小さな望遠鏡
カリーナ達はボッツの自宅へ向かう前に、遅めの昼食をとる事にした。
通りの店先には屋台が立ち並び、行き交う人々に声をかけている。食欲をそそる香ばしい匂いが辺りに充満して、朝から空っぽだった四人の胃袋を刺激した。
「ねぇ、あれ美味しそうじゃない? 」
カリーナが指差した屋台には、ねじれた揚げパンに砂糖をまぶしたものをカウンターに山積みしてある。
「なんだよ、お菓子じゃねぇか」
「いいでしょ。お願い」
カリーナは一個だけと指を立てて、レヴィン達に懇願した。
「あんなの食べたら昼飯が食べられなくなるぞ」
子供を諭すようにカルタスが言う。
「甘いものは別腹って良く言うでしょ」
カリーナは頬を膨らませて拗ねたのをみてスピーノは笑った。
「あそこに入ろう」
カルタスが指差したのは行列も無く閑散とした店だった。
「えー、あっちの混んでる店の方が絶対美味しいよ」
「今は悠長に食事をとってる場合じゃないだろ。それに人目につくところは危険だ」
カルタスの意見はもっともだった。レヴィンとスピーノは自分達が逃亡者である事を改めて認識した。しかしカリーナだけは違った。
「でもお昼ご飯くらい落ち着いて味わいたいの!」
カリーナの気迫に押されてカルタスは言葉を失った。
(こいつの食に対する執念が凄まじい事を忘れていた……)
「じゃあ、晩飯はカリーナが選んでいいから。な」
レヴィンの提案にカリーナは口を尖らせて渋々同意した。
「カリーナはまるで子供だな」
からかうスピーノの心には疑問が涌いていた。
(本当にこんなやつが王国の兵士を殺ったのか、何かの間違いじゃ……)
†
中心街に戻ったカリーナたちは「ガランダ食堂」という看板を掲げた店に入っていった。
店内は昼間にしては薄暗く、食器の音が響くだけで話し声すらなく静まり返っていた。数人の客が居たが、それぞれ単独でテーブルに座って食事をとっている。
「あ、あの子、さっき私たちを助けてくれた子じゃない? 」
カリーナは小さな声でそう言ってレヴィンを肘でつついた。そこには隅のテーブルで一人食事をとるビッツの姿があった。
さっきの礼を言うため三人が歩み寄ろうとしたそのとき、ビッツと同年代とおぼしき二人の少年がやってきた。
「また今日も一人かよ 」
少年達はビッツのテーブルを囲んだ。
しかしビッツは彼らを見る事無く黙々と食事を口に運んでいる。
「なんだ、無視か?それとも聞こえねぇのか? 」
彼らの中で一番体格の良い少年がテーブルの上に腰をかけたので、ようやくビッツも彼らに目を向けた。
「おまえの父ちゃんまだ帰ってこないのか?」
体格のいい少年はビッツに小声でささやいた。
「帰ってくるはずないだろ。頭がおかしくて捕まったんだから。今頃牢屋の中さ」
もう一人の背の低い少年が、悪意をこめた口調でほくそ笑んだ。
「お前達……」
歩み寄ろうとするレヴィンをカルタスが止めた。
「俺たちが行ったとしても、あいつのプライドを傷つけるだけだ」
確かに自分達が追い払っても、その場しのぎでしかないし、かえってビッツの立場も悪くなるに違いない。レヴィンは拳を握りしめてぐっと耐えた。
「世界が丸いんだって?じゃあ俺たち立ってられねえじゃん」
少年達は大声をだして笑った。
「そうやって笑っとけよ。お前らのイカれた頭じゃ考えたってどうせ分からないからな」
ビッツは平然とした表情でそう言ってのけると、席を立とうとした。
「なんだと!イカれてるのはお前の親父だ!」
少年はそう言ってビッツの胸ぐらを掴んで叫んだ。
「お前も、お前の兄貴もみんなイカれてるだろ!」
「兄ちゃんは関係ない!」
ビッツも少年の胸ぐらを掴み返した。だがとっさにもう一人の少年がビッツの足を払ったので、その場に倒れ込んでしまった。そして体格のいい少年はそのままビッツに馬乗りになった。
「バカは痛い目に遭わさないとわからないからな! 」
少年が拳を振り上げたその時だった。
「あんたたち、いい加減にしなさいよ! 」
カリーナが背後からその拳を受け止めた。
「邪魔するなよ!お前誰なんだよ! 」
少年はカリーナを睨みつけると立ち上がった。
「え、誰?誰って、も、もちろんこの子の知り合いよ! 」
カリーナは動揺を悟られないようわざと語気を強めると、両腕を組んで少年を睨み付けた。
