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滅びの剣と星屑の勇者  作者: タキザワコウ
第一章 〜それぞれの旅立ち〜
3/32

前夜祭

 千年祭の準備は町民総出で取り組んだ甲斐もあり、日没前に終えることができた。

 日が落ち辺りが暗くなり始めると、中央広場に松明が煌々と焚かれ始める。それは前夜祭の幕開けを告げる合図だった。

 セレスの町では大きな祭事の前夜には必ず前夜祭が催された。鉱山の町には娯楽が少ないので、この日ばかりは住民に酒や食事が振る舞われ、子供から老人までが夜が更けるまで歌や踊りを楽しむのだった。


 広場の中央には仮設の演舞台が組まれた。舞台の上では町一番のお調子者スピーノが、言葉巧みに前夜祭を盛り上げていた。彼はカリーナやレヴィンたちと同い年で、口が達者なことから「おしゃべり鳥」などのあだ名で呼ばれていて、本人もそのあだ名を気に入っていた。


「お集りの皆様、お待たせしました。それでは前夜祭のお楽しみ、華麗なる演舞の始まり始まりぃ! 」


 観客の歓声とともに、色とりどりの民族衣装を身に纏った少年少女達が舞台へ上がった。太鼓のリズムに合わせて頭上で手を叩くと、男女が向かい合って楽しげにくるくると回る。これはセレス地方の伝統舞踊だ。

 観客も手拍子でリズムを取って演舞を盛り上げる。踊りは次第に早くなり、やがて全員が何度も回転して掛け声を揃えたところで終わった。

 息の揃った踊りに対する拍手はしばらく続いたが、弦楽器の旋律が聞こえてきところですぐに鳴り止んだ。

 舞台中央にいた最年少の女の子が静かに歌い始めると、徐々に歌声が加わりやがて合唱となった。観客も隣り合う者同士で肩を組み、声を揃えて歌声を上げる。

 

清き川 水面は輝き

青き山 頂きは高く

永遠に栄えし 我らの故郷


神が与えし 金色の剣と

女神セレスの 気高き血潮

永遠に継がれし 我らの誇り


 セレスを讃えるその歌は、いつしか町民全員の大合唱となって町中に響き渡る。

 やがて歌が終わると割れんばかりの拍手が巻き起こった。舞台の上の少年少女達は深く礼をすると、弾けるような笑顔を残して元気よく舞台を降りていった。


 拍手喝采が続く中、舞台袖からスピーノが早足で登場する。

「素晴らしい!彼らはまさにセレナの誇り。最高の演技に最高の拍手を!」

 スピーノに促されて再び大きな拍手が巻き起こる。まるで自らが拍手を浴びたかのように恍惚の表情を浮かべるスピーノを見て、観客から大きな笑い声が起きた。


「さぁ、お待ちかね。わが町の舞姫の登場だ。カリーナによる剣舞バルタニス! 」


 バルタニスとは、三つの頭を持つとされる竜の名前である。この地方には遥か昔、村を荒らしていたバルタニスを女神が退治したとの伝説があり、これはその物語を剣舞にしたものだ。

 女神セレスは普通の人間の少女だったが、神から金色の剣を与えられ、バルタニスと三日三晩闘った。セレスは死闘の末についにバルタニスを退治するものの、傷つき命を落としてしまう。

 彼女の勇気に心を打たれた神は、この地で彼女を天に召還し、セレスは戦を司る女神となったという。この町の名前もその伝説にちなんでセレスとなった。


 スピーノの紹介とともにゆっくりと打楽器のリズムが刻まれ始める。そこに弦楽器と横笛の妖艶な音色が加わった。その音楽は次第に大きく鳴り響き、会場の雰囲気を一変させた。


 すると薄暗い舞台の中央に、カリーナが静かに登場した。彼女は腰まである金色の髪を束ね、右手には金色の長剣を持っている。そして十代の処女のみが公の場で着ることができる、エランと呼ばれる民族衣装を身にまとっていた。

