反撃
12/30 大幅に加筆・修正いたしました。
金色に輝くカリーナを見てガライは一歩後ずさりした。
(こいつがカリーナか!剣の呪いで人智を超えた力を手に入れたと言うのはどうやら本当のようだな)
ガライは無意識のうちに膝が震えていたことに気付くと、自らを奮い立たせるため大声で叫んだ。
「皆よく聞け! そいつは姿こそ普通の小娘だが、中身は冷酷な死神だ。油断すれば命を失うぞ」
そしてガライは右手を挙げた。
「いいか! 合図と共に一斉にかかるのだ!」
兵士たちはカリーナを取り囲むようにして剣を構える。その背後では弓隊がカリーナに狙いを定めていた。張りつめた弦はギリギリという音を立ててガライの命令を待った。
「行け! 奴を血祭りにあげよ!」
お互いに目で合図をし、兵士たちは一斉にカリーナに襲いかかる。
しかしカリーナは四方八方から繰り出される剣を、まるで川魚が銛を避けるように平然とかわし続けた。
「えぇい! すばしっこい奴だ。四方から矢を射よ!」
ガライの支持で至近距離から矢が放たれたが、カリーナは兵士の背中を盾にしてそれを防いだ。
そして右足を軸にしてグレンダインを一周させると、まるで鎌で刈られた雑草のように一瞬にして首の無い遺体が周りに転がった。
彼女の身体から発する金色の光はますます強くなり、それを見た兵士たちは、畏怖を感じて次々と力なく崩れ落ちた。
「バ、バケモノだ!逃げろ」
敵兵は我先にと甲板から退避を始めた。兵士たちは混乱をきたし、中には船外に押し出されて海に落下するものもいた。
「逃げるな、敵前逃亡は死罪だぞ!小娘とバトラーを討て!」
しかし兵士たちはガライの声に耳を貸すどころか、逃亡にますます拍車がかかった。
一方、カリーナは兵士を追わず鋭い目つきでレヴィンを守るように身構えている。
「無様な…」
バトラーは逃亡を図る兵士の背中を目で追いながら歯ぎしりをした。
「そんなに俺の命が欲しいなら、お前がその手で奪うが良い」
ガライの背後にいたのはバトラーだった。
彼はおもむろに剣を抜くとガライの眼前に構えた。
「俺とやる気か。い、いいだろう」
ガライはほくそ笑むと腰の剣を抜いた。
「あんたのことはずっと目障りだった。俺が上に行けないのはあんたのような老害のせいだからな」
「お前の実力なら今の地位でも高すぎるくらいだ。媚びを売り口だけで成り上がった人間が上に立つほど悲惨なことはない」
バトラーは今の状況をあざ笑うかのように笑みを浮かべた。
「ぬかせ。ならばこの剣捌き、老いぼれの目にとらえられるかな」
そう言い放つや否や、ガライは素早い踏み込みからバトラーの胸元に向けて強烈な突きを繰り出した。バトラーはそれを手元でなぎ払うも、ガライの攻撃は休む間もなく繰り返される。
目にもとまらぬ剣捌きにバトラーはそれを受け流すのに精一杯に見えた。
「どうだバトラー。これでも俺のことを口だけと言えるか」
ガライは手を休めずとうとうバトラーを船縁まで追い詰めた。
「アルティアの大鷲もやはり歳には勝てないようだな」
後が無くなったバトラーの姿を目の当たりにして、ガライは手を止めると余裕の笑みを浮かべた。
「なるほど。確かに素早い剣捌きだ。お前のことを口だけと言ったことは訂正しよう。口と小手先だけとな」
バトラーの言葉にガライは怒りに声を振るわせながら言い放った。
「負け惜しみか。お前の命はすでにこの手の中だ。お望みであれば今すぐその命、頂戴しよう」
剣先を向けられたバトラーは背負っていた大振りな剣を抜いた。
「良かろう。ならば本当の剣撃というものをお前に味あわせてやろう」
バトラーはその大振りなその剣を利き手に持ち替えると、両手で剣を握りしめて両腕を大きく横に広げた。
「ほう、大鷲の構えか。ついに俺の実力を認めたということだな」
ガライは剣先をバトラーに向けたまま片足を引き攻撃に備えた。一刀目をなぎ払い、そこから鋭い一撃を喉元に突きつけるつもりだった。
「では行くぞ」
バトラーはガライに向けて斜め上段からの一撃を繰り出す。
ガライはそれを上手く受け流そうとするも、予想以上の衝撃に思わずによろめいた。そこへ間髪入れず、バトラーの横一線の薙ぎ払いが加わった。
ガライはかわそうと素早く身を引くが、その切っ先が膝に入ったため尻餅をついた。
(くそ! 今まで手加減していたというのか! まるで歯が立たない!)