「そっか、お前はいつも女に助けてもらってるのか」
少年は薄ら笑いを浮かべビッツを見下ろした。
「わりぃわりぃ。女が味方についてるなら最初から言えよ。さずがに俺たちも手を出せないや」
その小馬鹿にしたような笑みはカリーナたちの怒りを誘った。しかし一番怒りを覚えていたのはやはりビッツのようだ。彼は歯を食いしばり、少年らを睨み付けていた。
「またな。女の子と仲良くしろよ」
もう一人の少年がそういい残すと、二人は店の外へと出て行った。
「大丈夫? 」
カリーナは床に尻餅をついていたビッツに手を差し伸べたが、ビッツはその手を払いのけると、ズボンの埃を払って立ち上がった。
「あんなやつら、好き勝手に言わせておけばいいんだ。いつか自分達の間違いに気付いて、俺に謝りに来るさ」
彼は急に冷静な口調になった。強がっているというより、本心でそう思っているように見えた。
ビッツはカウンターで清算を済ませると
「もう構わないでくれよ」
そう言い残して、店を出て行った。
「あーあ、余計な事しちゃったな」
スピーノがそう呟いた。
「でもあのまま見過ごす訳にはいかないでしょ」
カリーナは困惑した様子で三人の方を見た。
「ん?何か落ちてるぞ」
レヴィンが床に落ちていたものに気がついて拾い上げた。
それは伸縮式の小さな望遠鏡だった。すでに持ち手の革はすり減り、鏡筒も傷だらけだ。レヴィンは望遠鏡を覗き込んだ。
「あいつのかな」
「このあとあいつの家に行くから届けてやればいい」
カルタスは側の椅子に腰をかけるとボロボロのメニューを手に取った。
「まずは腹ごしらえだな」
スピーノとレヴィンも腰を下ろした。だがカリーナだけは少年が出て行った方向をしばらく見つめていた。
†
ボッツの家は沿岸部の漁師らが住まう地域にあった。
どの家も鉄板の屋根が錆びてみすぼらしく、お世辞にも綺麗とはいえない町並みだ。
「ここか」
ボッツの家はその中でも外れの地域にあった。
玄関、と言うのもはばかられる入り口の引戸はすでに傾き、隙間風が吹き込んでいる。
そこから中を覗き込もうとしたスピーノをレヴィンが止めた。
「一応ノックするか」
そう言ってカルタスはドアを叩こうとした。
「そこにいるのは誰だ? 」
中から急に大きな声が聞こえたので、カリーナは驚いて一歩下がった。
「ボッツさんのお宅ですよね」
ほどなくして引戸が開くと、そこには同い年くらいの青年が立っていた。
背が高くてやや細身だが、腕まくりした二の腕はやはり海の男らしくたくましい。
前髪を後ろに流して額を現した髪型は、太くて凛々しい眉毛をより際だたせていた。
そして彼の勝ち気な黒い瞳は、ビッツと似ているようにも思えた。
「何か用か? 」
彼は明らかに不機嫌な態度で、言葉もぶっきらぼうだった。
「昼間、勘違いされて危なかったところを、ビッツ君に助けてもらったんです」
カリーナは彼の威圧感に押されながらも端的に答えた。
「そうか、で、それだけ? 」
それを聞いても彼は表情一つ変えなかった。その表情から面倒くさいという雰囲気がひしひしと伝わってきた。
「あ、それと、そのあとにこれを拾ったんですがビッツ君のではないですか? 」
そう言ってカリーナは望遠鏡を差し出した。
「ああ、あいつのだ渡しとく」
青年は礼も言わず、望遠鏡を手に取るとそのまま扉を閉めようとした。
「ボッツさんに頼みたいことがあるんだ」
レヴィンが急いで要件を伝えた。
「親父に?残念だけどいないよ」
青年は構わず扉を閉めようとする。
「はい。仕立て屋のピコさんから事情は聞きました。実はボッツさんに助けてもらいたかったんです」
カリーナは必死に訴えかけた。
「助ける……どういうことだ?」
「実は王国の奴らに命を狙われている。できれば船でユーノスまで乗せてもらえないだろうか」
カルタスの願いを聞いて、青年はふんと鼻で笑った。
「なんでお前達の為に、俺が危険な橋を渡らないといけないんだ。第一ユーノスまで何日かかるか分かってるのか」
「でもおばば様はボッツさんならきっと力になってくれるって……」
「親父ならな!だけど俺は違う! 」
青年は大声で否定したあと、カリーナ達を睨みつけた。
「俺はあいつみたいに夢ばっか見て、現実を見てないお人好しとは違う……帰ってくれ」
そう言い残すと目一杯の力で扉を閉めた。