 レース状の白い布が幾重にも重ねられたエランは、女神の衣という意味を持つ通り、カリーナを気高く見せていた。


「あっ、女神様だ! 」と観客の少女が叫ぶと、客席からどっと笑いが起きた。目を輝かせて自分を見つめる少女に、カリーナは幼い頃の自分を重ねる。

(ここではじめて剣舞を見たのはあの子と同じくらいの頃だったかな。その優雅で力強い舞に感動して、翌日から剣舞を習い始めたんだっけ)

カリーナは少女を見つめて優しく微笑んだ。

やがて音楽が止むと、カリーナは目を閉じた。白く長い両腕を伸ばし、長剣を天にかざす。

 元来目鼻立ちがはっきりとしている表情は、松明の明かりに照らされてさらに深い陰影を作りだしていた。その姿はまるで女神セレスの彫刻のようにも思えた。


 暫くの間静寂が続き、観客は息をのんでただ彼女だけを見つめていた。


 カリーナが目を開いた瞬間、弦楽器が幻想的な音楽を奏で始めた。彼女はゆっくりと、そして力強く舞い始める。

 音楽に合わせ穏やかな表情で華麗に回ったかと思えば、急に険しい表情に変わり高く舞上がる。打楽器の音が加わると、カリーナも剣を激しく振りかざした。

 何かに取り憑かれたかのような剣さばきに皆、本当に怪物と闘っているのではないかと錯覚した。

 怪物の攻撃を受け、剣を突き刺しひざまずくと音楽は鳴り止やんだ。

 彼女は苦悩の表情を浮かべると天を見上げた。ハッ!ハッ!と舞台の袖から男女のかけ声がかかる。

 束ねていた髪はいつの間にか解け、汗にまみれたカリーナの身体は月明かりで妖しく輝いた。

 誰もが瞬きも惜しむかのように、カリーナの剣舞に見入っていた。


 かけ声がさらに大きくなるとカリーナは宙へと舞い上がった。ほどけた髪をなびかせて回転しながら、剣で何度も空を切り裂く。かけ声をかき消すように思い切り地面を踏みつけると、上段から力の限り長剣を振り下ろした。


 かけ声が止む。カリーナは剣を手から落とすとその場に倒れこみ動かなくなった。ついに女神セレスがバルタニスを倒したのだ。


 観客から今日一番の歓声が上がる。

「セレスの舞姫カリーナに盛大な拍手を!!」


 スピーノの呼びかけが終わらないうちに、観客は皆立ち上がって彼女に最大限の拍手を送った。彼女も客席に向かって深く礼をすると、心からの笑顔で歓声に答えた。彼女が舞台から去ったあとも暫く拍手は鳴り止まなかった。


 †


 演舞の後も広場では宴会が続いた。残っていたのは、酒が入った普段鉱山で働く屈強な男共や、出会いを求めてたむろしている年頃の男女ばかりだった。


 レヴィンは礼拝堂の屋根に寝転んで星空を眺めていた。


「やっぱりここか」

 普段着に着替えたカリーナが屋根に上がってきた。


「まーた降りられなくなるぞ」

 からかうようにレヴィンが笑う。まだ言うの?と言い返したい気持ちを抑えてレヴィンに訊ねた。


「ところで、私の剣舞どうだった?」


「ああ、よかった」

 レヴィンは夜空を見上げたまま、素っ気なく答えた。


「はぁ?たったそれだけ?!」

 強い口調で詰め寄るカリーナの気迫に押されたレヴィンは、両手を突き出してカリーナを押し留めた。


「あ、いや、俺あんまり芸術っての分からないからさ」

 戸惑いを隠せずレヴィンは苦笑いを浮かべた。その回答に満足していないのはカリーナの不機嫌そうな表情からも分かった。どうにか満足させるような答えはないものかとレヴィンは懸命に考えた。