バトラーの強烈な剣撃は、一瞬でガライの戦意を奪い去っていた。
「だ、誰か助けてくれ! 早くこいつを殺せ」
ガライは必死に助けを求めるが、部下は誰一人として駆けつけなかった。
膝を押さえて呻くガライを、バトラーは表情を変えずただ静かに見下ろしていた。
「見苦しいぞガライ。アルティアの男らしく最期は潔く死を受け入れろ」
バトラーはガライにとどめを刺すべく、大剣を両手で握り上段に構えた。
「ま、ま、待て。俺を殺せばお前の部下たちも反逆者だ! もう国には帰れないぞ! それでも良いのか」
バトラーがその言葉に動きを止めた瞬間、ガライの頭上を何かがかすめて行った。
「将軍!!」
しばらくの間、時が止まったように甲板が静寂に包まれた。
その静寂を破ったのは、バトラーの両手から甲板に抜け落ちた剣の金属音だった。
やがて彼は天を仰ぐようにして後ろ向きに倒れた。その胸元には矢が突き刺さっていた。
「バトラー将軍!」
その様子を目の当たりにしたバトラーの部下達は皆、将軍の名を叫びながら一斉に彼の元へ駆けて行く。
その隙にガライは甲板に残っていた部下に両脇を抱えられて母艦へと戻って行った。それをバトラーの部下も追いかけたが、さらに鋭い矢が飛んできて追撃を妨げた。
「奴だ!みんな伏せろ」
甲板に現れたのはスピーノとカルタス、そしてルッツだった。矢が飛んできた方へと目をやると、そこにはローレンスと側近数人が矢を構えたまま狙いを定めている。
「ここは俺に任せろ!」
そう言うとスピーノは足元に転がった弓と矢を手に取り構えた。
「やめろスピーノ! 奴と張り合う必要なんてない。二人を連れて戻るぞ」
しかしカルタスの声はスピーノの耳に届いていないようだった。スピーノはローレンスに矢を向けると、片目を瞑って狙いを定める。
その瞬間を見計らったようにローレンスは矢を放った。ビンという弦の音を残して飛び立った矢は、霧を切り裂きながら風切り音をあげて進んでいく。
だがスピーノは狙いを定めたまま動こうとはしなかった。
「危ない! 避けろ!」
ルッツの声が甲板に響く。それでもスピーノは弦を張った姿勢を保った。
「もらった!」
スピーノは目一杯張りつめた弦から渾身の一矢を放つ。同時にローレンスの放った矢はスピーノの耳元をかすめ、髪の毛を風圧で巻き上げるとそのまま海へと消えていった。
対するローレンスはスピーノの放った矢を余裕を持ってかわす。その口元にはうっすら笑みが浮かび余裕すら感じさせた。
しかし次の瞬間、彼は大きく目を見開いた。なぜなら霧に隠れてさらに矢が飛んで来ていたからだ。
「何だと!」
それはスピーノが矢継ぎ早に放っていた二本目の矢だった。ローレンスはその矢をかわそうとするが、時すでに遅し。体勢を崩していた彼にはどうすることもできなかった。
彼の首元に矢が突き刺さると、やがて噴水のように血が吹き出した。
ローレンスは口を動かし何かを呟いているようにも見えたが、その声は誰にも届かなかった。そして船縁から身を投げるようにして真っ逆さまに海へと落ちて行った。
「碇を上げろ! ひとまず退却だ!」
帰艦したガライはすぐに撤退の指示を出した。戦艦は兵士たちを回収するとバトラーの戦艦から徐々に離れて行った。
†
兵士の亡骸で埋め尽くされた甲板では、カリーナがレヴィンを抱きかかえていた。
「死なないでレヴィン!お願いよ!」
レヴィンの身体を激しく揺さぶるが反応がない。カリーナは胸元の矢を恐る恐る引き抜く。矢は意外にあっさりと抜けた。出血も思ったほどでは無い。
「レヴィンきっと大丈夫だよ!目を覚まして!あなたが居なくなったら、私どうしたらいいの?お願い、置いていかないで」
カリーナはレヴィンの身体を強く抱きしめた。返り血に染まった彼女の頬を大粒の涙が伝い、血の涙のようになってレヴィンの顔を濡らした。人目もはばからず子供のように大声をあげて泣いた。
