく、身の程知らずもいいところだ」


 レヴィンはその言葉に一瞬男たちの方を見たが、意に介さずカリーナに訊ねた。

「どうした? 一体何があった」


「ここで買い物をしてたら、この男たちが強引に割り込んできてラナを突き飛ばしたの」


「何だって?」

 拳を握りしめ怒りに満ちた視線を送るレヴィンに向かって、下僕の男は言い放った。


「その娘は卑しい身分の出身のくせに、俺たちに先を譲らなかった。だから教育してやったのだ」


「身分? そんなもの理由になるかよ! かわいそうに、血を流しているじゃないか。この子に謝れ!」


「お兄ちゃんもう良いの……私の不注意が原因だもの」


「違う! ラナは絶対に悪く無い。悪いのはこいつらよ!」

 カリーナは鋭い視線を男たちに向けた。眉はつり上がり唇は怒りに震えている。


「カリーナと言ったな。他所者で知らないのならば教えてやろう。この国では自分より身分の低い者から無礼を働かれた場合は斬り捨てても良い、そういう決まりなのだ」


「決まりなのかどうかは知らないが、あんた達大人だろ? 子供に手を出して恥ずかしくないのか」

 レヴィンの言葉に群衆の中からも同調する声があがり、男達は少しだけ(ひる)んだ。


「年齢は関係ない。先ほどもその娘にも言ったが、これは身分の問題だ。それ以上口を挟むようならば、他所者と言えど容赦はせんぞ」

 鎧の男は口元に不敵な笑みを浮かべると腰の剣に手をやった。それを背後で見ていた二人も同じく剣に手をかける。


 その様子に危険を感じたラナは涙を指先で払うと、身構えるレヴィンとカリーナに小声で訴えかけた。

「これ以上怒らせたら、お兄ちゃんたちだけでなくお父さんも酷い目に遭うわ。だからもういいの……」


「だからって、やっぱり納得出来ないわ」


 しかしラナはカリーナの不満をよそに手を振り解くと、地面にひれ伏し消え入りそうな声で言った。

「騎士様……失礼いたしました。これから気をつけますので……どうかお許しください」


 男たちは互いに目を合わせると、その態度に満足したのか剣から手を離した。


「分かったのなら今日の所は許してやろう」

 そして今だ睨みをきかせるカリーナとレヴィンに視線を落とした。


「旅の者よ、分かったか。俺たちに難癖をつけるのはお門違いだ。恨むべきは自分の生まれであって我々ではない」

 そう言うと男達は取り囲む群衆を睨みつけた。


「お前たち何を見ている? 見世物じゃないぞ。それとも俺たちに文句でもあるのか」

 威張り散らす下僕の男に恐れをなして、人だかりは蜘蛛の子を散らすように消えていった。


 それを見届けるともう一人の男がカリーナ達の方を向き言った。

「お前たちも早く立ち去れ。俺たちの気が変わらんうちにな」


 カリーナは怒りを込めた台詞が喉まで出かけたが、それを堪えて飲み込んだ。何故ならラナがあれからずっとひれ伏したままだったからだ。

 レヴィンは思った。一番悔しいのはこの子に違いない。それを代弁することは自分達に出来ることではないと。


「ラナ、カリーナ、行こう。早く帰って手当てしないと」

 レヴィンはラナを起こすと、擦りむいた傷口を見て訊ねた。

「痛むかい?」

 周りを気にしながら小さく頷くラナを、レヴィンは背中に乗せた。


「小娘のおかげで命拾いしたな。そいつに感謝しろよ」

 嘲笑が込められた騎士の言葉にカリーナは奥歯を噛み締めると、ギッと男達の方を睨みつけた。


「無視しろカリーナ。宿に戻るぞ」

 レヴィンはカリーナの手を引き、すぐに立ち去るよう促す。カリーナはやり場のない怒りに肩を震わせていた。


「大丈夫。わかってるから手を離して」

 レヴィンの手を振りほどくと、カリーナは足早にその場を後にした。今にも溢れそうな涙を誰にも見られたくなかった。


 †


 宿に戻るとラナは父親と顔を合わせることもなく急いで二階へと駆け上がった。それは泣き顔を見られて父親に余計な心配をかけたくないという、幼い彼女なりの気配りだった。

 しかし父親の目は誤魔化せなかった。娘の異変に気がついた父親に迫られ、カリーナとレヴィンは、先ほどの男達とのやり取りを詳細に話した。


「そうですか、そんなことがあったとは」


「ラナは俺たちやお父さんに迷惑を掛けたくないって一心で、あの歳で頭まで下げて……」

 レヴィンはテーブルに両腕を突くと悔しさを滲ませた。


「ラナの為にありがとうございます。でもこれ以上私たちに関わらない方がいい。これは我々の変えられない定めなのです」

 宿屋の主ルーイは深い溜め息を漏らすと、ジャナンの身分制度について語り始めた。


 二千年の歴史を誇るジャナンには有史以来、決して越えられない厳然たる身分制度が根付いている。

 王家の血族だけで構成される王族を頂点に、政治を司る貴族と王を護衛する騎士を含めて「選民」と呼び、犯罪を犯した者が罰として落とされる最下層の身分を「下民」、それ以外は全て「平民」と呼ばれている。

 人口の九割は平民だが、ラナのように選民から理不尽な言いがかりをつけられることは珍しくなく、平民は無抵抗にただ耐えるしかなかった。また下民は肩もしくは首元に犯罪を犯したことを示す入れ墨が入れられるために日常的に差別を受け、就ける仕事も限られていた。

 十年前には類希な能力や実績があれば、平民でも選民へと格上げされることが認められた。しかしそれには選民の推薦が必要となることから、推薦を受ける為の賄賂が横行し、それも相まって近年の選民による横暴は目に余るものがあった。


「だからってこんなこと許されるのかよ!」

 レヴィンの怒りは収まりそうにない。


「二千年も続いてきた制度だ。俺たちがどうこうできる話じゃない。悔しいが仕方ないさ」

 側で聞いていたスピーノはレヴィンの肩をたたいて慰めた。


「カリーナはどこだ? さっきまでここに居たはずだが……」

 カルタスは周囲を探すもカリーナの姿は無い。


「さっきラナを追って二階に行かれました」

 カウンター越しにルーイが答える。


「そうですか。放っておいてあげたほうが良いのに……」


「ラナには歳の離れた姉がいました。久しぶりに姉のような存在が出来たことが嬉しかったのでしょう。カリーナさんを本当の姉のように慕っていましたし、カリーナさんもそれに応えるように接してくれていましたから」


「ラナのお姉さんは今どこに?」


「おい、カルタス!」

 カルタスの配慮を欠いた質問に、スピーノは眉をひそめて自重するよう促した。


「良いんですよ。みなさんにはご迷惑をおかけしていますから」

 ルーイは作り笑いをしてその場を取り繕うと、三人のために用意していたお茶をテーブルに置いた。


「ラナの姉はシーナと言います。五年前、選民の男に乱暴されかけ、抵抗してた際に傷を負わしてしまいました。シーナは私とラナに被害が及ぶことを心配して、何も言わずに出て行ってしまったのです。生きていればもう二十二……それっきり連絡も無いので私は諦めかけていますが、ラナは今でも時折海岸に行っては娘の帰りを待っているのです」


 シーナ……その名前に聞き覚えがあったスピーノはそれを伝えるか迷ったが、ルーイの寂しげな表情に心が痛んで口をつぐんだ。

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