「でも……」


「でも?」

 カリーナは身を乗り出し顔を近づけた。それがあまりに近かったので、レヴィンは思わず顔を背けた。


「いや……よくわかんないけど、やっぱり綺麗……だったのかな。」


「なによその感想は! 」

 カリーナは横からレヴィンの首を締め付けた。体格差があまり無いこともあって、本気で苦しいらしくレヴィンは顔を赤らめた。


「離せ!苦しいって!」

 レヴィンはカリーナの腕を無理矢理ほどいてようやく逃れると、咳き込みながら襟元を正した。


「ところでセレスの舞姫様がこんなところに来てていいのかよ。長老達が呼んでたぞ」


「大人の社交場って言うの?ああいう雰囲気は苦手なんだよね」

 カリーナは広場を見下ろした。そこには長老や町内の有力者らが集まり、祭りの開催に尽力した者たちの労をねぎらっている。


「でももうすぐ俺たちも十八歳。大人の仲間入りだ」


「大人か……なんだか実感涌かないけど」

 そう言うとカリーナは苦笑いした。


「やっぱりユーノスに行くのか?」

 レヴィンはカリーナを見上げた。月明かりに照らされたカリーナの横顔は、いつもより大人びて見えて、それが何故か寂しかった。


「うん。ユーノスは芸術の国だからね。色んなものを見て触れて、演舞を勉強したいの。おばば様も賛成してくれているんだ」


「そっか。お前の演舞はこの町みんなのお墨付きだ。きっと成功するさ」


「ありがとう」

 カリーナが珍しく素直に礼を言ったので、レヴィンは広場に目を移した。


「レヴィンはやっぱりお父さんの跡を継ぐの?」

「ああ、それ以外無いだろ。不器用ながら何とかやっていくさ」


 広場には明日に向けて会場の確認しているカルタスの姿と、一方で年頃の女性に次々と声をかけているスピーノの姿があった。


「カルタスは仕官して王都へ行くんだろうな。あいつは頭がいいから大丈夫だろう。スピーノも親父さんの貿易商を継いで、いつか海を渡るんだろうな……」


 レヴィンは仰向けに寝転ぶとため息をついた。


「そうやってみんな旅立っていくんだな」


 星空を見上げるレヴィンの眼差しがどこか寂し気に見えたので、カリーナは横に腰をかけると、視線の先を追った。夜空には幾千、幾億の星が散らばり夏の星座たちを模っていた。

「また戻ってくるよ。私にとってこの町のみんなは家族と一緒だから」


 その言葉は紛れもないカリーナの本心だったが、レヴィンはただ無言で星空を見上げたままだ。カリーナは一瞬戸惑いの表情を浮かべると、再び星空を見上げた。星たちはまるで二人を見守るように優しく瞬いていた。


「あのさ……」


 沈黙を破ってレヴィンが何か言おうとしたその時、広場の方から彼女を呼ぶ声が聞こえた。


「カリーナどこじゃ」

 広場を見下ろすと腰の曲がった老婆が、カリーナの名を呼びながら探し歩いていた。


「おばば様、ここよ」

 カリーナは老婆に手を振った。


 老婆の名前はリンダ・ロイス。幼い頃に両親を亡くしたカリーナの親代わりだ。人々からはお婆様と呼ばれている。町一番の博識で、セレスの生き字引きとの異名をもっていた。年齢は不詳だがすでに百歳を超えているとか、不死の薬を飲んでいる魔女で、実は三百歳位ではないかなどと噂されていた。


「また屋根の上か。もう夜も遅い。早く降りておいで」


「はーい。今行くね」

 カリーナは少し残念そうな表情を見せたが、またねとレヴィンに手を振って軽快に降りていった。


 彼女が去った後、レヴィンは懐から首飾りを取り出した。

 それは女神セレスの横顔をモチーフにした青銅の首飾りだった。


 月明かりに照らすとそのシルエットは少し歪んでいるように見えた。


「やっぱ作り直しだな」

 レヴィンは残念そうに小さく溜息をつくと、再び首飾りを懐にしまい込んだ。

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