その時レヴィンの瞼が微かに動いた。
「……カリーナ……痛い。離してくれ」
「レヴィン!生きてる!レヴィンが生きてる!」
カリーナはレヴィンを再び強く抱きしめた。
「だから、苦しいって。本当に死んでしまう」
「いや。もう絶対死なせたりしないんだから」
レヴィンはおもむろに首にかかったチェーンを引っ張ると、胸元から金属らしきものを取り出した。それは女神セレスを模した、手作りのペンダントだった。
「これのおかげで矢が深く刺さらずに済んだんだ。あまりに強い衝撃で気は失ってしまったけどな」
「そっか……良かった……」
カリーナは安堵の表情を浮かべると、そのまま意識を失った。
「おい、カリーナしっかりしろ!」
カリーナを揺り起こそうとするも、目を覚ましそうにない。全身から力は抜けているものの手首に手を当てると脈はある。命に別状は無いようだ。
そこにスピーノたちが駆けつけてきた。 ルッツは凄惨な光景を目にすると、居た堪れなくなって目を逸らした。
「レヴィン、大丈夫だったのか? カリーナも無事か?」
珍しく動揺しているカルタスの様子が可笑しかったが、笑うと傷が痛みそうだったので、レヴィンは寸前でこらえた。
「幸い傷が浅かったんだ。これのおかげでな」
レヴィンは胸ぐらから首飾りを取り出して見せると、さらに皆を安心させようと胸元を開いて浅い傷跡を見せた。
「悪運の強い奴だ。まぁお前のことだから、あれ如きで死ぬとは思わなかったけどな」
そう言って強がるスピーノの姿をみて、レヴィンはとうとう我慢出来ずに笑ってしまった。その瞬間、傷口に激痛が走った。
「いてて……あの野郎、ふざけやがって。どこに居る?見つけたらぶん殴ってやるからな」
レヴィンは周囲を見渡した。甲板の上にはアルティア兵の無数の遺体が転がっていた。辛うじて命を取り留めた者もいたが、四肢の一部を失ってのたうち回る者や、体中に矢を受けて流血が止まらずうずくまる者たちの阿鼻叫喚が渦巻いている。
「またカリーナがやったのか……」
甲板に広がる凄惨な光景を目の当たりにしてレヴィンは言葉を失った。そこへバトラーの部下が駆けてきた。
「将軍が呼んでいる。早く来い」
レヴィンは気を失ったカリーナをルッツに託すとバトラーのもとへ向かった。甲板の中央は人だかりが出来ていた。その中心には胸には矢が刺さり、口元から血を流すバトラーの姿があった。
「おっさん!大丈夫か」
バトラーのその大きな身体はユリウスに抱きかかえられていた。
「将軍! しっかりして下さい! 」
周りを取り囲む部下達は皆涙を流している。
「ほ、誇り高きアルティアの男が……こ、これごときのことで涙など流すな!」
バトラーはユリウスに上半身を起こさせると、駆け寄ってきたレヴィンに語りかけた。
「あの者たちの苦しみが見えるか。叫び声が聞こえるか? 」
レヴィンは周りを再び見渡した。傷を負った兵士たちは皆唇が蒼く、肌色も死人のように白い。耳を澄ますと、兵士たちのうめき声が聞こえる。
寒い、凍えそうだ……
傷付いた兵たちは口々に、同じような言葉をまるでうわ言のように繰り返していた。
「分かったか。これがグレンダインの呪いだ。あの娘、カリーナが引き出した力だ」
「それを伝える為に……?」
「それだけではない。お前達に……伝えなければならんことがある……聞いてくれるか」
そう言うとバトラーは霧状の血を吐き出した。
「将軍!お願いです、喋らないでください!」
バトラーの部下は必死に訴えかけたが、彼は強い語気でそれを制した。
「構わん!それを言わずに死ぬことなどできるか。話とは……その娘、カリーナのことだ。」
バトラーは呼吸を整えると、苦痛に顔を歪めながら淡々と語り始めた。




